渚の告白
早朝、お母さんと伴に二人だけで墓参りに出た。昨日は遅かったのだろう。周も円も子どもたちもまだ寝ている。
お参りを終えると、遠くからラジオ体操が聞こえる。お盆なのに、お休みじゃないのかな?
「多分、気づいてると思うけど、優乃は『血の発現』を迎えたよ。やっぱり、産まれながら神子になることが定まってたみたいだ」
「うん、判ってた。でも、優乃ちゃんは優乃ちゃんのままで暮らせるから、きっと幸せよ」
「ところで、渚も話したいことがあるんじゃない?」
渚の肩が跳ねる。
『お母さん』ではなく、十数年ぶりに『渚』と呼んだからだ。
「隠さなくてもいい。きっと、祝福できるから」
「よく……、気づいたわね」
「『昌』の洞察力だよ。『昌幸』だったら気づけない」
渚は深呼吸か、ため息だろうか、一呼吸おく。
「実は旅行先で紹介されたの。ある人が、私を後添いにと。
まだ返事はしてない。それに円も高校生だし……」
「そういう言い方をするってことは、いい人、なんだね。少なくとも君のお眼鏡にかなうぐらいの」
渚は無言だった。
「いいんじゃない? 今までもずっと、家族の幸せのために生きてたんだし、そろそろ自分の幸せを求めても。踏み切れない理由から言うってことは、そういう気持ちもあるんでしょ?
ずっと前に言ったとおり、『私』は祝福するし、きっと、周も円も理解してくれる」
「あなたって……、そんな言い方、ずるいわ」
「ずるいかな?」
「じゃぁ今度、私と一緒にその人に会ってくれる?」
「それは、ちょっと……。
第一、客観的には夫の隠し子で血のつながりも無い人間だよ。それに私を見て、その『いい人』が目移りしても困るでしょ」
「ほら。やっぱり、ずるい」
悪戯っぽく笑う。そうくるか……。
「いいよ。一度会ってみよう。ちょっと妬けるけど」
「妬けるの?」
「『ちょっと』だけね。
私にも子どもが居るんですから。
さて、そろそろ戻って朝ご飯にしようよ。子どもたちも起き出してるだろうし」
「そうね。でも、やっぱりあなたはずるい。悪女の才能ありよ」
そうなのかな?
周も円も子どもたちも、墓参りは夕方にしたようだ。
それでもこの季節、日が沈んだ後でもなかなか三十度を下らないだろう。早朝でさえ暑かったのだから。
「周、美少女を三人連れてるんだから、責任重大だよ! 何かあったら、死ぬ気で護りなさい」
「分かってるって。
一朝事あらば、一撃必殺! 全国大会よりも本気出す」
「ばーか。本気出したら、自分が怪我するよ。自分はクールに、適度に手加減しつつだよ。
あと、姉さんを舐めるんじゃない。そのセリフの元ネタ、知ってるんだから」
周は、決まり悪そうに苦笑いする。
「この辺で、俺が一緒に居て何かあったり、ましてやケンカ売ってくるヤツは居ねぇよ」
「だからだよ。それでも来る相手に対する覚悟の問題」
「難しいこというなぁ」
私たちのやり取りに、美少女三人組はうんざりした顔。
円もそこそこ出来るし、優乃も神子の身体能力だ。まず心配は無いだろうけどね。
「そこまで言うなら、お母さんもついてくれば良いのに」
「やだよ。暑いもん。それに夕食の支度もあるし」
周と円、そして子どもたちは、周の運転で墓参りに行った。
お寿司は取ることになってるけど、それ以外の料理を二人で準備する。と言っても、下ごしらえは終わっているから、温め直しと盛り付けだけだ。
「それでどうするの? 私も会おうか?」
「それは、いいわ。
それに、せめて円が高校を卒業するまでは、親として一緒に居ないと」
「別に、私たちがここで暮らしてもいいし。
慶一さん、早ければ来年にも大津か大阪に単身赴任だし」
「うぅん。貴女の家族まで私の都合に巻き込めないわ。
とりあえず回答は保留。娘が大学に行ってから、家族で相談して決める、って答えようかと」
「相談は、今でもいいんじゃない? 再婚するかどうかは、そのときになってから決めてもいいし。
とりあえず、結婚を前提としない恋人として、お付き合いから始めてもいいんじゃないかなぁ。
ところで、どんな人?」
「いろいろ訊くわね。らしくないわよ」
「女の子は、恋バナが好きなんです」
「そうだったわね」
紹介されたのは、取引先の専務さんらしい。同族会社だから、社長にはなれないけれども、二代目を一人前の社長になれるよう助けるのが、会社で最後の仕事とのこと。
八年前につれあいを亡くしたそうだ。子どもは居ないものの、大学生の姪を下宿させているとか。
小さい子どもが居て、『この子の母親になってくれ』って話だったら、どうしようかと思っていたが、そういうことも無い。
「いい人そうだね」
「あら、私の『男を見る目』も捨てたもんじゃないわよ」
「それには、どう応えたものか、ちょっと迷うとこだけど」
「そうかもね。
うん。考えもまとまったし、今度、合って話してみるわ」
「結婚を前提としないお付き合いからでも、私は応援するよ」
「昌、あなた……、うぅん、何でも無い」
「何? そういう言い方、ちょっと気になる」
「何でも無い」
私がいろいろと感じてること、判ってるんだろうな。
丁度いいタイミングでエンジン音が帰ってくる。思ったより早い。きっと、お参りはおざなりなものだったんだろう。
「周、お寿司取りに行くから、もう一回、車出して」
「えー。姉さんが行けばいいのに」
「手弱女に、重い荷物を持たせる気?」
「どの口が手弱女だよ」
「何か言った?
そういうこと言うなら、車、貸さないよ。それに二十歳になったら、あの車、上げようと思ってたのに」
「喜んで、お供させていただきます」
「よろしい。じゃ、行くよ」
お盆を終えた次の週末、私は探偵の真似事。そしてその夜、お母さんに電話をかける。
「もしもし、お母さん」
「あら昌、どうしたの?」
「今日、会ったんでしょ? どうするの?」
まぁ、知ってるんだけど。お母さんの口から聞きたいだけだ。
「円の大学進学まで、待ってくれるって」
「二人にさっさと言って、お付き合いから始めちゃえばいいのに」
「そういうわけには行かないわ。ここで暮らす以上、大人のケジメよ」
全く、お母さんは頭が硬い。そういう堅いところも望まれた理由だとも思うけど。
それにしても「家族と亡くなった夫を愛している君を、私は愛するよ」なんてセリフ、リアルで聞くとは思わなかった。
慶一さんじゃ、絶対言えないだろうな。
でも『手付け』ぐらいは、今からでもいいと思うんだけどなあ。なんだかんだ言っても、大人の恋愛では、特に男性にとっては、それも重要なんだし。