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ひめみこ  作者: 転々
第三章 昌として
27/202

レベルアップ

 帰宅して夕食後、洗濯物を取り込む。

 入院前とは洗濯物が違うことに地味に落ち込む。主に、布面積が小さかったり、布以外の素材――形状記憶合金とか――が使われたものを見ると……。そして、次回から洗濯に出すときには、自分でネットに入れるよう指示を受けて追加ダメージ。


 仕分けしつつたたもうとして手が止まった。


「あっ、あのっ、お、お母さん?」


「どうしたの?」


「ちょっと、教えて欲しいことが、あるんだけど……」


「何かしら」


「えっと、下着のたたみ方」


「普通にたたむだけよ」


「その、『普通』が分からなくて。

 ほら、脱衣所にあるの、靴下みたいにお団子にして、お菓子みたいに並べてあるでしょ。あれのやり方」


 渚は「あぁ、そうか」という表情だ。生まれてこっち、一度もしたことが無かったから知らなくても無理ないと思うのだけど。でも、これからはそういうことも身につけて行かなくてはならない。




 両側から観音開きの扉を閉めるようにたたみ、くるりと巻いてクロッチ部分をウエスト側から差し込む。パンツを観音開きか……。


「あなた、変なこと考えてたでしょ」


「へ?」


「目尻がえっちだったわよ」


「かっ、考えてないよっ。第一『お道具』も無いし……」


「そ、そうね……。ごめんなさい」


 こちらこそ、すみません。考えてました。




 五分後には、もう一方のカップの重ね方とともに、たたみ方をマスターした。頭の中でファンファーレが鳴り響いた気がする。


 あきら はレベルがあがった。


 したぎのたたみかたをおぼえた。


 じょしりょくが1あがった。


 ……こんな感じか。




「ちょっとは慣れてきたみたいね」


「未だに慣れないよ。ブラウスのボタンとか……。何で男女で左右逆なんだろうね」


「脱がせやすいようにじゃない?」


 え? 渚の意外な言葉が、顔に朱を注ぐ。退院してからこっち、会話に下世話な内容が増えた気がする。


「あなた、何考えてるのよ。

 ボタンができた頃は、そんな服は上流階級のものだったのよ。男性はともかく、貴婦人は侍女とかに着付けさせてたの。ボタンの左右が逆なのはその名残よ。


 もしかして、別の状況を想像してたのかしら? 相変わらずむっつりなんだから」


 図星です。顔の赤みが更に増す。今は、何を言っても逆効果だろう。




 子どもを寝かしつけた後、渚と向かい合う。


「今日、検診に行ってきました」


「うん」


「身体は特に異常無し。健康な『女性』だそうです」


「うん」


「妊娠、出産も可能だそうです」


「うん」


「さっきから、うん、しか言わないね」


「……別の反応をして欲しかったの?」


「そういうワケじゃないけど……。もう少し動揺するかと思って」


「大体のことは既に知らされていたし、昨日からのことでも十分理解してるから」


「渚って、切り替え早いね。私なんか、一つ一つ困ったり、女々しく悩んだりしてるし。悩みのタネが整理券持って順番待ちだよ」


「女々しく?

 当事者なんだから困るのも悩むのも当たり前じゃない。

 それに、一般的に言って、女の方が割り切りは早いわよ。むしろグズグズ悩むのは男の方ね。

 女はね、一つの出来事から一つしか感情を選べないほど弱くはないのよ」


「そういうもん?」


「そうよ! でも、虚勢を張ったり、正面から悩むのを避けてる連中に比べれば、自分の弱さときちんと向き合えるあなたの方がよっぽど『男』だったわね。今は女の子だけど」


 最後で台無しだ。


 その後、問診から診断についてかいつまんで話す。

 渚が食いついたのは私の余命。

 残りの寿命は実年齢ではなく、今の肉体年齢によること。二十五年程若い姿になったから、それに伴って寿命も延びる。加えて、神子となった者は、若い姿をかなり長期にわたって保つこと。


