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ひめみこ  作者: 転々
番外編
198/202

『因子』

 本当はもう少し濃い話だったのですが、上手くまとめきれずこの形に。昌がふとしたときに感じる不安や寂しさです。

 柔術の練習を終えた私は、沙耶香(さやか)さん、優乃(ゆの)と別れ、大学へ向かう。夏休み中だけど、大学図書館に用があるのだ。


「お姉さん、こんにちは」


「おー、(かなで)ちゃん、こんちは。

 一人? 珍しいね」


「別にいつも一緒ってワケでもないですよ」


 私たちは、世間話をしつつ大学へ向かう。




「ところでお姉さん、竹内さんってどんな関係でしょうか?」


「柔術サークルで、私の師匠。未だに勝てないよ」


「そういうことではなくて、竹内さんだけじゃなく、光紀(みつき)さん、大隈さんでしたっけ? あと、森さん……」


「みんな柔術仲間だよ。美人揃いでしょ」


「そうですね、美人過ぎるっていうか、皆さん三十過ぎには見えないです」


「美魔女?」


「その言葉では片付かないって言うか……、不自然に若いんです」


「柔術には美容効果があるのかもね。身も心も若さを保つのが、健康の秘訣だよ」




「匂いが違うんです」


 奏ちゃんが眉根を寄せてポツリと言う。


「?」


「汗とか皮脂とかの……。それが十代なんです。お姉さんも、他の人も。異常に老化が遅い人が集まっている」


「あのボディソープのせいかな? 匂いが少女になる、ラクトナントカが入ってるやつ。

 何年か前にネットで紹介されてたよ。おっさんがこれを使って布団に入ったら、背徳的な気持ちになるって」


「全員が、ですか?」


 あー、奏ちゃん、明らかに疑わしい目をしてる。




「細胞サンプルを、いただけないでしょうか? 出来ればお姉さんだけじゃなくて」


 う。単刀直入にドストレートな要求。


「DNAは個人情報だよ」


「情報ソースは秘匿します」


「秘匿しきれないよ」


「つまり、私以外も興味を持つレベルの情報ということですか。

 以前、冗談でエルフかもって話を(あまね)さんとしましたけど、冗談では済まない話でしょうか?」


 どうする? 口先でごまかせる雰囲気じゃない。かといって、もしかしたら親戚になるかも知れない相手だ。




 私は、ため息を一つ。


「細胞サンプルの提供は出来ません。これ以上の話は第三者が居ないところでさせてもらえますか?」


「分かりました」


 口調を変え、更に『格』を乗せて応えたにも関わらず、奏ちゃんは怯まない。

 図書館は今度だ。私は奏ちゃんとマンションに向かうことにした。




 家に帰ると、既に優乃は帰ってきている。幸い、他には誰も居ない。まぁ、家族は比売神子の事情を知っているから、話を聞かれても平気だけど。


「結論から言うと、私も含め、さっき奏ちゃんが挙げたメンバーは、ある『因子』を持っています」


「因子?」


「これが現れると、老化が遅くなって、身体能力も高くなる」


「どういうことですか?」


 私は表面的な部分を――比売神子や血の発現による変容の項目を除いて――話した。


 実際のところ、まだ詳しいメカニズムは解ってないこと。

 現在『因子』が現れたことが確認されているのは、全て女性であること。

 因子が現れると、知性・身体能力ともに優れた、美貌の女性となること。

 奏ちゃんが挙げたメンバーは、既に細胞を提供していること。

 私と沙耶香さんは、今でも定期的に検査を受け、都度、細胞も提供していること。――本当は優乃もだが、それは伏せる。

 国が把握している範囲で『因子』が現れた女性は、職業の選択などの私権に制限があること。

 特に『因子』が強く現れている私を含めた幾人かは、現在も研究対象として国に養われる身であること。


 奏ちゃんは何処で研究しているか訊くが、それは明かせないことも合わせて言う




「そういうことは、もっと広い範囲で共有して、研究を進めた方が良いんじゃないでしょうか」


「そして、私たちの容姿や能力が露出され、興味本位の視線に晒される。ある意味、芸能人以上にね。

 私たちの『因子』が授かりものでしかない以上、良くて妬み、そして多分、差別の対象となる」


 ほんの数年前の経験を思い出した。

 優乃の小学校入学と同時に入らされた婦人会、引き受け手がおらず、あてられてしまったPTA役員……。

 専業主婦でもあるし、夫の立場上、そういった役を引き受けないわけにも行かず、請けることになったけど……。ロクでもないことも多かった。


 男性が混ざるような場ならともかく、女性だけの場では、ちょっとしたことが、衝突の原因だった。

 上手くやればやったで、これまでのやり方を変えれば変えたで、特に年長の女性からの風当たりが強かった。

 私に言わせれば「文句があるなら自分がやれば」と返したいところだったけど。


 その理由は、私の能力よりも、容姿や立場に対する妬みだろう。

 事情を知らなくてコレだ。知られでもしたら……。


「そんなこと……」


「世の中は、奏ちゃんみたいな人ばかりじゃないんだよね。

 と言うより、奏ちゃんみたいな人は少数派で、ほとんどの人は妬み深いし、醜聞が好きだし、転落する人を見るのも好きなんだよ」




 私自身は『前世』の記憶や経験を使える分、そういったことを客観的に見ることも出来た。個人レベルならはね返せる力もある。

 でも、全ての神子がそういった強さを持てるわけでもない。それに、家族に累が及ぶことだってあるかも知れない。


 かつての自分が指導した神子の顔を思い出した。ほとんどが、目立たないよう、集団に埋没する生き方を選んでいる。


「奏ちゃんだって、中学校や高校じゃ、羨ましがられたり妬まれたりする立場だったんじゃない?

 奏ちゃんの場合は、素質とそれを活かすための努力をした結果だけど、私の場合は『ズル』してるのと同じだから」


 奏ちゃんは考え込んだ。多分、自身が努力できただけに、人も努力してきたと思うのだろう。




「お姉さん、このことって……」


「周にも言ってない。

 だから奏ちゃんも、今の話は絶対に口外しないで。


 夫には、慶一さんにだけは、結婚を申し込まれたとき、少し話したけど……。同じように齢を重ねられないこと、同じ時間を生きられないこととか。

 慶一さんはそれを承知した上で、私と在ることを選んでくれた」


「でも、残されるお姉さんの方が、辛いんじゃない?」


「仕方ないよ。

 でも、中枢神経や心筋細胞の耐用年数以上は生きられないから、子どもたちを見送ることは無さそうなのが救いかな。

 願わくば、認知症になる前に、ポックリ逝きたいところ」


 そう言って笑顔を向けると、奏ちゃんも少し困ったような笑顔を私に向けた。




 うん。理より情に訴えた方が、上手く落としどころに行くね。

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