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ひめみこ  作者: 転々
第四章 比売神子の責務
31/202

煮え切らない

「人工授精とか、代理母出産とかは?」


「それも『昌さん』の許しを頂いた上で試みます。しかし、その結果が不調だと判ってからでは、本来の――昔ながらの――方法で血を残すことが難しくなりましょう。


『昌さん』としても思うところがあるでしょう。無理強いは出来ません。

 ただし、比売神子にもならず、子もなさないということであれば、十五年から二十年程度を目処に経済的援助は打ち切らざるを得ません」


「まぁ、それは当然ですね。返せと言わない分、むしろ良心的かも知れません」


「せめて『小畑昌』として幸せな人生を送って頂きたいと思います。

 過去に男性として生まれて比売神子となった方も、その美貌と能力から幸せな人生を送ったそうです」


「私のような人が他にも居るんですか? お会いすることは出来ますか?」


「直接会うことは出来ません。直近で五百年近く前、古くは千年ほど遡りますから。

 記録では、若さと美しさを永く保ったそうです。幾人かの伴侶を得て、子宝にも恵まれたとあります」


「幸せの定義は、人によっても時代によっても変わります。

 何百年も遡れば、家族が一ヶ月後、一年後の食事を心配することなく暮らせたり、外敵の襲撃に怯える必要が無いだけでも、幸せと言えるでしょうね」


 私は半ば皮肉に、半ば投げやりに応じた。

 多分、私と同じで見栄えだけは良かったのだろう。その時代、後ろ盾を持たない美貌の『女性』が生きるために使えるものは……。

 複数の――ってことは、結局そういう人生だったんだな。それでも、生まれながらの女性なら、相対的に『幸せ』だと評するかも知れないか。


「幸い、……と言えるかどうか判りませんが、主治医によると、私の身体は脳も含めて、解剖学的には女性だそうです。第二次性徴や思春期を女性として経験することは、私の人格に少なからず影響を与えることも示唆されました。

 私の人格が肉体に引き寄せられれば、互いにとって良い結果をもたらすと思います」


「全ては、貴女の選択次第です」


 どうせなら、こういう話はもう少し後に聞きたかった。知らなければ知らないままに、性自認も自然と変化したかも知れない。でも、今の話を聞いてしまうと、『昌幸』としての人格にしがみついてしまいそうだ。




 私と沙耶香さんは、早々に部屋を辞した。なんだか、また失礼なもの言いをしてしまった気がする。


「まだ、早かったですね」


 沙耶香さんがぽつりと言う。


「時期が違えば、別の反応もあったかも、ってことでしょうか?

 もっと期間をかけて、心の変化を待つべきだったと?」


「率直に言えば、そうね。……でも、無理強いはできません。

 ところで貴女、まさか性適合手術とか考えてる?」


「考えてませんよ。何ですか? 突然」


「なんとなくね、男性性を失ってゆくことに恐怖を感じてるように見えて……」


「それは、怖いですよ。

 でも、だからといって手術で体を変えたって、多分、虚しいだけです。きっと……。

 私は男性であるということがどういうことか、知ってるんです。形だけ似せたって、尚更、違いに直面するだけですよ。男であることと、女でないこととは、イコールじゃ無いと思いますから。

 それに、血を残すという勤めは果たさないと。……生涯賃金並みの金額は、そういうことでしょ?」


 比売神子として生きる上で性別が重要かどうかは分からないが、血を残すためには、私が妊娠出産できる必要がある。お婆ちゃん達の最優先事項はこれだろう。

 もし知られたら、ずっと前の『産む機械』発言どころじゃないだろうな。金額の桁が違うけど、金銭で生殖器官をってのは、売春とどれほど違うんだろう。その金額の価値があるのだろうか……。


