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ひめみこ  作者: 転々
第五章 京都合宿
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京都 二 酒

「さ、お風呂よ!」


 コンビニ袋を冷蔵庫にしまうと、沙耶香さんは浴衣を持った。


「ここはね、露天風呂があるのよ!」


「私は部屋の風呂を使いますから、沙耶香さんだけでどうぞ」


「これも自覚を促す訓練よ」


 やっぱりだ。女性への同化プロセス。

 気乗りしないが、ゴネたって結局行くことになる。

 抵抗は無意味だ。




 脱衣所に入ると、(かご)はいくつか埋まっている。嫌だな。他にお客が居るようだ。沙耶香さんはさっさと脱ぐと、隠す様子もなく堂々と浴室に入る。一歩ごとに揺れている。私はというと、隠して入る。隠すほども無いけど……。


 入った瞬間、視線を感じる。きっと沙耶香さんと私を見比べているに違いない。


「みんな見てますよ」


 小声で沙耶香さんに言う。もちろん英語だ。


「気にせず堂々としてなさい」


 沙耶香さんは威風堂々と言う言葉が似合いそうな歩き方だ。


 ここにいるのは『小畑昌』じゃない。たまたま京都観光に来た外国人Aだ。恥じらったら負けだ。自分に言い聞かせる。

 かけ湯をし、軽く身体を洗って湯船につかる。


「明日の予定はどうなんですか?」


「そうね、午前は武術訓練ね。神子としての必修科目よ。で、午後からは観光。せっかく京都まで来たんだから、座学は最終日だけで良いわ」


「良いんですか?」


「どうせ貴女、平日はヒマなんでしょ。そのときになさい」


 英語でペチャクチャやってると、気安く別の女性が声をかけてきた。振り返ると、うわっ! 欧米籍の空母だ。これに比べたら沙耶香さんでも巡洋艦、私なんか――だ。


 その、空母みたいな女性は、お勧めの観光スポットを訊いてきた。既に三日滞在していて、めぼしいところは行ったらしい。


詩仙堂(しせんどう)は行かれましたか?」


「いえ」


 そこで私は詩仙堂を勧めた。外国人に日本庭園を理解して貰うならここは最高のポイントの一つだ。ついでに近くの野仏庵(のぼとけあん)でお茶も頂ける。

 詩仙堂の魅力と歴史を一通り説明すると、お礼は「メルシー」この方はフランス人だった。


 その後も少ししゃべっていたら、私が日本人だということがあっさりばれた。一方の沙耶香さんは最後まで米国人で通せていた。何が違うんだろう。やっぱり胸の戦闘力か?




 空母を見送った後、沙耶香さんに訊いてみた。


「どうしてばれちゃったのでしょう」


「貴女がENGRISHで話しているからよ」


「ENGLISHでなく? そんなに発音、(まず)かったですか?」


「発音だけなら貴女の方がきれいよ。実際、初めは向こうも英国人だと思ってたぐらいだし」


「じゃぁ、何が違うんですか?」


「貴女の言葉の組み立てが、とっても日本人っぽいの」


「英語でなく日本語で思考している、ということですか?」


「何語で考えるかなんて、重要じゃないわ。

 貴女は名詞で言葉を組み立てているの。

 でも、英語は動詞で成り立っている言葉、つまり動詞で考えることが重要! 

 コレができないと、いつまでたってもENGRISHよ。日本人が英語で上手く表現できない原因の一つね」


「それって、比売神子パワーですか?」


「いいえ。自分で勉強して身につけたものです」


「沙耶香さんって、見かけによらずすごいんですね」


「見かけ通り、すごいんです」


 沙耶香さんは不敵に笑う。こういう時の沙耶香さんって、男前だな……と、場違いなことを考えてしまう。




 部屋に戻ると、沙耶香さんは早速飲み始めた。


「昌ちゃんもどう? 未成年なんて言わないでね。本当は私より年上なんだから」


「でも、味覚が変わったのか、ビールはダメでした」


「それは聞いてるわよ。でも、比売神子の通過儀礼で飲むことになるんだから、今のうちに練習しとかないと」


「うーん」


 冷蔵庫を覗き込む。飲めそうなのは無い。


「ルームサービス、頼んでも良いですか?」


「良いわよ」


 私は内線電話を取り、冷酒はどんな銘柄があるか訊いた。うん。コレにしよう。どうせ沙耶香さんも飲むに違いない。純米大吟醸の冷やを三銘柄頼んだ。


 程なく部屋に届けられる。沙耶香さんもグラス三つ持ってきて、飲み比べる段取りだ。


「どれどれ……」


 沙耶香さんはグラスを三つ並べて飲み比べる。私も一口。うん、美味しい。これなら飲めそうだ。


「あんた、良いお酒知ってるわね。それぞれ味は違うけど、さらっとした女性向きのお酒ね。これは油断すると酔っぱらうわ」


「それは、今の私でも飲めそうな、初心者向けの銘柄を選びましたから。

 北陸は、良いお酒があるんですよ。やっぱ、水と米が良いから」


 良いお酒だから、いきなり悪酔いはしないだろうけど、この身体での限度が分からない。この間のこともあるから、控えめに行こう。

 そう思っている間に、沙耶香さんはぐいぐいいく。


「封を切ったら、その日のうちに飲み切らないと!

 貴女、料理もそうだったけど、舌が肥えてるのね。これで、女をどれだけ口説いてたの? 『昌幸』だった頃はブイブイ言わせてたんでしょ」


「『私』はシャイだったから、口説いたりできませんでしたよ。(なぎさ)とも見合いだったし……」


「またまたぁ、そんな。

 貴女が『昌幸』だった頃に出会ってたら、私、落とされてたかも知れないわよ」


「で、あっさり『未亡人』になると」


「そしたら、今度は貴女を嫁に貰うわ」


「それは、法的に問題ありかと」


「じゃぁ、内縁の妻ね」


「どっちが?」


「貴女が」


「沙耶香さん、酔ってるでしょ?」


「酔ってるわよ」


「沙耶香さん、いい人いないんですか?」


 うわ! 空気が変わった! 地雷を踏んだか? いや、『?』は要らないな。確実に踏んでる。

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