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ひめみこ  作者: 転々
第三章 昌として
21/202

親戚デビュー

 翌朝は例によって子ども達に起こされた。日曜日にも関わらず、子どもの朝は早い。


 久しぶりに朝食の準備。米食党の私としてはご飯が良いのだが、子ども達の休日――保育所に弁当を持って行かなくても良い日――は、パンになる。


 牛乳をたっぷり入れたとろふわのプレーンオムレツを作り、サラダとスープに合わせる。この絶妙な焼き加減は渚もなかなか真似できない。特にガスからIHに変えたばかりの頃は、フライパンを傾けられないことに難儀したんだよね。


 いつものように子ども達の皿に盛りつけ、円に食べさせる。一口食べるや、オムレツを指さし「もっと、もっと」のアピール。

 周も口の周囲(まわ)りをケチャップで汚して黙々と食べる。


「おいしーぃ! お姉ちゃん、お父さんみたい!」


 全部食べきってからようやく感想を言う。


 私もにっこり微笑み返した。いや、中身はお父さんなんだけどね。渚もニコニコしながら、「じゃぁ、オムレツはお姉ちゃんに作ってもらおうね」と言う。


「私は目玉焼きね」


「ベーコン、要る?」


「無しで」


 改めて目玉焼きを作る。小鉢に受けてカラザを取り除き、そろりとフライパンに落とす。目玉焼きは、黄身にできるだけ衝撃を与えないようにするのもコツだ。

 水を少し差して蒸し焼きにする。半熟にするには火加減とタイミングが重要。と言っても、IHなので火力四で一分間タイマだ。


「卵料理だけは、本っ当にプロ級ね」


「えっへん!」


 私は胸を張って盛りつけた皿を置いた。


「でも、卵料理だけってことは無いでしょ? 和食系も自信あるんだけどな」


「確かに上手だけど、原価がね……。ウデで美味しくしてるのは卵料理かな」


 原価を言われると弱い。


 気を取り直して、今度は自分用にベーコン入り!

 軽く焼いたハーフベーコンを正三角形に並べ、中心に卵を落とす。あとは普通通り蒸し焼きにし、皿に盛りつける。テーブルに皿を置いてカウンターに戻り、インスタントのカップスープに熱湯を注ぐ。


 そのときダイニングの戸が開いた。


「おはようさん」


「あら、篤志(あつし)さん。お早うございます」


「お、旨そうだな」


 と、カウンターの内側にいた私と目があった。


「あ、篤志……」


「兄貴……、なのか?」




 何秒、止まっていただろうか。再起動は篤志の方が早かった。


「ずいぶん小さくなったな」


 おい、挨拶がそれかよ。


「まぁいいや。これ、食って良いか?」


 疑問文の形を採りながら、目玉焼きにソースをかけた。こら、目玉焼きには醤油だろ! じゃなくて、返事を待てよ!




 普通、三人の兄弟姉妹と言えば、長子が苦労人、真ん中がちゃっかりで、末っ子が甘えんぼう、というのが相場だが、うちは姉さんが甘えん坊で篤志がちゃっかりだ。

 いつの間にか私のパンも確保している。だから末っ子のくせに、ムダにでかいんだよ。その身長は私より十センチ程高く百八十五を優に超える。あ、今は三十センチ以上か……。


 私は今一度、自分の分の卵を焼き始めた。取られたパンの代わりを冷凍庫から出してオーブンに入れる。


「いつ来たんだ? かみさんはどうした?」


「昨日の晩。兄貴はもう寝てたけどな。

 嫁と娘は今日の昼過ぎだ。事情は話してない。あんまり話すわけにもいかんだろうし、事前に口裏合わせとこうと思ってな。

 兄貴の事情は俺のところで止めてるから安心してくれ」


「口裏って人聞きが悪い。せめて打合せとか共通認識とか、言葉を選べよ。

 あと、一応、私は篤志の姪ってことになるから、呼び方は気をつけてくれ。こっちも篤志のことは『叔父さん』って呼ぶし」


「おう、分かったぞ。

 でもその姿でその言葉遣い、具合悪くないか? 『へねしー飲ムカ』とか『シャッチョサン、嘘つきネ』みたいだぞ」


 どういう喩えだよ。


「篤志叔父様、昌は姪なので『昌ちゃん』って、呼んで下さいね」


「兄貴」


「ん?」


「自分で言ってて気持ち悪くないか?」


「ちょっと。

 なるべく不自然でないしゃべりを心がけ……、あ!」


「ん?」


「卵、焼き過ぎた」


 半熟がダメになったので、パンに乗せて食べることにした。なんてこった。半熟の黄身をソースに、白身やベーコン、パンを食べるのが美味しいのに……。




 朝食後、ホテルから戻った沙耶香さんも交え、葬儀に向けた最後の打ち合わせとなった。

 ここで一つ問題が出た。私が本来の姿――白髪に群青の瞳――で出るというものだ。瞳の色はともかく、白髪は幾らでも隠せるのだが。


「変に目立ちませんか?」


「どうやったって、あなたは目立ちます。だったら、それを有効に使った方が良いでしょう」


 沙耶香さんが言うには、情報を小出しにするよりも、一度に公開してしまった方が良いらしい。むしろ、銀髪の美少女という外見の印象が強いため、他の設定に関する印象を薄める効果を期待できるとのこと。


 相乗効果が発生しないかという心配もあるが、黒髪でデビューするのはデメリットが大きい。問題の先送りにしかならない上、耳目を何度も集め直すことに繋がる。


「目立たないよう努めたところでムダです。

 今まで存在を知らなかった子、しかも『故人』の面影を強く残した子が親族席にいれば、絶対ワケありだと思われます。

 結婚のタイミングと貴女の外見じゃ、どうやったって計算が合いませんから」




 結局、沙耶香さんの言を承けることとし、私は礼服を合わせることとなった。ボタンが左右逆なのが地味にめんどくさい。

 皆が誉めてくれる中、篤志だけは「馬子にも衣装」とか「コスプレ」とか言いやがる。学校に通っていれば、制服で済んだのに……。いや、制服でも「コスプレ」って言いかねないか。




 平服に替えたところで篤志の嫁や親戚連中が来た。やはり好奇の視線が集中する。


 会う人会う人、皆口をそろえて「お父さんにそっくり」と言うのにはうんざりしてきた。

 本人なんだから同じ顔は当たり前だよ。


 沙耶香さんが私の設定を説明し、自身も医療チームの一人と自己紹介した。病み上がりで式に出た際、疲労や緊張感で体調を崩しかねないという『主治医の判断』ということで皆を納得させる。




 それ以上の準備は、セレモニー会館主導で「あれよあれよ」と言う間に進む。明日は『私』の通夜。私のデビューだ。

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