検診
診察室で簡単な問診を受けた後、採血、採尿、そして頬の内側の粘膜から細胞を採取、更に心電図にMRIと盛り沢山だ。
検査後、昼食を挟んで高瀬先生から結果を聞くこととなった。
「その後どうですか? 小畑さん」
「ずいぶん慣れました。あ、昨日から、その、始まりました」
「おめでとうございます。昨夜はお赤飯でしたか?」
「……は、はい」
恥ずかしい。なんでこんなこと、訊くんだろう。
「採血の結果は入院中とほぼ変わらず、特に異常は見られませんでした。朝食を抜いていないようなので、血糖値などは参考程度ですが、入院中の様子から見ても、糖尿などの兆候もなさそうです」
と、先生は急にまじめな顔になった。
「粘膜から採取した細胞を調べた結果、興味深いことが分かりました」
「何でしょうか?」
一応訊くが、何を調べたかはだいたい予想がつく。
「染色体が、XX型でした。つまり、貴女の変容は遺伝子レベルで行われたということです」
「そうですか……」
やはりか。
一ヶ月前の私の遺伝子サンプルでもあれば、比較できただろうけど……、と考えたところで、息子がいることを思い出した。息子には『私』由来のY染色体が遺伝している以上、今の私の肉体は遺伝子レベルで別人だということだ。
「同時に、貴女とご家族との血縁も確認できました。第三者がDNA鑑定をした場合、貴女は『弟さんや妹さん』の母違いの姉である確率がきわめて高いという判定が出るでしょうね」
『昌幸』の痕跡が、記憶だけでなく肉体にあることに、ほんの少し安堵する。
「それでは、前回見られなかったMRIの結果を見てみましょう」
「身体の輪切り写真ですね」
「ここのは最新型ですから、すごいですよ」
高瀬先生は嬉しそうにパソコンを操作する。
ディスプレイに現れたのは、人体の三次元モデルだった。MRIと言えば、パイナップルの輪切りみたいに写真を撮るものと思っていたが、技術は進歩している。そう言えば『私』が使ってたCADだって三次元だ。
検査は寝台に横になって行ったため、お尻や背中が平坦になっているが、私の身体の形状がしっかりと判る。
「これで人体模型を造ったら、ものすごくリアルですね」
「うーん。多分組み上がらないと思いますよ。内臓は隙間無く詰まっていますから」
「それもそうですね」
「さて、順に見ていきましょう。
貴女は基本的な知識も持ってらっしゃいますから、パパッと行けそうですね。
この辺のレイヤーは抑制してっと……。あ、消化器系、循環器系は揃って問題なく機能していますから省略します。
これ、分かりますね」
「はい。卵巣に子宮等々、要するに生殖器官ですね」
「ご名答。これらはきちんと揃っています。そして、図らずも昨日からの出来事で、子宮から外部への経路が閉塞していないことも確認できました」
「はぁ」
「実は、この点は少し心配していたのですが、杞憂だったようですね。あと、内分泌系については、今のところ異常な兆候はありませんが、今後も定期的に検査する必要があります。場合によっては、ホルモンの投与などが必要になるかもしれません。
ざっくりと行きましたけど、何か訊きたいことはありますか?」
「まずは、日常生活に絡むことなのですが……。
髪が白いと言うことは、この身体はメラニン色素を作れない体質なのでしょうか? えーと、アル、アル、何でしたっけ?」
「アルビノのことですか? それは心配ありません。実際、黒目の色が比較的暗いですから、色素は持っていますね。
ただし、貴女は変容前から日本人としてはかなり色白でしたし、現在は更に白くなっています。いくら神子の細胞が強靱だといっても、ダメージが無いわけじゃありませんから、日光にはある程度気を付けた方が良いでしょう。
他にはありませんか?」
私は躊躇ったが、確認しておくことにした。
「脳の断層映像を見られますか?」
高瀬先生は片眉をぴくりと上げて私を見た。
「ほう? 見られますよ。ですが、なぜ?」
訊きながらも、パソコンを操作する。
「生殖器官を除けば、外観上、最も性差が大きい器官だと、本で読んだことがあります」
「なるほどね。
貴女は今まで診察した神子の中で、一番手強そうです」
「私の素性はご存じでしょう?
医学知識はともかく、基本的な科学知識は人並みにあります。社会人としての経験もありますし、そもそも他の比売神子候補とは年齢も違います。実年齢を考えれば、先生と対等に話せても不思議ではないでしょう」
「そうでしたね、今の貴女を目の前にしていると、つい忘れてしまいます。
結論から言うと、貴女の脳の構造は、少なくとも解剖学的には女性のそれです。……えーと、分かりやすいのはこの断面ですね。脳梁の形状、断面に占める割合、いずれもそうであることを示しています。
正直、この件は今の段階では心理的ショックが大きいと思われたので、訊かれなければ伏せておくつもりでした」
『今の段階では』ということは、今後の状況によっては伝えるつもりだったということか。いずれ知らせても不都合がない状況になると予測しているわけだ……。
「今の私の人格は、変化して行く公算が大ということでしょうか」
「それは正直、判りません。この分野については、分かっていることより分からないことの方が圧倒的に多いのです。
まぁ、一般論として言えば、人は常に変化していくものですが。
ただし、少なくとも周囲が貴女を女性として認知し、貴女自身が女性としての第二次性徴を経験するということは、人格に少なからず影響を及ぼすものと思われます」
診察室に沈黙が落ちた。
「妊娠出産や月々のリズムを制御するには、それに合った制御装置が必要というわけですね。
ま、ある程度、覚悟はしていましたけど……」
「他に、お聞きしたいことはありますか? 分かる範囲でお答えしますが」
「私は、いえ、そもそも比売神子とは何なんでしょうか? ヒトでしょうか? それともヒトに似た別の生物なのでしょうか?」
「分かりません。
しかし少なくとも、仮に現在の貴女を第三者が調べても、ヒトであることを否定する材料は見つからないと思います。もしかしたら、ホモ・サピエンスの更なる進化の階梯……かもしれませんね」
苦笑しながら少し茶化すように応えた。私に気を遣っているのだろうか。
「比売神子、仮にこう呼びますけど、比売神子は日本人以外にも普遍的に現れる存在なのでしょうか?」
「それも不明ですが、私個人としては普遍的に存在したのではないかと考えています。
ただしその能力は、その人を宗教的存在にしてしまったり、あるいは魔女裁判の被告席に立たせたかも知れません」
「能力? 助言を与える力がですか?」
「お伝えしていませんでしたか?
神子の血が発現すると、様々な能力を得られる様です。もっとも、超常の力ではなく人間の範疇に収まるものですが」
高瀬先生がちらりと私の後ろを見た。つられて振り向くと沙耶香さんが腕組みをして立っていた。いつの間に!
「さっ、沙耶香さん! せめて足音を立てて下さいよっ!」
「何を小難しいことを話しているかと思ったら……」
「ははは。小畑さんと話すのは、なかなか刺激的で興味深いですよ。答えに窮する質問をしてきますから」
「似たもの同士、類友ですか?
いいお友達が出来たみたいで、良かったですわね。少し妬けますわ」
沙耶香さん、言い方にトゲがある。