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ひめみこ  作者: 転々
第五章 京都合宿
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京都 五 合宿参加

「じゃぁ訓練はここまでにして、お昼に行く用意しましょっか?」


「え? まだ十時まわったとこですよ」


「その格好で行く気? 軽くシャワーを浴びて、身支度をしてたら、そこそこの時間になるでしょ?」


 そういうものか。


 とりあえず、シャワーを浴びて着替えた。所要時間は二十分弱。交代で入った沙耶香さんはまだ浴室だ。

 退屈してきたのでテレビをつけるが、午前中にはおもしろい番組は無い。番組表を見てみると、えっちぃのもあるが、残念、有料だ。いや、別にえっちなのを視たいわけじゃなくて、たまたま写真付きで説明があったのがそれだっただけで。


 やっと沙耶香さんが身支度を終えて出てきた。小一時間だ。


「随分待ちましたよ」


「女の用意は時間がかかるの。貴女、女の自覚が足りませんね」


「まだ、中学生ですから」


「まぁ、いいわ。何か食べたいもの、ある?」


「せっかく京都に来たんだから……」




 車を北野天満宮の駐車場に停めて横断歩道を渡ると、一軒の店がある。土曜ともあって、正午を少し回った時間だが店の前に三人ほど並んでいる。


「へー。こんな店とは。さすがオッサン」


「沙耶香さん、英語!」


「ごめん。ごめん。

 で、ここは何が美味しいの」


「無難に、セットメニューを選んで、足りない分は一品もので」




 一時間後、天満宮の入り口でやや食べ過ぎたお腹をさすっていた。


「ちょっと甘めだけど、悪くなかったわよ」


「でしょ? ついでに、湯葉と飛龍頭、自宅に発送しちゃいました。この美味しさを我が家で。しかも自分好みの味付けで!」


「作ったら、私にも分けてね」


「日持ちしないので、早めに来て下さい。でないと私と子ども達がみんな食べちゃいますよ」


 外国人の(てい)で入店しておいて、送り状を漢字で書いてしまったことは無かったことにしておく。『昌幸』の字ではないけど、店員さんは送り状と私の顔を見比べていた。




 その後、石庭で有名な龍安寺へ。ここは日本人よりも外国人が多い。多分、外国人――主にアメリカ人――が考える日本っぽいところなのだ。

 沙耶香さんが知らないようなので、知足の蹲踞(つくばい)の『吾唯足知』について薀蓄(うんちく)を披露する。


「そういうトンチ話が好きね。

 そういうことって、いつ調べてるの?」


「これって、テレビの『龍安寺の歌』ってので知ったんですよ」


 一コーラス歌うと、日本人観光客の視線が集中する。しまった! 歌は日本語だ! ずっと英語で通してたのに!

 幸い、英語でやりとりしていた私たちに話しかけてはこなかったが、私はどう思われていただろうか。




 その後ホテルに戻って、武術訓練、風呂、夕食。見た目未成年の私は指を加えて見てるだけなのを余所に沙耶香さんはがっつり呑む。部屋に戻って、私も液体の米を摂りつつガールズトークの練習……。


「さて、明日は早いからもう寝ましょ」


「別々のベッドでね」


「添い寝して上げましょうか?」


「人恋しいなら、篤志(あつし)のお友達、紹介して貰いましょうか?

 通夜の後、沙耶香さん、話題になってたみたいですから」


「そうね。まずは書類選考をするから、写真を送ってもらおうかしら」


 なんだか床についてもガールズトーク風になりつつ、私たちは眠ることにした。




 翌朝は、早くから活動開始。九時までに合宿に合流しなくてはならない。沙耶香さんも身支度が早い。昨日もこの速さでしてくれれば良かったのに。


 合宿の場所はやはり宿泊施設を併設していた。ここもセレモニー会館っぽい。入ると、前回と同じ五人が待っていた。

 靴を脱ぎながら沙耶香さんに訊いた。


「候補って、二十人近くいましたよね」


「貴女を含めて十八人よ。それを三グループに分けて現役の比売神子が指導します。二,三年に一回メンバーチェンジしますけどね。

 貴女が比売神子候補になったことで、最近メンバーチェンジしたばかりよ」


「そうなんですか」




「お早う。

 もう、紹介は要らないわね。小畑昌さんです。しばらくは検診があるので途中からの参加になるわ。

 見た目はこんなだけど、実年齢は、多分この中で一番のお姉さんね。なんせ、大学出てますから」


『この中』には、沙耶香さんも入るんですけどね。

 えーと、森さんに、牧野さんに、山崎さん、あと二人は……、神崎さんに芝浦さんだ。


「小畑昌です。改めて、よろしくお願いします」


「昌ちゃんは、身体の変化が大きかったから、心身の負担も重くて、検診も多いの。

 一部、記憶の障害もあって、精神的に不安定さが残ってるから、初めは行動がちぐはぐに見えるかも知れませんけど、その辺は多めに見て下さいね」


 そういう持ってき方もあるか。

 五人はニコニコしながら頷いた。




「さて、今日は座学でしたね。それぞれ自分の勉強を進めて下さい」


 神子としての合宿なのに、修行とかじゃなく学校の勉強というのも変な感じだ。沙耶香さんによると、何かに向けて努力することと、神子が合同で生活することに意味があるらしい。


