『因子』
本当はもう少し濃い話だったのですが、上手くまとめきれずこの形に。昌がふとしたときに感じる不安や寂しさです。
柔術の練習を終えた私は、沙耶香さん、優乃と別れ、大学へ向かう。夏休み中だけど、大学図書館に用があるのだ。
「お姉さん、こんにちは」
「おー、奏ちゃん、こんちは。
一人? 珍しいね」
「別にいつも一緒ってワケでもないですよ」
私たちは、世間話をしつつ大学へ向かう。
「ところでお姉さん、竹内さんってどんな関係でしょうか?」
「柔術サークルで、私の師匠。未だに勝てないよ」
「そういうことではなくて、竹内さんだけじゃなく、光紀さん、大隈さんでしたっけ? あと、森さん……」
「みんな柔術仲間だよ。美人揃いでしょ」
「そうですね、美人過ぎるっていうか、皆さん三十過ぎには見えないです」
「美魔女?」
「その言葉では片付かないって言うか……、不自然に若いんです」
「柔術には美容効果があるのかもね。身も心も若さを保つのが、健康の秘訣だよ」
「匂いが違うんです」
奏ちゃんが眉根を寄せてポツリと言う。
「?」
「汗とか皮脂とかの……。それが十代なんです。お姉さんも、他の人も。異常に老化が遅い人が集まっている」
「あのボディソープのせいかな? 匂いが少女になる、ラクトナントカが入ってるやつ。
何年か前にネットで紹介されてたよ。おっさんがこれを使って布団に入ったら、背徳的な気持ちになるって」
「全員が、ですか?」
あー、奏ちゃん、明らかに疑わしい目をしてる。
「細胞サンプルを、いただけないでしょうか? 出来ればお姉さんだけじゃなくて」
う。単刀直入にドストレートな要求。
「DNAは個人情報だよ」
「情報ソースは秘匿します」
「秘匿しきれないよ」
「つまり、私以外も興味を持つレベルの情報ということですか。
以前、冗談でエルフかもって話を周さんとしましたけど、冗談では済まない話でしょうか?」
どうする? 口先でごまかせる雰囲気じゃない。かといって、もしかしたら親戚になるかも知れない相手だ。
私は、ため息を一つ。
「細胞サンプルの提供は出来ません。これ以上の話は第三者が居ないところでさせてもらえますか?」
「分かりました」
口調を変え、更に『格』を乗せて応えたにも関わらず、奏ちゃんは怯まない。
図書館は今度だ。私は奏ちゃんとマンションに向かうことにした。
家に帰ると、既に優乃は帰ってきている。幸い、他には誰も居ない。まぁ、家族は比売神子の事情を知っているから、話を聞かれても平気だけど。
「結論から言うと、私も含め、さっき奏ちゃんが挙げたメンバーは、ある『因子』を持っています」
「因子?」
「これが現れると、老化が遅くなって、身体能力も高くなる」
「どういうことですか?」
私は表面的な部分を――比売神子や血の発現による変容の項目を除いて――話した。
実際のところ、まだ詳しいメカニズムは解ってないこと。
現在『因子』が現れたことが確認されているのは、全て女性であること。
因子が現れると、知性・身体能力ともに優れた、美貌の女性となること。
奏ちゃんが挙げたメンバーは、既に細胞を提供していること。
私と沙耶香さんは、今でも定期的に検査を受け、都度、細胞も提供していること。――本当は優乃もだが、それは伏せる。
国が把握している範囲で『因子』が現れた女性は、職業の選択などの私権に制限があること。
特に『因子』が強く現れている私を含めた幾人かは、現在も研究対象として国に養われる身であること。
奏ちゃんは何処で研究しているか訊くが、それは明かせないことも合わせて言う
「そういうことは、もっと広い範囲で共有して、研究を進めた方が良いんじゃないでしょうか」
「そして、私たちの容姿や能力が露出され、興味本位の視線に晒される。ある意味、芸能人以上にね。
私たちの『因子』が授かりものでしかない以上、良くて妬み、そして多分、差別の対象となる」
ほんの数年前の経験を思い出した。
優乃の小学校入学と同時に入らされた婦人会、引き受け手がおらず、あてられてしまったPTA役員……。
専業主婦でもあるし、夫の立場上、そういった役を引き受けないわけにも行かず、請けることになったけど……。ロクでもないことも多かった。
男性が混ざるような場ならともかく、女性だけの場では、ちょっとしたことが、衝突の原因だった。
上手くやればやったで、これまでのやり方を変えれば変えたで、特に年長の女性からの風当たりが強かった。
私に言わせれば「文句があるなら自分がやれば」と返したいところだったけど。
その理由は、私の能力よりも、容姿や立場に対する妬みだろう。
事情を知らなくてコレだ。知られでもしたら……。
「そんなこと……」
「世の中は、奏ちゃんみたいな人ばかりじゃないんだよね。
と言うより、奏ちゃんみたいな人は少数派で、ほとんどの人は妬み深いし、醜聞が好きだし、転落する人を見るのも好きなんだよ」
私自身は『前世』の記憶や経験を使える分、そういったことを客観的に見ることも出来た。個人レベルならはね返せる力もある。
でも、全ての神子がそういった強さを持てるわけでもない。それに、家族に累が及ぶことだってあるかも知れない。
かつての自分が指導した神子の顔を思い出した。ほとんどが、目立たないよう、集団に埋没する生き方を選んでいる。
「奏ちゃんだって、中学校や高校じゃ、羨ましがられたり妬まれたりする立場だったんじゃない?
奏ちゃんの場合は、素質とそれを活かすための努力をした結果だけど、私の場合は『ズル』してるのと同じだから」
奏ちゃんは考え込んだ。多分、自身が努力できただけに、人も努力してきたと思うのだろう。
「お姉さん、このことって……」
「周にも言ってない。
だから奏ちゃんも、今の話は絶対に口外しないで。
夫には、慶一さんにだけは、結婚を申し込まれたとき、少し話したけど……。同じように齢を重ねられないこと、同じ時間を生きられないこととか。
慶一さんはそれを承知した上で、私と在ることを選んでくれた」
「でも、残されるお姉さんの方が、辛いんじゃない?」
「仕方ないよ。
でも、中枢神経や心筋細胞の耐用年数以上は生きられないから、子どもたちを見送ることは無さそうなのが救いかな。
願わくば、認知症になる前に、ポックリ逝きたいところ」
そう言って笑顔を向けると、奏ちゃんも少し困ったような笑顔を私に向けた。
うん。理より情に訴えた方が、上手く落としどころに行くね。