「よかった……。少なくとも、今度はあなたを見送らないで済むのね」


「まぁ、順当に行けばね。

 とりあえず、生きて親としての責任は果たさなきゃね。もっとも、二十年もしたら、見た目の年齢は子ども達にも抜かれそうだけど」


 私は薄く微笑んで応えた。

 入院のせいだ。私は『血の発現』で命を落としかけたし……。公的にも『私』は死亡したことになってる。確かにこんな思いはこりごりに違いない。




「でも、それって女としてはちょっと羨ましいわね。向こう二、三十年は二十歳かそこらの外見なんて」


「『血の発現』が高齢で起こるほど、若さを長く保つ傾向が強まるらしいんだ。男性だった神子もそうだったらしい。でも臨床記録が残ってないから、私がどうなるかは分からないけど」


「あなたが貴重なサンプル?」


「そういうことになるかな。

 現時点では絶対に公表出来ないけど、記録を残すために定期的に検診を受けることになってる。

 もっとも、この記録が医学の進歩に繋がるとしても、自分達の生きてる間には無理だろうって、高瀬先生、ちょっと残念そうにしてた」


「確かに、若返るのは魅力ね。命の危険があっても試したい人はいるだろうし」


「それに早老症(プロジェリア)とかの治療に繋がる発見があるかも知れない。

 私に起こったことは、発生のやり直しみたいなことだし、そのメカニズムを調べたら、再生医療とかの分野が進歩するかも」


 高瀬先生は、臨床医としてもそこそこ優秀らしいけど、もともとは研究者肌らしいから、嬉々として調べそうだ。




 結局、変容が脳の構造にまで及んでいることは明かせなかった。今後、私の人格がどうなるか分からないことも。


 私はどうなって行くのだろう。


 父親として、子ども達に何が出来るだろうか。


 子ども達の寝顔を見る。

 あと二、三年もすれば、この小っちゃい頭の中から『私』の姿は引き出せなくなるだろう。なら、せめてお父さんはこれだけのものを遺してくれたって言ってもらえるようにしたい。

 躾だけでなく、身のこなしや作法なんかも重要だ。




 渚への報告が終わったので風呂に入る。


「順応してきたのかな……」


 脱衣所で、鏡の向こうからこちらを見る少女の視線は冷静だ。病み上がりのせいか肉付きは薄い。左右の腿の間には膝付近くまで空間がある。膝関節の骨が全体に小さいから細い脚として見られるけど、これで膝が普通のサイズだったら、やせ過ぎに見えるかもしれない。

 もうちょっと肉感的なら、見る楽しみもあるんだけどな……、そう考えたところで、そんな自分が嫌になる。


 脱衣所の棚には、サイズが合うことのない冬物が入っている。籠に無造作に入れられたハンガーは、今後も肩幅が合わない。木製でかさばるから、このまま燃えるゴミというわけにはいかないか……。




 身体を洗い湯船に浸かると、診察や問診のことが思い出される。身体がここまで変わった以上、心も変化していくのは避けられないのだろう。


 座ったまま俯いて自身を見た。


 この最中は情緒不安定になるって聞いてたが、予想外に冷静な気がする。まぁ、個人差があるし、回数を重ねないと分からないこともあるに違いない。


 湯船の中では、入ってくることも出ていくこともない。圧力が均衡してるのかな? 埒もないことに思考を巡らせる。

 今日も疲れたし、早めに寝よう。




 翌朝、下着の尾てい骨付近が大変なことになっていた。昼夜で用具を使い分けるのはこういうワケか。新品のパジャマを着てなくて良かった……。


 頭の中で無機質なファンファーレが鳴り響く。


 あきら はレベルがあがった


 ようぐのつかいわけをおぼえた


 じょしりょくが1あがった


 おとこのこけんが3さがった




 ……とりあえず、シャワー浴びて洗濯しよ。

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