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ひめみこ  作者: 転々
第六章 少女としての日常
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危機管理

 京都から帰り、明けて月曜日。

 週末は(なぎさ)一人に子ども達を任せていたので、離乳食の作り置きが無くなった。娘も一歳半を過ぎて離乳食はほぼ完了だけど、渚の帰りが遅いので、いつでも食べさせられるよう準備しておくのだ。一食分ずつタッパに小分けにして冷凍しておく。

 基本はすべて野菜スープ。豚汁風にミネストローネ風、ビーフシチュー、クリームシチュー、カレー。ちょっとずつ味に変化を付けて、保育園の献立と被らないように回すのだ。




 弱火にかけた寸胴鍋で昆布出汁を取りつつ、野菜を食べやすい大きさに切る。全部に入るのはニンジン、ジャガイモ、タマネギだけど、味付けによって根菜を入れたり葉物野菜を入れたり、キノコを入れたりとバリエーションを付ける。


 大量の野菜スープと和風出汁を段取りしていると、換気扇を回してもうどん屋さんの匂いになる。『前世』の私だと一時間もすると胸がいっぱいになってくるが、今の私は食べ盛りなのか、際限なくお腹がすいてくる。


 まずは、ネギ、根菜、キノコ、油揚げを足し、和風スープと味噌仕立てにした豚汁風が出来た。うん。美味しい!

 次は牛豚合挽を加えてビーフシチュー風、更に髭を取ったモヤシを加えた和風カレー。カレーにモヤシは意外と合うのだ!


 あ! 鶏肉とベーコンを切らしてる。シチュー風とミネストローネ風を作れない! 作り出す前に確認すべきだった。


 今の時間は昼前。買いに出るにはまだ早い。

 買い物をお願いしようにも、両親は外出中だ。とりあえず他のものを作りながら、どっちかが帰って来るのを待とう。


 合挽肉と半量を炒めたタマネギをボウルに入れる。ナツメグ、ごく少量のカレー粉とおろしニンニクで臭みを消す。つなぎに豆腐と卵、麩を粉々にしたものを入れ、牛乳を加えてこねる。隠し味はウスターソースと醤油だ。

 これでハンバーグの種は完成。

 これを一口サイズに丸めフライパンで焼いたら、一つずつラップで包む。タマネギを大量に入れてるから、口当たりが柔らかく食べやすい。ビーフシチュー風にこれを入れたのは、周の大好物だ。


 ついでに自分のお昼。野菜スープにカレールーを足し、焼きそばの中華麺を使ってカレーラーメン。しかもハンバーグ乗せだ!




 こんな日に限って、午後になっても誰も帰ってこない。

 粗熱の取れたスープとハンバーグを冷凍し、洋画を眺めつつ暇をつぶす。時刻はようやく三時を回った。

 そろそろ中学校は下校時間。私が買い物に出ても違和感は無い。


 黒髪のウィッグを着け、姿見と手鏡で白髪が透けてないことを確認する。OK、後は着替えて出るだけだ。


 近所のショッピングセンターまで自転車を走らせる。

 茶髪のウィッグのときは年配の人にじろじろ見られたが、黒髪なら見た目だけは清楚可憐な少女だ。変な注目を浴びることもなく買い物できる。




 支払いのときにマイバスケットを忘れたことに気づいた。

 仕方なくレジ袋を買ったが、これは持っているとだんだん指に食い込んできて痛い。

 今度はマイバスケットを忘れないようにしよう。でも、それだと自転車に積めないな。どうしようかな?


 考えながら歩いていると、自転車置き場まであと少し。

 やだなぁ。自転車置き場にいかにも悪そうな、下校途中と思しき男子――多分高校生――が三人たむろしている。かといって今更戻れない。自転車はあそこだ。


 着崩したブレザーは格好悪い。だらしないカッターシャツと相まって、くたびれた酔っぱらいのサラリーマンみたいだ。この手の服はビシッと着た方が断然、決まるんだけどな。

 一人が私に気付くと、残りの連中に二言三言何か言う。三人の無遠慮な視線が私に向かう。

 予想通りだ。私の頭の中では、非常警報が発令される。




 テンプレ的な展開だったら、しつこいナンパ。そして主人公のピンチを白馬の王子様役の幼馴染みとかが助けて……だけど、この時刻、幼馴染みは在庫切れだ。

 もっとも、いたとしても私のことを判るはずもなく、そもそも普通のオッサンに、中高生三人に介入する度胸は期待できない。


 いくつかのオプションを考える。


 最悪、荷物を放りだして逃げる。中身はジャガイモとかタマネギとかリンゴとか、転がるものが多いから、それを散らかして大声を出せば、警備員ぐらいは来るだろう。

 とりあえず、そこそこの身体能力と俊足はある。


 私は三人と対峙した。その背後には私の自転車がある。

 ここで有効なのは、アレだ。

 沙耶香さんからは止められてはいたけど、この場を切り抜けるにはこれしかない!




「すみません。

 自転車を出したいので、避けて頂いていいでしょうか?」


 軽くお辞儀をした後、少し小首をかしげて笑顔で言う。無論、声は頭のてっぺんで響かせる様に。瞳はさりげなく上目遣いで相手の目を見つめる。

 彼等はそれに毒気を抜かれたように「あ、あぁ」と退いてくれた。やや顔が赤い。よし! 先制の一撃は命中だ!


 カゴに買い物袋を「よいしょ」と載せ、自転車を後ろ向きに出すと、一人が早くも再起動したのか、声をかけてこようとする。これを許すわけに行かない。


「ありがとうございます。では」


 私は笑顔とお辞儀で機先を制し、自転車で走り去る。

 曲がったときに後方を確認すると、三人が付いてくる素振りはない。




 私は大きく深呼吸して呟いた。


「ミッション・コンプリート。

 当方に損害無し。敵勢力の追撃は認められず。

 非常警報解除。警戒体勢に移行し、速やかに帰投する」




 女子が集団行動をするのはこういうことか。

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