「とりあえず私にとっては、自分の人生よりも家族の生活と子どもの将来の方が優先ですから。……どうしても、という状況になれば、私だって覚悟を決めますよ。

 種付け作業自体は、急げば十五分ほどで済むでしょうから、その間は目をつぶって我慢します。出来れば、交配相手にはそっちが淡白なのを選定して下さい」


「昌ちゃん……」


 沙耶香さんの表情が曇る。


「でも、私の心も変わるかもしれません。きっと今のままではないでしょう。

 身体ではなく、心でもそれを受け入れられるようになれば『昌』としても幸せになれるでしょうし、そうなれればいいとも思っています。

 これは、本心ですよ」


 沙耶香さんはぎこちなく笑顔を作った。


「ところで沙耶香さん。私、また失礼な言い方してましたね。

 比売神子様って本当はエラい人なんでしょ?」


「世俗的な意味での『エラい』とは無縁の方です。でも、これが『格』ってものなのかしらね」


「『格』?」


「今日の比売神子様は、あえてそれを抑えることはしていませんでした。私はともかく、並の神子だったらその『格』にあてられて萎縮してしまうものなのです。

 でも貴女はその空気の中で平然としていました。貴女自身は、今はまだ比売神子候補でしかありませんが、既に比売神子様に比肩する『格』をお持ちなのです」


 あれ? 微妙に敬語?

 でも『格』って何だろ。『オーラ』とか『気』とか『戦闘力』的なものなのかな?


「もしかしたら、それが私へのギフトかも。

 以前は結構ビビリで、もっと強い、物事に動じない胆力を欲していましたから」


「その割に、普段の貴女は肝が細いように見えましたけど」


「そう言われると……、そうかもしれません。

 ところで、そもそも『格』って何ですか?」


「素朴に訊かれると困るわね。『格』としか言いようがないもの。

 強いて別の言葉で言えば、比売神子(りょく)?」


 その言い方だと、やっぱり『戦闘力』的なものっぽい。




 その後、まだウィッグを外して行動する踏ん切りがつかないことをからかわれながらお昼を食べ、パジャマとスポーツウェアを選んだ。


 帰宅するころには日も沈んでいた。まだ日中こそ暑さが残っているとは言え、彼岸はとっくに過ぎている。日が落ちるのも早く、ちょっと感傷的にもさせられる。そして比売神子の血を受け継ぐ者としての責務……。これを考えると気が重い。




「おかえり。何かあったの?」


 家に帰ると渚が心配そうに訊いたが、神子達に会ったこと以外は言葉を濁した。あまり聞かせるべき話じゃない。




 子どもたちを寝かしつけ、自分も床につくと、さっきのことを思い出す。

 自分が子どもを産む。それ自体は想像できるし抵抗感も不思議と感じない。しかしそこに至る過程は、想像することさえ(はばか)られる。


 受け容れられるようになると言うことは、今の自分でなくなっていることと同じことではないか?


「消えるのではなく変化する」と言われたが、今の自分でなくなるということは、消えてしまうこととどう違うのだろう?


 なんだか胸の奥が変だ。悲しいのか、寂しいのか……。煮え切らない感情が心と身体を満たす。




 渚の手に触れようとしたら、一緒に寝ている子ども達に気兼ねなのだろう、私の布団に来てくれた。私を抱きしめ背中を撫でてくれる。


 暖かい。


 私は以前と同じように、パジャマの裾から手を入れ渚の背中に直接触れる。渚は一瞬身を固くした後、私の背中を抱きしめた。


 その瞬間、私はどうしようもない自己嫌悪に陥った。

 今、私は、自分がしたくない、されたくないと思っていることを、立場を変えてしようとしている。


 私は手を引き抜き、改めてパジャマの上から渚を抱きしめた。




 目を閉じて眠ろうとしたが、なかなか寝付けない。

 一方、隣の呼吸は規則的な寝息になっていた。


 私は布団を抜け出し、二階の自室に行った。

 気分を変えようとDVDを再生するが、上の空だ。


 諦めてオーディオの電源を落とし、部屋を暗くする。


 煮え切らない気持ちに、自分で自分の肩を抱きしめ、独り、まんじりともせずベッドに丸まった。




 その夜、私はこの身体になって初めて……、自家発電をした。

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