京都 三 ガールズトーク
「沙耶香さん、いい人いないんですか?」
やば! 空気が変わった! 地雷を踏んだか? いや、『?』は要らないな。確実に踏んでる。
「私を前にするとね、大抵の男はびびっちゃうのよ」
そりゃ、そうだろうな。これだけデキる女で、この美貌で、しかも経済的にどうこう出来ないし。
「あー、分かるかも。
なんて言うのかな、出来過ぎなぐらいのイイ女だから、逆に二の足踏んじゃうかも知れない。
むしろ、沙耶香さんの方から口説くってどうです? 『昌幸』の頃に口説かれたら、コロっと落ちてたと思いますよ」
「それもアリかもね。
でも、昌ちゃんなら、大抵の男は手料理と笑顔で簡単に落とせそうね」
「そうでしょうか?」
「そうよ。
例えば、意中の人が風邪でもひいたとき、三日目ぐらいに行って、この間私に作ってくれたみたいな雑炊を食べさせて上げるのよ。で、『早く元気になって下さいね』って笑顔を見せれば完了。
これで大抵の男はグラッと来るはずよ」
「それって、昔のマンガのテンプレです」
「テンプレってのは侮れないモノよ。
別ルートだと、『帰らないで欲しい』って貴女を引き留めて、そのまましっぽりと……」
「寝込んでる人が、そんなこと出来るわけ無いでしょう。それに、風邪が伝染ってしまいます」
「そこで決めぜりふ。『貴方の痛みや苦しみの半分を私が……』って、そしてカーテンに映る影も一つになって……」
「沙耶香さん!」
「ごめん、ごめん。調子に乗りすぎたわ。
それに、比売神子になるまでは、そう言うことはナシですからね」
「『血の発現』の前のことは、本当にカウントに入らないんでしょうか?」
「入りませんよ。実際、私は血が出る前にはちゃんと彼氏が居ましたし」
「え? どんな人だったんですか? 沙耶香さんにビビらない人って」
「『昌幸』さんにちょっと似ているかな。貴女も知っている人よ」
「って、まさか。高瀬先生?」
「ご名答。よく分かったわね」
似てるかな? タイプは全然違うと思うけど。
あっちは正統派のイケメンだし、医者だし、女性に対しても余裕があって、明らかに女の扱い慣れてますって感じだし。『前世』の自分とは大違いだ。
単に、沙耶香さんと私の共通の知り合いって、その人しかいないから言っただけなんだけど……。
「あんまり、共通項は無いように思うんですが」
「大きな共通点があるわ。どっちも、私好みの男だったってとこ」
「過去形なのが癪ですね」
高瀬先生と沙耶香さんの出会いは十年以上遡る。
当時の高瀬先生は医学部生で、沙耶香さんは英文科の学生だったそうだ。英語が上手いのはそう言うワケか。
知り合って、おつきあいが始まって、結婚を意識したかどうかは分からないけど、まぁ、イイ感じだったようだ。
ところが、沙耶香さんが就職の内定を貰ってすぐぐらいのときに、『血の発現』が起こった。そのときの高瀬先生は研修医で、主治医になることはもちろん、診察さえ出来なかったけど、とにかく傍らに居ようとはしてくれたそうだ。
しかし、事情も分からないうちに沙耶香さんは転院した。
高瀬先生は断片的な情報を集めて追ってきたが、そこで見たのは姿を変えてしまった沙耶香さん。
高瀬先生は比売神子の血について知ってしまい、今の病院に勤めることになった。
「あの頃は若かったわ。今じゃ考えられないことをしたもの」
「何をしたんです?」
「夜・這・い」
「それって、マズくないですか?」
「マズいわよ。でも、そのときの私は比売神子のことなんてどうでも良かったもの。むしろ、その資格を喪ってしまいたいとさえ思ってたわ。
でもダメだった。外見が中学生の私とはムリだって。別れるべきだって」
「逆に、嬉々としてやっちゃう人じゃなくて良かったんじゃないですか?」
「確かにそうなんだけど……。
で、私は5年待ってくれるよう、手紙でお願いしたの。もちろん、返事なんてもらえないけど。
初めはね、彼も待っててくれたみたい。
でもね、若い男性が何年もナシってのは無理なのよ。
結局、別の女性とお見合いして、今は子どもも二人いるわ」
きっと、沙耶香さんは今でも高瀬先生を想っているんだろう。看護大学校に行ったのもそれがあるだろうし、比売神子が名誉だって言うのも、失恋に引き合うものでなくてはならないという想いからに違いない。
高瀬先生が私のことを何かと気にかけてくれるのも、子どもを持つ父としての想いが、そうさせるのかも知れない。
酔いが醒めかけた頭でじっと考えていると、沙耶香さんは私の背中をぽーんと叩いた。
「というのは、ウ・ソ!」
「は?」
「いい? ガールズトークの基本は恋バナ!
話半分よ!
即興でこれぐらいの話は作れなきゃいけないし、貴女もそれに乗っかれなきゃダメなのよ。それを疑うこともなく真剣に聞いて、その挙げ句に考え込んじゃって。
まだまだ青いわね」
「……」
「女はね、隙を見せても底を見せちゃダメなのよ。それがイイ女の条件。貴女は見栄えだけはイイんだから、中身の女子力も釣り合うようになさい」
「沙耶香さん」
「何?」
「あなたは、非道い人だ……」
じっと沙耶香さんを恨めしそうに見たが、当の沙耶香さんはどこ吹く風。
「いいわよ! その目つき。女子力がちょっと上がったかしら。ご褒美にもう一杯、美女が注いで上げましょう」
「頂きます」
私はグラスの冷酒を一気に干した。
「沙耶香さんって、悪女です」
「褒め言葉として受け取っておくわ」
「あと、もう一つ」
「何かしら?」
「私の女子力は、見栄えだけじゃありません!」




