円 姉さんの里帰り 二
「ねぇねぇ、円ん。終業式の日、告白されたんでしょ?」
亜希ちゃんが変な笑顔で訊いてくる。
「まぁ、告白? だったけど……。話したことも無い人にいきなり好きっていわれてもさ」
「えーっ、断っちゃったの? 原田先輩、格好いいじゃない」
多分、そうなんだろうなぁ、とは思う。後から教えてもらったけど、バレー部のキャプテンで、トスを上げる人らしい。インハイでいいところまで行ってるから、推薦ももらえそうとかなんとか……。
「だって、本当に知らない人だし。
それに、人は見た目じゃないから」
「おーっ。さっすが。クラス一の美少女は言うことが違う」
「凛香ちゃんまで……。でも、私よりきれいな人なんていっぱいいるし、私なんか……。それに、身近な人と比べちゃうとね」
「まーたまた。でも、あのお兄ちゃんがいたら、周囲りの男なんてかすんじゃうのも仕方ないか」
「そうそう! 周先輩!
空手部主将で京都大学。工藤先輩と美男美女のカップル! 合格発表のあと、京都でラブラブだったんだって?」
うーん。亜希ちゃんも誤解してる。別に兄さんと原田先輩を比べたわけじゃないんだけどな。あ、着信。
「姉さん、もう着くって」
「早くない? まだ十分も経ってないよ」
「もしかしたら、どっか出てたのかも。
あ、そうだ。みんな、姉さん見ても、あんまり驚かないで」
「なんで?」
「初対面だと、大抵の人は見た目でびっくりするから。
べ、別に怖そうとか、変とか、そんなことはないからね。ちょっと見た目がハーフっぽいけど」
「あんな料理ができて子どもも二人ってことは、結構落ち着いてるんでしょ? まさか年甲斐もなく金髪とか?」
凛香ちゃん、なんかすごいの想像してないかな。
「うぅん、髪は染めたこと無いはず」
「じゃぁ、すっごい美人? 円んと周先輩のお姉さんだしね。
美人で二児の母。もしかして和服の似合うしっとりとした奥様? あ、ハーフっぽいなら、違うか。ボン・キュッ・ボンのお姉さんでしょ?」
「私より、ちょっと小柄だよ。でも、亜希ちゃんの言うとおり美人。姉さんと比べると、つい、劣等感を感じちゃう」
「「おぉー!」」
「おーい、円ぁ!」
校門の脇で姉さんが手を振っている。周囲りからすごく注目されてる。そんな大声で呼ばないでよ。
「姉さん。ちょっと、恥ずかしいって」
「あー、ごめんごめん。
こっちがお友達だね。円の姉の昌だよ。よろしくね」
帽子とサングラスを外して、挨拶をする。銀髪を無造作にひっつめにしているけど、この顔とスタイルだからピタリとはまっている。この髪型、顔型と年齢、選ぶはずなんだけどな。
案の定、後ろの二人は固まっている。
「まぁ、話は車に乗ってからね。エンジンかけたままだから急いで行くよっ」
「マジで、円んのお姉さん? あの銀髪、本物? 二児の母って以前に、年上に見えないんだけど」
コンビニの駐車場へ行く道すがら、ようやく凛香ちゃんが小声で訊く。
「髪はね、子どもの頃に大きな病気をして、治療の副作用で色素を作る力が弱くなったせいって聞いてる。目の色も青いけど日本人。あと、マジで血のつながった姉。私も姉さんもお父さんに似てる」
亜希ちゃんと凛香ちゃんは後部座席。私は助手席に座った。
車内はエアコンが効いている。ちょっと寒いぐらい。姉さん、私より肉づきが薄いのに、寒さが骨に滲みないのだろうか? ちらりと姉さんの横顔を見る。化粧もしてないのになめらかな肌、年齢がダブルスコアに近いとはとても思えない。
