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ひめみこ  作者: 転々
第六章 少女としての日常
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ミネルバちゃん

 あれから二ヶ月ほど過ぎ、この身体にも随分慣れてきている。

 二度目のアレも経験し、何となく勝手が分かってきた。そして三度目が近い事も感じている。


 イライラしたり不安定になったりするのはその最中だとばかり思っていたが違っていた。私の場合それはむしろ始まる前で、始まってしまえば怠いのが通り過ぎるのをやり過ごすだけだ。

 もっともこの辺は個人差もあるだろうし、他人に訊ける種類のことじゃない。渚に言わせると「その程度で辛いって言ったら、他の女の子を敵に回すわよ」とのこと。


 それ以外にも、私には女の子を敵に回すような要素が沢山あるらしい。学校に通うようになるまでに、ある程度認識しておく必要がありそうだ。




 あれ以後、買い物は(つぶら)を乗せたベビーカーを使っている。沢山は乗せられないが、その分小まめに買い物をすればいい。


 レジ係の幾人とは顔なじみになった。確かに、年の離れた弟や妹を連れて、食材を中心に買う女子中学生というだけで珍しい。

 それに、自分で言うのもアレだけど、この美貌だし。




 今日もベビーカーを押してお買い物。しかも(あまね)まで連れている。


 この季節はどうしても葉物野菜が高くなるが、今日は地物の小松菜とすぐり菜が安かった。

 野菜をかごに入れたら、次は鮮魚コーナーへ。ここは地元の魚屋さんが入っている。もうそろそろ鰤の季節だ。『前世』だったら、鰤かまの塩焼きでビールだが、今はいろんな理由で無理だ。


 今日は何を買おうかな?

 見ると、なかなか良い生の秋刀魚がある。こんな美味しそうなのはこのシーズンでは最後に違いない!


「おじさーん。この秋刀魚と鯖を下さい」


「おう。姉ちゃん。いつも良いの選ぶね」


「だって、この秋刀魚が『アタシを食・べ・て』って、言うんだもん」


 この会話も日常だ。

 この姿で愛想よくしていると、結構オマケしてもらえる。これは『前世』では無かったことだ。




 と、保育園の年長さんぐらいだろうか? 園のスモックを着た女の子が発泡スチロールの箱を覗き込んでいる。

 危ないなぁ。注意しないとスッテンコロリンだぞ。


 案の定、女の子は転んだ。床にゴッチンする前にナイスキャッチ。余波で発泡スチロールの箱は崩れたが、どうせ中身は氷だけだ。

 派手に散らばった氷に驚いたのか、女の子は泣き出した。


「大丈夫、大丈夫。でも危ないから、もう登っちゃいけないよ」


 女の子の背中をぎゅっと抱いて頭を撫でてあげると、落ち着いてきたらしく泣き止んだ。でも、これは今の外見だからできることで、『前世』の外見でやったら、悪くすると通報されるかも。


「おねえちゃん、ありがとう!」


「危ないから、もう登ろうとしちゃダメだよ」


 もう一撫でして立ち上がろうとすると、頭に違和感! マズい! 女の子がウィッグを掴んだままだ!

 立ち上がる動作を止めたが既に遅く、ウィッグはズルリと頭から離れた。抑えようと手をやるが、落下は私がしゃがむよりも早い。

 ウィッグは散らばった生臭い氷の上に落ちた。


 私の白髪が(あら)わになる。


 周囲が水を打ったように静かになる。


 そしてその範囲が拡大して行く。


 それと比例するように、私に集中する視線を感じる。


 店内BGMの明るいメロディが空々しい


 顔の表面を血が駆け上がる。


 泣いたらダメだ。泣いたら負けだ。

 涙が溢れるのをこらえる。


「おねえちゃん、ミネルバちゃん?」


 女の子は脳天気なことを言う。女の子のお母さんは平謝りだ。

 私は、女の子の所為(せい)じゃないという意味で無言のまま首を小刻みに振った。声を出したら泣いてしまいそうだ。子ども達が居なかったら、走って逃げ出してたに違いない。


 円が私の異変を察して泣き出した。

 私が円を抱き上げ、無言でカートを押してレジに向かうと、周も怪訝な顔で付いてくる。周にしてみれば、ウィッグは変わった帽子ぐらいにしか見えていない。


 レジを終え、やっとの思いで一言お礼を言った。レジ係のおばちゃんも、今日ばかりはマニュアル以上の挨拶はしない。




 自分でも、今の感情が何なのか判らない。

 頭の中のどこかで冷静な自分が、白髪を見られたぐらいで何ほどのことも無いだろうと言う。が、一方で、通夜での視線に(すく)み上がった自分は今にも泣きそうだ。




 どうやって家に帰ったのだろう。

 子ども達は、どこかいつもと違う私に及び腰だ。

 母さんに「アレが来たから、子ども達のお風呂お願い」と、子ども達を預けると、私は自室に籠もった。




 どうしよう。


 いずれは外さなきゃ、って思ってたけど、まだ心の準備ができていない。


 買い物に行けば、みんな私が白髪を隠してたことを知ってる。


 今更、隠す意味あるのかな。


 でも、知らない人に、じろじろ見られるのは嫌だ。


 やっぱり、着ける?


 あ、そもそも、ウィッグを置いて来た。しかも魚を入れてた水に濡れてる。洗えば使えるんだろうか?




 思考が堂々巡りする中、階下から渚の夕食に呼ぶ声がする。いつの間にか二時間近く経っている。

 せめて、渚には心配かけないようにしなくては。


 私は階段を降りると、問われる前にこちらから言った。


「ちょっと、アレが早く来て、その、前回より辛くて……。食欲もあんまり無くて……。

 こういうとき、何か無い?」


「とりあえず、お薬あるから、お腹に何か少しでも入れてから飲んで。あと、風呂にもつかった方が良いわ。血行が良くなれば痛みも和らぐし」


「うん。ありがと。じゃぁ、お風呂の段取りするよ。

 身体が温まれば食欲も出るだろうし……」


 渚からは、それ以上のことは訊かれなかった。

 多分、それが渚の優しさだろう。

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