京都 六 沐浴
「それでは、お昼の前に沐浴です」
え? 聞いてないです。
沐浴って、要するに水浴びで、それを一緒に!
「裸じゃないから安心して」
沙耶香さんがそっと耳打ちしてきた。それを聞いて一安心だ。と言っても水着でもやっぱり抵抗がある。当然女物だろうし。
他の神子達はさっさと後片付けをすると、移動を始めた。私も慌てて後を追う。
脱衣所に行くと、白い布が置いてある。沐浴のときに着る服らしい。
一言で説明すると、無地の短い浴衣といったところだ。赤い袴があれば、巫女装束になりそうだ。私たちは神子だけど。
修行で沐浴と聞かされたので、滝行的なものを想像していたが、浴場でぬるま湯を浴びるだけのようで安心した。大体、暑い時期ならともかく、寒くなってから水垢離なんて、健康に良いはずがない。
でも、このぺらぺらの浴衣みたいなので水を浴びたら、間違いなく張り付いて透けるだろうな。どういうつもりで女の子にこんな服を着せてるんだろう。
そう考えて、自分の性自認や他の候補を見る目が男目線じゃないことに違和感を覚える。自分が当事者になることにテンパっているのか、それともこの身体に順応してきているのか……。
沙耶香さんを先頭に、浴場に入る。手桶に汲んだ水を肩にかける。
牧野さんも同様にかける。どうやらかけ方に手順があるようだ。森さんも同じだ。よし、手順は憶えたぞ。
少し余裕が出てきて沙耶香さんを見ると、案の定、服が濡れて身体に張り付いている。栗色の茂みもうっすらと透けて見える。浴場で裸の姿を見ているが、今の状態はそれよりもエロい。完全に見えるよりも見えそで見えない方が、余計に来るモノがある。
他の人たちも同様だ。この状況にエロさを感じることに少し安心すると同時に、目のやり場に困る。……でも、神子って、みんなスタイルが良い。全体的に――沙耶香さんを除き――小ぶりだけど、グラビアアイドルなんかよりよほどきれいだ。多分、細いウエストと、それにつながるプロポーションがいいんだろうな。私も沙耶香さんほどは言わないけど、他の子たちと同じぐらいになれるんだろうか?
そうこうしてるうちに私の順番となり、同じ手順で手桶を使う。自分も同じ状態だと思うと、羞恥に胸まで赤くなる。こんな雑念ばかりの沐浴に意味があるのかな?
「それじゃ、身体が冷えないうちに着替えて下さい。湯船を使ってからでもいいですよ」
沙耶香さんがそう言うと、他の候補達は「ふぅ」と溜息をついた。もしかして、雑念と煩悩で頭が一杯だったのは私だけ?
と、要注意人物の山崎さんが来る。私が身を固くすると、がっかりした表情を見せた。すいませんね。私の身体はみんなに比べて貧相でやせっぽちですよ。
「残念! 付いてない。しかも旬は終わりそうだし」
そこ? しかも、旬って……。何の旬ですか。
「でも、脚が凄く長くてきれいよ」
牧野さんが羨ましそうに言う。
「上が白いと、下も白いのね。羨ましい。
これだったら、透ける心配がないもの」
……透ける心配がないのでなく、透けるモノがまだ生えてないんです。とは恥ずかしくて言えない。
正直、この場に居辛い。
「ひ、冷える前に、出ますね」
私はそう言うと、返事も聞かずに脱衣所に出た。
そうか、女の人って、むだ毛の処理とか、そういう身だしなみにも気を遣ってるんだよな。そう言う意味では、白い毛ってのはある意味保護色だから、処理を怠っても目立たないのはいいことかも知れない。
今まで気にしたこともなかったから怠っていたけど、今後はそういうことも必要になりそうだ。帰ったら渚に相談しようかな?
下着を着けながらぼんやり考え、ふと腕に目をやると、あれ? 今まで気付かなかったけど、腕や脚、目に見える範囲に体毛が見えない。背中も同様だとすれば、首から下は完全ハゲだ。
鏡で確認すると、剃ってないにも関わらず、顔の表面も産毛すらない。一歳の娘でさえ、ところどころ淡い産毛があるのに!
もしかしたら、メンテナンスというか、手入れ不要というのが私の望んだ姿なのだろうか。潜在的に、身支度に時間をかけない女が好ましいと『昌幸』として考えていたかも知れない。
でも、無毛というのはちょっと頂けない。自分にそんな好みがあったとは思いたくない。いや、これについては今後生えてくるだろう。そうに違いない。
「何をぶつぶつ言ってるの?」
沙耶香さんが耳元でささやいた。
「沙耶香さん。近づくときは足音立てて下さいよ。突然だと、心臓に悪いです」
「気付かない貴女が鈍いのよ」
「そうだ、その『鈍い』ですけど……、私は相手の『格』を感じる能力が極端に低いのかも知れません。だから、比売神子様を前にしても平気で失礼なこと言ったり……」
「何を言ってるの?」
「ですから、私は『格』が高いんでなくて、単に『格』に鈍いだけじゃないかなって……」
沙耶香さんは苦笑した。
「貴女の『格』はシャレにならないわよ。初対面のときのこと憶えてる?」
「えっと……、私が神子になるって聞かされたときですか?」
「そう。あのとき貴女、『子ども居る?』って訊いたでしょ」
「その節は、済みません」
「いいのよ。
で、そのとき貴女は凄まじい『格』を発したの。
あのとき、次の筆頭は貴女だって思ったわ。単純に『格』だけなら、現役の比売神子の誰よりも凄いもの。
あとは、それをコントロールできるようになるだけよ」
昼食を食べ皆が解散した後、私は沙耶香さんと『格』のコントロールの訓練をすることとなった。本来は合宿中にやるのだが、私が『格』を制御出来ないと、他の神子候補がそれにあてられて、悪影響が出るのだ。
でもこれを制御できれば、一種の『脅し』みたいなもので、人の心や思考をある程度掣することが出来るらしい。
前回『格』を発したシチュエーションから、感情、特に怒りや憤りが引き金になるのかと思ったが、違っていた。むしろ、自分の意志を通すという気持ちを外に発することが重要なのだ。
午後中かけて、なんとかオンとオフが出来るようになったが、調整は全く出来ない。それにオンにするには、かなりの集中力が必要だ。
沙耶香さんからは「ま、初めはこんなもんですね」と言われ、人に向けて使わないよう厳重に注意された。
「乱暴されそうになったら、全力で使っちゃってもいいわよ。でも、それ以外のときは、せめてコントロールできるようになるまでは、使わないことね」
その日の訓練はそこまでだった。なんだか精神的に疲れる京都滞在だ。
「もう、付けちゃうの?」
帰りの車に乗る前にウィッグを付けると、沙耶香さんが残念そうにしている。
「田舎だと、この髪は目立つので……。出来れば、茶髪じゃなく、初めて外出したときの、黒髪の、ありませんか?
うちの近所じゃ、中学生が茶髪ってだけでも目立つんです」
「うーん、茶髪を選んだのはそれもあったんだけどな。でも、それで貴女の負担が軽くなるなら。
ただし、あと何ヶ月かで克服するのよ。学校に通うようになってからだと、本当に隠し続けなきゃいけなくなるし、それだともっと辛いわよ」
「……うん」
分かっている。分かってはいるけど……。
何となく、縁もゆかりも無い、誰も自分のことを知らない土地に、郷愁に似たものを感じた。




