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ひめみこ  作者: 転々
第三章 昌として
24/202

女の子の

 告別式は通夜ほどの弔問客もなく、淡々と完了した。

 視線が少ない分、昨日ほどの圧迫感は無いが、それでもストレスはある。


『故人』の意志で亡骸は献体された事になっているため、『荼毘(だび)に付す』以後の項目が省略されたのがせめてもだ。

 当事者から見れば一種の茶番でしかない。そう思ってしまうのは、昨日のトイレでの一件も原因だろうか。


 式が終わると、親戚もみな帰宅の途についた。私たちも帰宅する。これで一段落。ようやく日常に戻れそうだ。と言っても、私はいろんな意味でのリハビリをするため、向こう半年近くの間は家族公認のニート暮らしだ。




「突然だけど、明日は検診に行くわよ。検査スケジュールが空いたらしいの」


 どうやらさっきの電話は病院からだったらしい。

 今後のスケジュールについても、検診結果を待って決めるそうだ。


「検診って、何をするんですか?」


「体がきちんと機能しているかどうかを、いろいろ調べるのよ。場合によっては泊まりになるから、一応、その準備もしておいて下さいね」


 なんだか不安を煽るようなことを聞かされ、お腹の痛みがぶり返してくる。極力別のことを考えよう。


 せっかくのニートだ。たまったビデオを見たり、読んでない本を読んだり、買っただけで封を切ってないゲームをしたり……、あ、プラモデルも作らなきゃ。うん。だんだん楽しくなってきたぞ。

 でも、その前に昼寝だな。昨日も遅かったし。睡眠不足なせいか、頭痛もする。


「沙耶香さん。ちょっと疲れたので、横になってきます」


 シャワーを浴びようか迷ったが、どうせ夕方には子ども達を風呂に入れるので見送った。




 とりあえず昼寝の前にトイレ、と、下着を下ろしたところで、


「あ……」


 このところの腹痛は、心因性のものでは無かったようです。


 それそのものより、それに直面した自分が、なぜか随分冷静なことの方に驚いた。


 とりあえずティッシュで応急処置をしてトイレを出る。どうしよう……。誰に相談しよう……。


 廊下に出たところで沙耶香さんに出くわした。沙耶香さんに相談しようか? でも普通こういう事は母親だろう。でも母親ってどっちだ? 母さんか? 渚か?


 私が思考を巡らしていると、沙耶香さんが耳元で囁いた。


「アレが来たのですか?」


 背筋が反り返るぐらい驚いた。

 なんで分かったんだろう? 私の反応を見て、沙耶香さんはバッグから小袋を取り出した。


「使い方、分かりますか?」


 私は首を細かく横に振った。沙耶えもんの準備の良さがちょっと怖い。




 私は脱衣所に連れて行かれ、いろいろとレクチャーを受けた。とりあえず清潔が重要とのことで、シャワーも浴びた。ついでに汚れた下着も軽く洗う。


 この最中はお風呂も控えた方が良かったように思っていたが、 私の知識は古かったらしい。でも、自分が当事者になる予定は無かったから、知らないのは仕方無いと思う。

 脱衣所での沙耶香さんは、今までになく紳士的だった。女性に対して紳士的というのも変だけど、他に良い表現が思いつかない。


「沙耶香さん、どうして一発でコレだと判ったんですか?」


 小声で訊いた。


「貴女の表情が、今まででも一、二を争う『女の子』だったから、もしかしたら『女の子の日』かな? と思って。別に確信があったワケじゃ無いのよ」


 この人、勘が良すぎる。


 一応渚には報告し、体調が優れないということで、子ども達の入浴を両親に任せた。その日の渚は妙に優しかった。




 夕食の支度を待っていると、ダイニングの戸を叩く音がする。行ってみると母さんだ。ニコニコ笑いながら差し出されたものは、紙のお重に入った赤飯だった。買ってきたらしい。

 数瞬後、私の顔はぶわっと熱くなる。


「やっぱり!」


 それを見た母は満面の笑みを浮かべる。


「まさか、言ったの?」


 私は渚を見た。


「いいえ」


「私も言わないわよ」


 沙耶香さんも応える。


 何でバレたんだろう。気付かれるような素振りがあったのか?

 自分の行動を思い起こしてみる。詳細には思い出せないが、露見する要素は無かったと思う。これが女の勘ってやつだろうか?


 ところで、沙耶香さん、当然の顔で一緒に夕食ってのはどういうことですか?




 明けて翌日、私は沙耶香さんの運転で病院へ向かっていた。


「最中ですけど、この状態でも検診を受けるのですか?」


「機能していることが確かめられますから、あるいは好都合かもしれませんよ」


「見せるんですか? コレ」


「診ていただくことになるかも知れません」


 お腹の痛みが増した気がする。今度は心因性のが上乗せされたに違いない。




 一時間ちょっとで病院に着いた。予約を確認するために二人で総合受付に行くのだが、待合室の視線が私に集中する。

 通夜の日のことを思い出させられて、気分が悪くなってくる。羞恥とは違う感じで、首筋から頬に向かって血が上ってくるのが判る。耳の裏まで熱い。


 私はため息をつくように肩で深呼吸した。この体になってからというもの、簡単に顔に血が昇る。私がたまたまそうなのか、十代の少女がこんなものなのだろうか。


 受付を終え、沙耶香さんと廊下を進む。予約されていたから待合室にいる必要がなかったのが幸いだ。これで待たなくてはならなかったら、別の理由で体調が悪くなりそうだ。


 検査棟への廊下を進むにつれ視線が減り、気分も楽になってきた。


「大丈夫ですか?」


「ちょっとマシになりました。待合室みたいに視線が多いところでは、通夜のときを思い出して、……辛くなります」


「心療内科にも行っておきますか?」


「多分、通夜のアレに加えて、急激な変化に心が付いていけないストレスが重なっているからだと思います。

 きちんと診療を受けようと思ったら、私の素性を話さざるを得ませんし、話したところで似た例がありませんから、精神安定剤的なものを処方されるだけでしょう。

 高瀬先生にだけ相談して、その上で判断すれば良いと思います」


「そうかもしれませんね。

 それにしても貴女、歳の割に落ち着いて……、と思ったけど、知識や経験は成人でしたね。忘れるところでした」


「それは、私がこの身体に馴染んで来たということでしょうか?」


「私の訓練の成果ね」


 沙耶香さんは微笑を浮かべた。

 あえて、肯定も否定もしないあたりが沙耶香さんだ。


 私は検査着に替えて、診察室に入った。

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