邂逅
この数日というもの、良く言って家事手伝い、実際はニート暮らしをしていた。
沙耶香さんは来ないし、仕事も学校も無い。さりとて日中に外出すれば、別の意味で目立ってしまう。補導されるのは困る。
子どもが保育園に行っている時間は、とにかくダラダラ過ごしていた。買っただけで積み上がっているDVDもある。
米国の某特撮番組――最初のシリーズは私が生まれる前に始まり、最新シリーズも始まっている――は、全五シリーズ+新シリーズ初年度と三十年分ある。加えて劇場版は十本を超える。他にもマニアックなのがいっぱい。どう見てもプレティーンやローティーンの女子が見るものじゃない。でも好きなんだよ。
たまたま、車番が『騎士』の夢の自動車が登場するDVDを観ていて、あることに気付いた。
このDVD、吹き替えを選んでも一部だけオリジナル音声になってしまうが、それが聞き取れるのだ。仕事柄、英語でのやりとりもあったけど、ヒヤリングは苦手だった。なぜすんなり聞き取れるのだろう。
念のためオリジナル音声で視ると、難なく聞き取れる。
もしかして、これが神子の力?
そのほかにも、それらしき力はいくつかあった。
初めに気づいたのは、歌が上手くなったこと。子どもを寝かしつけているときに気づいた。そして、あやしているときにパントマイムやダンスが上手くなっていることに気づいた。
特にダンスは、上手いどころか超絶のレベル。マイコーの完コピができそうだ。「パォ!」
嬉しくなって、子ども達の前で踊っていたら、渚から「その動き、すごくキモチワルイから止めて」と注意された。子どもにはすごくウケるんだけどな。
子どもが喜ぶと言ったら「私の見えないところでやって」だ。
そんなに気持ち悪いのかと、試しにデジカメで録画して見ると、キレの良いダンスも、体の動きと移動方向が食い違っていて、空中に浮いているように錯覚させられる。
その動きはよく出来たCGみたい。確かにキモいかも。
でも、『昌幸』だった頃にこのダンスができてたら、それだけで女の子にモテモテだっただろうなぁ。
電話が鳴った。今更この番号にかけてくるのは事情を知る人だけだ。表示された番号は沙耶香さんだった。
「はい」
一応、名乗らずに出る。
「あ・き・ら・ちゃーん。沙耶香お姉さんですよー。ご無沙汰ー」
「なんだか、キャラ変わってません? それとも酔ってます? まだ昼間ですよ」
「案外、冷静ね。
えーと、今度の日曜は、空いてるわよね。他の比売神子候補たち、と言っても五人だけど、その神子たちと初顔合わせよ。朝十時に迎えに行くから、そのつもりで」
「あ……、はい。でも、こっちの都合、お構いなしですね」
「どうせ、暇してるんでしょ。大丈夫、『合宿』はまだだから。それは貴女がちゃんと女の子できるように特訓してからよ。
あ、格好は普通で良いわ」
「はい」
日曜日、沙耶香さんは九時半に来た。私も身支度は早いので――子ども達の朝も早いので――余裕だ。
「はい、プレゼント」
「何ですか?」
茶封筒を開けると、戸籍謄本の写しや現在自宅療養中であることを示す診断書等々。これがあれば、補導されても面倒なことにはならない。
「何から何まで、ありがとうございます。
一応、出る準備はしてますけど、もう行きますか?」
「ちょっと早いけど、行きましょうか」
例によって沙耶香さんの車に乗り込む。
「泊まりは無いですよね。お泊まりセットは作ってないですよ」
「顔合わせだけよ。
ただし、他の神子たちには貴女の素性は明かしていないわ。だから、言動には十分注意して。貴女の『合宿』参加に差し障るかも知れないから」
「私的には、既に十分差し障りがあるんですけど」
「それは、貴女個人の気持ちの問題です。さっさと覚悟を決めて下さい」
「はぁ……」
程なく目的地に着いた。神前式も出来る神社、というより神社が併設されたセレモニー会館といった方がいいか。宿泊施設もある。
「あの……、比売神子って宗教的存在ではないと聞きましたけど」
「現代ではね。でも比売神子としての訓練は、あちこちの神社やお寺を借りてするの。昔からそうだったらしいし、雑音が入らないという点で都合が良いのよ」
「そうですか」
神社、というより会館の会議室っぽい部屋に着くと、既に五人の少女がいた。揃いも揃って美少女だ。デビューを控えたアイドルグループだと言っても通じてしまうだろう。
「「「「「お早うございます」」」」」
五人が挨拶をする。私もつられて挨拶を返した。
「最近血が出た子って、その子?」
え? 沙耶香さん、まさかそんなことまで言ったんですか? 私は顔を赤くして沙耶香さんを見上げた。
「そうです。先日『血の発現』を済ませたばかりです。
格の高い比売神子となる資質があります。時期が来れば筆頭にだってなれるかもしれません」
あ、血ってそっちのことね。
「紹介するわ。こちらは、小畑昌さん」
そう言いながら私の背中を押す。
「初めまして、小畑昌と申します。分からないことばかりですけど、よろしくお願いします」
私は一礼した。
「昌ちゃん、ここには神子の血を持つ者しか居ないわ。本来の姿で自己紹介なさい」
「本来の姿?」
素性を明かすのはマズいんじゃなかったっけ? そう思った瞬間、沙耶香さんは私の頭からウィッグを取ってしまった。真っ白い頭が露わになると五人が息を飲むのが分かる。視線が集中する。
私が緊張感で身を固くすると、沙耶香さんは優しく言った。
「大丈夫。貴女の素性を詮索する人は居ないわ。
ごめんなさいね。この子、この外見で悪目立ちして辛い思いをしたから、しばらくはウィッグを使うことにしてるのよ」
五人は「なるほど」と言わんばかりに頷いた。
「あ、改めて、初めまして。小畑昌と言います。よろしくお願いします」
私は今一度挨拶した。ちょっとドキドキする。




