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ひめみこ  作者: 転々
第三章 昌として
26/202

ウィッグ

 検診は無事完了。泊まりが無くて良かった。

 沙耶香さんからは車を回すので待つよう言われたが、一緒に行くことにした。視線に晒されることに比べれば、少々遠くても歩く方がいい。


「やっぱり、私の姿は目立ちますね」


「その銀髪で目を()いて、可愛さでもう一度、かしらね。

 ほら、誉められてるのに、そんな顔しないで」


『可愛い』

 主に女性に対する誉め言葉だ。それをどこか素直に喜べない私は何なのだろう。肉体的には脳も含めて女性そのもの。でも記憶や人格は男性だ。それとも男性としての『私』はいずれ消えてしまうのだろうか。

 順応してきていたと思ってたけど、日や気分によって変わる。


「さっきのこと、気にしてるのね」


「自分が消えて行くような気がして」


「貴女は存在しているし、過去の貴方を知る人がいて、貴女も自分の過去を憶えている。そうである限り貴方は消えません。貴女は貴女の生きたいように生きればいいの。

 できれば、女性としての幸せを知って欲しいところです。せっかく美少女なんだから」


「さっきも、私に視線が集中しました」


 検査が完了して帰ろうというとき、待合室を通り抜けるそれだけの間すら、視線が自分に集まるのを感じた。通夜以来、視線に過敏になった気がする。

 これからずっとそうなのだろうか? そう思うと憂鬱だ。


「沙耶香さん、まだしばらく、外出のときはウィッグを使いたいです。次の春、学校に行くまでには克服しますから」


 私の視線にこちらを向いた沙耶香さんが苦笑する。


「そうね。どうしようかしらね。でも確かに今の姿での外出は、負担が大きいかも知れないわね」


 そう言うと沙耶香さんはスマートフォンを取り出した。どこかに連絡するのだろうか?


「沙耶香さん。本当にしばらくでいいんです。少しずつ慣れていきますから」


 そう言った瞬間、沙耶香さんのスマホから電子音。写真を撮られた! なんで?


「主治医からも、あまりに性急な変化は避けるよう注意されました。

 それに、そんな顔でお願いされたら、ダメとは言えませんね」


 沙耶香さんがスマホを私に見せた。


 こ、これは……、破壊力ある。


 目の周辺と頬をやや紅潮させ、上目遣いの瞳は潤んでいる。下唇を噛んだ口元は本来なら愛らしさを崩すはずだが、これすら別の効果を生んでいる。


「か、かわいい……」


「あら、ナルちゃんね。

 でも、こうして客観的に見ると、視線が集まるのも理解できるでしょ。でもそれはちょっと負担が大きいと。


 主治医の指示でもあります。今しばらくは、目立たない格好の方が良さそうね」


 そう言うと車に乗り込んだ。




「沙耶香さんは高瀬先生とはお知り合いなんですか?」


「まぁ、ちょっとね。

 ここ十年ほどで『血の発現』を経た子達は、彼が主治医を務めているわ。総合診療医としても優秀みたいだし」


「確かに、専門医をたくさん揃えるより秘密を守れるし、人件費も安く済みますね」


「人件費はどうかしら。あの人、普段は大して仕事してないのに、並の医師の三倍はもらってるのよ。もっとも、しょっちゅう別の科のピンチヒッターやらされてるけど」


「それはそれで優秀と言うことでは?」


「ちゃんと断れないだけよ。人が良すぎる器用貧乏ね。あ、お金は持ってるか」


 沙耶香さん、高瀬先生には厳しい。




 車は丘を下っている。小雨が降っているせいか、沙耶香さんも前回のような無茶な運転はしない。


「昌ちゃん、気分転換に服でも買わない? どうせ要るものだし、時間も余っちゃったし」


「黒髪のウィッグ、あるんですか?」


「こういう事もあろうかと、ちゃーんと……、というのはウソで、貴女がMRIを受けている間に準備しといたの。視線に耐えてる貴女も魅力的だけど、それは酷だしね。

 ただし、黒髪のが(にわか)には手に入らなかったので茶髪ですけど」


 なるほど、それで帰りは車の場所が違ってたのか。


 路上教習に使ったショッピングモールへ行くと、平日だというのに賑わっている。以前も思ったが、これで休日だったらどうなるんだろう?

 ウィッグを乗せて帽子を目深に被り、前回行った下着店に入る。

 店員に迎えられたが、沙耶香さんは「今日はお客じゃないの。ちょっとメイクをさせて下さいね」と奥の小部屋に直行した。顔が利くのか勝手知ったるなのか……。


 化粧はともかくウィッグはこれから毎日の事なので、付け方を練習させてもらう。本当はネットのようなもので地毛を押さえてから着けるらしいが、私の髪が短くて柔らかいことと、短期間しか使わないだろうということで、髪に直接だ。セミロングなので、白い髪が下から出ることは無い。


 部屋を出ると、例によってモデルを薦められたが、「急ぐので」と早々に店を辞した。こういうとき、沙耶香さんは強い。


 セミロングの茶髪というありふれた髪型のおかげか、モールを歩いていても視線の集中は無くなった。完全に無くなるわけではないが、待合室のような息苦しさは感じない。しばらくはコレのお世話になろう。


 その後、いくつかのお店をハシゴして、かなりの枚数の服を買わされた。

 初めは私もがんばって選んでいたが、三店目あたりから疲れてきた。沙耶香さんの「どっちが良いかしら」にたいしても「迷うなら両方買っちゃいましょう」と、半分投げやりになってきた。

 沙耶香さん、私のための服なのに、どうしてこんなに真剣になれるんだろう。或いは、これが女性というものなのだろうか。


 最後の靴屋だけは、疲れていた私も気合いを入れ直した。靴だけはちゃんと選ばないと体に悪い。


 私がスニーカーとウォーキングシューズを中心に見ていると、沙耶香さんがヒールを持ってきた。私の靴選びに色気が無いと言いたげだ。


 ヒールは健康に悪そうなので履きたくないけど、沙耶香さんの顔を立てて、一足だけ試してみることにした。

 初めてなので歩きづらい。恐る恐る歩くせいか、膝を伸ばしきれないのだ。鏡で見ると、某自動車メーカーの二足歩行ロボットのような歩き方になっている。沙耶香さんはどうしてあんなに颯爽と歩けるんだろう。


「似合いませんね」


「私には早すぎたようです。第一、まだ中一ですよ」


「確かにそうね。貴女、背丈の割に腰の位置が高いから、ヒールだと高くなりすぎて変なバランスになっちゃうのよね。もう少し背が伸びるか、肉付きが良くなればまた違うんだろうけど……」


 沙耶香さんは残念そうだ。でも、中一が履くのだからスニーカーがベストだと思うのだ。


 こうして私たちは大量の荷物を抱えて帰ることとなった。

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