周 機械式時計
毎年恒例、お盆の帰省だ。
去年までと違って、姉ちゃんからもらったワゴンだから、三人分の荷物を載せて楽々だ。
奏を自宅まで送って実家に帰ると、車庫前には姉ちゃんの車もある。早速呑んでるに違いない。
「ただいま」
「ただいま」
「お帰り」
リビングに行くと、姉ちゃんと姪二人もいる。実家なのだが、母さん以外とは京都でも度々顔を合わせるので、あまり新鮮味は無い。
少々暑いが、夕食前に墓参りを済ませ、呑み始め……もとい、食べ始める。姪二人はジュースだったが。
子どもの手前だからか、珍しく姉ちゃんのペースが遅い。
その夜のことだった。母さんに呼ばれてダイニングに行くと、姉ちゃんと円もいた。
そこで、母さんが再婚することを聞かされた。
父さんは、俺が小学校に上がる前に亡くなっている。
母さんは、女手一つで俺たちを大学まで通わせてくれている。
姉ちゃんも家事全般をしてくれてたが、それも結婚するまでだ。その頃、円はまだ小学生にもなってない。
もちろん、その後も姉ちゃんの助けがあったけど、父さんの遺産があったとは言え、母さんの苦労は並大抵じゃなかったはずだ。
その姉ちゃんと母さんには直接の血縁は無いはずだが、今では親子というより、対等な友人関係に見える。
実際、俺からも見て姉ちゃんは、時々来るもう一人の母親って感じだ。いや、母親とは言えないな。中学のときにもボコボコにされたし。
再婚したからって、親子の縁が切れるわけじゃない。俺に俺の人生があるように、母さんには母さんの人生がある。俺も円も母さんの決心を後押しした。
報告と今後のことを聞いたあとは、姉ちゃんと二人で呑んでいる。
「姉ちゃん、再婚のこと、いつから知ってたんだ?」
「ちょうど、二年前ぐらいかな。
再婚は別にして、さっさと付き合っちゃえ、って言ったけど、円が大学行くまでは親として、大人として『けじめ』だってさ。
男にとっては、そっちも重要なのに」
姉ちゃんらしい言い方だ。外見はこんななのに、どうして下半身の話に行くのか。それでいて、ダンナにべったりだし。
しかし、自分の母親が……ってのはちょっと想像しにくい。でも、母さんにそういう視線を向ける男性が居るということだ。
だったら、母さんは、母さんの生き方で、幸せになれればいい。
そのあとも、少し下世話な話を交えつつ、二人で呑み続ける。
俺がもう一本取りに立ったところで、姉ちゃんが声をかけてきた。
「周、改めて立つとでけぇな。
背、何センチ?」
「一七八センチ」
「お父さんより、大きくなったな」
「高二のときからこの身長だよ」
「そうか。急にでかく見えたのは、男の風格ってやつか。
再婚話聞いても、お母さん行っちゃやだー! って、駄々こねたりしなかったもんな」
「俺、とっくに成人してるんだけど
姉ちゃんだけは、時間が止まってるみたいだけどな」
「ま、私は永遠の十七歳だし」
「言ってろ」
俺は、もう一杯をグラスに注いだ。姉ちゃんのグラスにも注ぐ。見た目は未成年の飲酒だ。知らなければ、姉ちゃんが末っ子に見えるだろう。
「あ、そうだ。周、ちょっと待ってな」
思い出したように言うと、冷酒を一口含んで立ち上がり、二階へ何かを取りに行った。
「周、今日からこれ、周のな」
渡されたのは、ピカピカの腕時計だ。
「母さんから。父さんの形見だ」
高級腕時計らしい。文字盤には針がいくつもあり、その大きさの割にずっしりと重い。
「大事にしろ。ブランド品だぞ」
「いつもと言うことが違わね?」
姉さんは、ブランド品を好まない。と言うより、ブランドの服とかバッグとかを、半ばバカにしているように見える。
「これは『本物』だからね」
「なんだよ、『本物』って」
「んー。上手く言えないけどさ、高級ブランドって、その品物にまつわる技術とか知恵とか歴史とか、そういう『物語』に金払うみたいなとこあるよね」
「まぁ、そういうところもあるな」
「パチもんのバッグとかって、機能はもちろん、見た目も材料も使われている技術も、ほとんど同じだよね」
「多分な」
「だったら、なんであんなに値段が違うんだろう?」
「そりゃ、ブランド料だろ」
「パチもんが圧倒的に安いのは、本物はその値段がニセモノなんだよ。って言うと、言い過ぎだけど、ボりすぎなんだよ」
ものの値段は、製造原価だけじゃないぞ。意匠とかデザインとか、研究開発とか……。
「まぁ、それは置いとくとして、この時計はパチもんを簡単に作れない。作れないって言うか、作ると本物並みに高くつく。
だから、この値段は『本物』なワケ」
「いや、そもそも、この時計いくらだ?」
「今は新品で買えない。
中古は程度にも依るけど、五十万じゃ買えないよ」
「マジか?」
「マジだよ。これは新品同様だから、相当な値がつくはず。
でも、売るなよ」
売らねーよ。信用ねぇな。
「話、戻すけど、この時計と同等の機能は再現できる。
セイコーとかなら、クォーツでもっと正確なのを作れるし、デジタルでよければ子どもの小遣いでも買える。
けどね、機械式の自動巻きでこれを再現しようと思ったら、同じぐらいの値段になる。
ブランド料って『物語』に払う料金でもあるけど、パチもんを簡単に造れないのは、その『物語』が現在進行形だからだよ。それがこの時計の価値。
減価償却が終わった過去の『物語』の値段は、それこそ価値観の問題だけどさ」
やっぱ、姉ちゃん、モノを原価でしか見てない。それを言うなら、『物語』自体の価値を認めるかどうかこそ、その人の価値観だろ。
「だから周、簡単に真似されるような人間じゃなくて、それと知ってても簡単には真似出来ない人間になれ。
それが『本物』だ」
姉ちゃんは「ふんすっ」という鼻息と伴にドヤ顔で言う。
「時計にかこつけて、いいこと言ったと思ってるだろ」
「ま、少しね。
実際のところ、真似されるっていうか、真似したいって思われるだけでも、立派なもんだけどさ」
その後は、時計についてのウンチクを聞かされた。ベゼルが計算尺になってるとか、日付の針の三日月がチャームポイントだとか。
とりあえず、衝撃に弱いこと、時刻合わせは昼頃にすること、針を逆回ししないことだけは厳命された。そして、来年以後は実家の手入れと掃除に、月イチぐらい帰ってこいと。
でも、値段聞いたらこれ、普段使い出来ねえよ。
上手いこと、買収された気分だ。
こういう話はサラッと書けてしまう不思議。




