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ひめみこ  作者: 転々
番外編
200/202

周 機械式時計

 毎年恒例、お盆の帰省だ。

 去年までと違って、姉ちゃんからもらったワゴンだから、三人分の荷物を載せて楽々だ。

 奏を自宅まで送って実家に帰ると、車庫前には姉ちゃんの車もある。早速呑んでるに違いない。




「ただいま」

「ただいま」

「お帰り」


 リビングに行くと、姉ちゃんと姪二人もいる。実家なのだが、母さん以外とは京都でも度々顔を合わせるので、あまり新鮮味は無い。


 少々暑いが、夕食前に墓参りを済ませ、呑み始め……もとい、食べ始める。姪二人はジュースだったが。

 子どもの手前だからか、珍しく姉ちゃんのペースが遅い。




 その夜のことだった。母さんに呼ばれてダイニングに行くと、姉ちゃんと円もいた。


 そこで、母さんが再婚することを聞かされた。


 父さんは、俺が小学校に上がる前に亡くなっている。

 母さんは、女手一つで俺たちを大学まで通わせてくれている。

 姉ちゃんも家事全般をしてくれてたが、それも結婚するまでだ。その頃、円はまだ小学生にもなってない。

 もちろん、その後も姉ちゃんの助けがあったけど、父さんの遺産があったとは言え、母さんの苦労は並大抵じゃなかったはずだ。


 その姉ちゃんと母さんには直接の血縁は無いはずだが、今では親子というより、対等な友人関係に見える。

 実際、俺からも見て姉ちゃんは、時々来るもう一人の母親って感じだ。いや、母親とは言えないな。中学のときにもボコボコにされたし。




 再婚したからって、親子の縁が切れるわけじゃない。俺に俺の人生があるように、母さんには母さんの人生がある。俺も円も母さんの決心を後押しした。




 報告と今後のことを聞いたあとは、姉ちゃんと二人で呑んでいる。


「姉ちゃん、再婚のこと、いつから知ってたんだ?」


「ちょうど、二年前ぐらいかな。

 再婚は別にして、さっさと付き合っちゃえ、って言ったけど、円が大学行くまでは親として、大人として『けじめ』だってさ。

 男にとっては、そっちも重要なのに」


 姉ちゃんらしい言い方だ。外見はこんななのに、どうして下半身の話に行くのか。それでいて、ダンナにべったりだし。

 しかし、自分の母親が……ってのはちょっと想像しにくい。でも、母さんにそういう視線を向ける男性が居るということだ。


 だったら、母さんは、母さんの生き方で、幸せになれればいい。




 そのあとも、少し下世話な話を交えつつ、二人で呑み続ける。

 俺がもう一本取りに立ったところで、姉ちゃんが声をかけてきた。


「周、改めて立つとでけぇな。

 背、何センチ?」


「一七八センチ」


「お父さんより、大きくなったな」


「高二のときからこの身長だよ」


「そうか。急にでかく見えたのは、男の風格ってやつか。

 再婚話聞いても、お母さん行っちゃやだー! って、駄々こねたりしなかったもんな」


「俺、とっくに成人してるんだけど

 姉ちゃんだけは、時間が止まってるみたいだけどな」


「ま、私は永遠の十七歳だし」


「言ってろ」


 俺は、もう一杯をグラスに注いだ。姉ちゃんのグラスにも注ぐ。見た目は未成年の飲酒だ。知らなければ、姉ちゃんが末っ子に見えるだろう。




「あ、そうだ。周、ちょっと待ってな」


 思い出したように言うと、冷酒を一口含んで立ち上がり、二階へ何かを取りに行った。


「周、今日からこれ、周のな」


 渡されたのは、ピカピカの腕時計だ。


「母さんから。父さんの形見だ」




 高級腕時計らしい。文字盤には針がいくつもあり、その大きさの割にずっしりと重い。


「大事にしろ。ブランド品だぞ」


「いつもと言うことが違わね?」


 姉さんは、ブランド品を好まない。と言うより、ブランドの服とかバッグとかを、半ばバカにしているように見える。


「これは『本物』だからね」


「なんだよ、『本物』って」


「んー。上手く言えないけどさ、高級ブランドって、その品物にまつわる技術とか知恵とか歴史とか、そういう『物語』に金払うみたいなとこあるよね」


「まぁ、そういうところもあるな」


「パチもんのバッグとかって、機能はもちろん、見た目も材料も使われている技術も、ほとんど同じだよね」


「多分な」


「だったら、なんであんなに値段が違うんだろう?」


「そりゃ、ブランド料だろ」


「パチもんが圧倒的に安いのは、本物はその値段がニセモノなんだよ。って言うと、言い過ぎだけど、ボりすぎなんだよ」


 ものの値段は、製造原価だけじゃないぞ。意匠とかデザインとか、研究開発とか……。


「まぁ、それは置いとくとして、この時計はパチもんを簡単に作れない。作れないって言うか、作ると本物並みに高くつく。

 だから、この値段は『本物』なワケ」


「いや、そもそも、この時計いくらだ?」


「今は新品で買えない。

 中古は程度にも依るけど、五十万じゃ買えないよ」


「マジか?」


「マジだよ。これは新品同様だから、相当な値がつくはず。

 でも、売るなよ」


 売らねーよ。信用ねぇな。


「話、戻すけど、この時計と同等の機能は再現できる。

 セイコーとかなら、クォーツでもっと正確なのを作れるし、デジタルでよければ子どもの小遣いでも買える。

 けどね、機械式の自動巻きでこれを再現しようと思ったら、同じぐらいの値段になる。

 ブランド料って『物語』に払う料金でもあるけど、パチもんを簡単に造れないのは、その『物語』が現在進行形だからだよ。それがこの時計の価値。

 減価償却が終わった過去の『物語』の値段は、それこそ価値観の問題だけどさ」


 やっぱ、姉ちゃん、モノを原価でしか見てない。それを言うなら、『物語』自体の価値を認めるかどうかこそ、その人の価値観だろ。


「だから周、簡単に真似されるような人間じゃなくて、それと知ってても簡単には真似出来ない人間になれ。

 それが『本物』だ」


 姉ちゃんは「ふんすっ」という鼻息と伴にドヤ顔で言う。


「時計にかこつけて、いいこと言ったと思ってるだろ」


「ま、少しね。

 実際のところ、真似されるっていうか、真似したいって思われるだけでも、立派なもんだけどさ」




 その後は、時計についてのウンチクを聞かされた。ベゼルが計算尺になってるとか、日付の針の三日月がチャームポイントだとか。

 とりあえず、衝撃に弱いこと、時刻合わせは昼頃にすること、針を逆回ししないことだけは厳命された。そして、来年以後は実家の手入れと掃除に、月イチぐらい帰ってこいと。


 でも、値段聞いたらこれ、普段使い出来ねえよ。

 上手いこと、買収された気分だ。

こういう話はサラッと書けてしまう不思議。

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