 私も社労士のテキストを開いた。まずは労働法の基本理念からだ。ノートに要約や補足を書き込んで行く。要約という作業は、本をきちんと読み込むときには意外と効果が大きい。




 十分ほどして沙耶香さんが耳打ちしてきた。


「みんなと仲良くなりたいでしょ?」


 無言で頷いた。


「山崎光紀さーん。光紀ちゃーん。数学は昌ちゃんに訊くのもいいわよ。この子理系だったから。

 それから、私はちょっと外すけど、だらけないこと!」


 沙耶香さんを見送っていると、山崎さんがにこにこしながら問題とノートを持ってきた。


「山崎光紀よ。よろしくね」


「小畑昌です。こちらこそよろしく」


 問題を見ると、関数の最大最小の問題。分子が一次式、分母が二次式の分数関数だ。


「これね、分母と分子だけに注目すると、分子は単項式で、分母は二次の項と定数項だけ。明らかに原点対称な関数だよね。

 このパターンはxが正,0,負で場合分けして、xで割っちゃうのが定石なんだ。

 分母分子をxで割ると分子は定数。で、分母の二項に相加平均と相乗平均の性質を使うと……。分母の最小値、従って関数の最大値が出るというわけ。

 その後は問題の展開によるけど、これで取っ掛かりは出来た」


 山崎さんの方を見ると、尊敬の眼差しだ。こんな美人に見つめられると照れちゃうよ。


「あーん、もう、我慢できない!」


 そう言うや、私の腕を取って引っ張る。


「?」


 腕に押し当てられた双丘に目を白黒させている私を見て、


「照れるところもカワイイ! 初々しい! 少年みたい!」


 私はギクリとする。悪い汗が出そうだ。なんで? バレたのか?


「解いてるときの横顔、凛々しかったわぁ。もう、美少年って感じ。でも、旬の時期を過ぎると、女になってっちゃうのよねぇ」


 もしかしてこの人、女版ロリコン? 女になるって、私は生物学的には既に女なのですが……。


「ねぇ、自分のこと、『私』じゃなくて『僕』って言ってよ。で、ちょっと男の子っぽいしゃべり方で……」


 周りを見ると、やれやれという顔だ。でも、森さんだけ目を輝かせてこっちを見てる。多分この人も要注意人物だ!


「ボク? ですか?」


「で、自己紹介!」


「えっと、ボクは小畑昌です。よろしく、山崎さん」


「うぁ~! そのボーイソプラノ、萌えるぅ!

 じゃ、あなた、今日から『昌クン』ね! 私のことは『光紀』って呼んでね」


「え? 仮にも年上ですし、呼び捨てには出来ないですよ」


「わぁっ! ホント、理想の美少年って感じ!

 昌クン、本当は男の子で付いてるんじゃない?」


「!」


 光紀さんが私の身体に手を伸ばしたところで空気が変わった。同時に光紀さんがバネ仕掛けの人形のように椅子に戻る。他の四人も同様だ。

 振り返ると沙耶香さんが笑顔で腕組みしている。


「静観していれば……。少年っぽくってのはともかく、それ以上は行き過ぎよ」


「いつの間に現れたんですか?」


 思わず訊いたが応えは無かった。

 本当にいつの間に戻ってきたんだろう。病院でも思ったけど、この人って足音を立てずに来るから心臓に悪い。


 皆、借りてきた猫のように勉強してる。沙耶香さんがいると、空気が締まる感じだ。案外、教師なんかも向いてるかも。




 ふっと、周りが力を抜いている。辺りを見回すと沙耶香さんがいない。芝浦さんが声をかけてきた


「あのときに、よくビビらずに話しかけられるわね」


「あのとき?」


「さっきよ!」


「あ、前も沙耶香さん、足音立てずにすぐ後ろに立ってましたよ」


「そう言うことじゃなくて、空気が変わったでしょ?」


「あ、沙耶香さんって、たまに怖そうなときがありますよね」


「……はぁー。

 あれを『怖そう』で済ませるの?」




 その後、他の神子からも聞いたら、沙耶香さんは『格』を発していたそうだ。『格』というのは、どうやらオーラとか戦闘力みたいなもので、それにあてられると萎縮するようだ。


「あの『格』の前で、対抗することもなく平然としているなんて、さすが私が見込んだだけあるわ! 時期が来れば筆頭ってのも、あながち……」


 光紀さんは興奮気味だ。別に光紀さんが見込むかどうかは関係ない気がするけど。


「多分、ボクが『格』に鈍感なだけです」


「光紀ちゃんには律儀に『僕』なのね。別に言葉遣い、変えなくても、自分の好きなのにすればいいのに」


 芝浦さんは呆れ顔だ。


「ボク、じゃなくて私はどっちでもいいですけど」


「だったら『僕』で!」


 森さんが目を輝かせて詰め寄ってくる。やっぱりこの人も光紀さん同様、要注意人物だった。




 それ以後は事もなく、それでも距離は近づいた気がする。

 私の言葉遣いも、山崎さんと森さんの希望に合わせたことになってるし、沙耶香さんの計算通りって状態かも。

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[一言] 晶「オレ、でもいい?」 光紀「········」
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