「改めて、初めまして。円の姉の昌だよ。ビデオ屋さんに来てたとこだったんだ」
足下には布袋がある。ちらっと中に挟まれたレシートを見たら、SFに深夜アニメ……、ラインナップはアラサー女子じゃない。タイトルだけで分かっちゃう私も大概なんだけどさ。これをまとめてレジに持って行く勇気、私には無い。
「へー。どんなのを観られるんですか?」
凛香ちゃん、それだけは訊かないで欲しかった。優衣ちゃんならある程度分かるだろうけど、亜希ちゃんと凛香ちゃんは絶対知らないから。
姉さんはタイトルを順に挙げる。SFは全滅。アニメも分かったのは一つだけ。分かった理由も、クラスのオタク男子に人気で、その紹介記事を見て「キモチワルッ」って言ってたからだし。
そこはウソでもメジャーなタイトルか、海外ドラマあたりを言って欲しかった。
当たり前なんだけど、そこから話は膨らまない。何かを察した亜希ちゃんが話題を変える。
「円んにお姉さんがいたって知らなかったんですけど、失礼ですがおいくつですか?」
「私の歳? 私はね、永遠の十七歳だよっ!」
それはドヤ顔で言う台詞じゃないと思う! 二人ともそれの元ネタは知らないだろうけど、その返しは無いと思う。せめて二十歳とか言って、「ウソでしょ?」「だったら、訊いちゃダメだよー」とか、そういう流れに持って行って欲しかった。
姉さんは空気が読めないっていうか、どうして初対面の人にダメなところをアピールするのか……。黙って普通にしてれば、美人なのに!
「あ、次の角左ね。ちょっと優衣ちゃんに電話するね」
私の声は、上ずっていた。
由衣ちゃんはお泊まりセットを持って出てきた。例によって姉さんを見て驚くまでの一セットをこなす。
凛香ちゃんと亜希ちゃんを各々の家に送り、由衣ちゃんと姉さんと三人で帰宅する。
「ほうじ茶、飲む?」
姉さんはマメというか、毎朝ヤカンでお茶を沸かす。今朝はほうじ茶で、香りがすごく良かった。
このお茶は北陸で総合病院に勤めているお友達に送ってもらっているらしい。一度会ったことがあるけど、とても三十代には見えない美人さんだった。そう言えば柔術の大隈先生も、大変な美人さん。姉さんの周囲りは本当に美人が多い。
瓶からグラスに注ぐ。沸かした後、氷水で一気に冷やしているからか、変な渋みが無い。
「あ、美味しい」
「でしょ? これは北陸からお取り寄せだよ」
淡い緑色のアルミパックを見せて鼻高々だ。姉さんは、服とかは質素な割に、お茶とか出汁とか、そういう何でも無い日用品ほど高級品を選ぶ。
そう言えば、何年も前にもらった新潟土産の爪切り。ものすごく良くて、でもネットで調べたらすごい値段だった。
「さーて、お友達が来るまでに、一話ぐらいは見られるかな?」
ディスクを入れ、アンプなどの電源も入れる。勝手知ったると言うわけだ。
再生が始まる。スキップできない画面が続いた後、アバンタイトルが始まる。あー、この人物と背景が微妙にズレたチープな感じは深夜アニメだ。そしていかにもな発声のセリフ。その声でCメロから入る主題歌……。
あ、優衣ちゃんまで視始めた。お願いだから、亜紀ちゃんと凛香ちゃんの前では別の番組を選んで欲しい。大昔の海外SFドラマの方がマシだよ。
一話終わって予告の最中、インターフォンが鳴った。多分、家が近い凛香ちゃんだろう。
「姉さん、そろそろアニメは……」
「分かったよぉ。買い物の準備だね」
姉さんはオーディオの電源を切ったけど、ディスクは取り出さない。あー、後で続きを視る気満々だ……。
私はディスクを取り出して、ケースにしまった。




