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ひめみこ  作者: 転々
番外編
191/202

円 姉さんの里帰り 一

「じゃぁ(つぶら)、明後日からしばらくやっかいになるね」


 姉さんが久々に実家に帰ってくる。

 上の子の合宿と下の子キャンプ、旦那さんの海外出張が重なったのだ。初めは下の子のキャンプについて行くつもりみたいだったけど、母親が一緒だと甘えが出るからと、直前にストップがかかったらしい。

 そしてお母さんは勤続二十五年のご褒美で海外旅行だ。そこで防犯も兼ねて姉さんが里帰りと相成った。


 防犯というなら兄さんが帰ってくるべきだと思うけど……。

 あれでも空手の有段者だし。兄さんに電話で言ったら「素手の格闘で姉ちゃんに勝てる人はそうそういない」らしい。

 確かに、兄さんが中二のとき、姉さんにボコボコにされたことはあったけど、さすがに今なら兄さんの方が強いと思う。そう訊いたら「今でも勝てる気がしない。あれは人間じゃなくて、妖怪とかそういうレベル」とのこと。相打ち上等で当たった者勝ちの勝負をすれば、体格差で勝ち目もあるかな、と。

 国内で最も(はや)く華麗な技で魅せる男の一人、と空手雑誌で紹介されてたはずだけど……。




 目を潤ませながら映画を見る一回り以上離れた姉を、不覚にもかわいいと思ってしまった。


 産気づいて先に船を下りた妻と、死地に向かう夫のやりとり。夫婦には、もういくらも時間が残されていない中、子どもの名前を決める。そして、閃光とともに夫が乗った船と命が消える……。

 カタルシス溢れる冒頭に涙ぐむ美少女、客観的にはそう見えるよね。手に持ってる冷酒のグラスやテーブルのサバ缶が無ければ。


 家に来た姉さんは、昼間っから冷酒を片手にSF映画を観ている。しかも二十年程前の……。どういう趣味してるんだろ? そろそろ夕食の下ごしらえを、ってときなのに。




 夏休みの初めは演習中心の補習がある。今日は最終日。二コマ目の数学でおしまいだ。本当は午後にもう一コマの予定だったけど、先生の都合で盆明けに延期。

 時刻は十二時十五分まであと七分。きっと、クラス全員が残り時間をカウントしているに違いない。


 ようやく終了のチャイムがなり、亜希(あき)ちゃんが私のノートを持って戻ってきた。


「助かったぁ。私まで回ると思わなかったもん。しかも一人休んだから一問ずれたし。ノートありがとう」


「どういたしまして」


 でも、その模範解答、姉さんに作ってもらったんだよね。姉さんは大学どころか高校も出てないはずなのに。

 いや、大学も一度は合格したらしい。けど、二人目の妊娠で休学、そのまま除籍してしまったらしい。

 それでも学力は、兄さんの受験勉強を見るレベルだ。どうやって勉強してたんだろ? ホントによく分からない人だ。




 亜希ちゃん、優衣(ゆい)ちゃん、凛香(りんか)ちゃんと、弓道場の横でお弁当タイム。今日のお弁当は姉さんと私の合作。

 卵巻きを口に含む。冷めているのにしっとりふんわり。卵をとくときに入れていたマヨネーズが効いているのかな? でも、朝のオムレツを作るときには牛乳を入れていたような。


「おー、円ん(ツブラン)のお弁当、おいしそー」


「いいよ、食べる?」


 今日のお弁当はいつもより多い。姉さんが間違えて、兄さんが小学生のときに使ってた弁当箱に詰めたのだ。

「食べ盛りでしょ?」って、もう食べ盛りは終わってます。姉さんは終わってないみたいだけど。


 あれだけ食べて、体型の違いに格差を感じる。

 昨日キッチンに並んで立ったことを思い出す。

 私の顔立ちは姉さんとよく似ている。スタイルも、日本人としては手脚が長いし、多分、この容姿で劣等感を持つこと自体、贅沢なんだろう。

 でも、隣に立った姉さんと見比べると……、膝の高さが違う。腰の高さも同じぐらい違う。顎先の高さも少し違う。

 一応、背は私の方が二センチ近く高い。私は百六十五あるけと、姉さんは無い。ココ重要。あと勝っているのは、胸ぐらいだろうか。


 前に諦めたワンピースを思い出した。

 丈は悪くなかったけど、切り替えの高さが合わなかった。私が着ると、胸がやや高い位置で持ち上げられてしまう。絞ったところが引っ張り上げられるせいで、脇の方の生地が()れるのだ。

 そうならないところまで服のサイズを上げると、今度は胸から下がストンとしてマタニティのようになってしまう。

 結局、私にワンピースは似合わないのだ。


 横目に見た姉さんの細くて長い手足、華奢な(からだ)。肩幅自体はそこそこあるのに、ほっそりとしたシルエット。特にウエストから下の細さは出産経験どころか、妊娠できたことさえ疑わしくなる。


 こういう体型なら、きっとあのカワイイ服も似合うんだろうな。うぅん、似合わない服を探す方が難しいに違いない。




「おいしーい! この肉団子、すごくおいしい!」


 凛香ちゃんの声が私を現実に引き戻した。うん。そのつみれは美味しかった。姉さん特製だもん。


「ほんとに?」


 亜希ちゃんと優衣ちゃんも覗き込む。


「よかったら二人もどう? 私にはちょっと多いし、つみれは昨日も食べたし」


 二人は遠慮したのか、一粒を半分ずつに分けて口に含んだ。


「あ、本当に美味しい。これ、店に売ってるのじゃないよね?」


 亜希ちゃんは、家が割烹やってるだけあって、舌が確かだ。


「うん。私と姉さんの合作。と言っても、ほとんど姉さんだけど」


「え? 円んって、お姉さん居たっけ?」


「あれ? 知らなかった? 私が小学校に行く前に結婚して、二児の母だよ。

 お母さんの旅行中は不用心だからって一昨日から家に来てる。食事の支度は姉さんにお任せ状態だよ」


「二児の母かぁ。料理上手なんだね」


「うん。すごく上手。お母さんより上手だよ」


「いつまで居るの?」


「今週の(すえ)までは居る予定」


「ねぇねぇ、円んのお姉さんに、料理習えないか聞いてよ。たまごもきんぴらも全部美味しいもん」


「うん。聞いてみるよ」




 姉さんにメールを送ると、すぐに電話が返ってきてOK。


「姉さん、いいって。

 むしろ今日の夕食の買い物から、お泊まりでもOKだってさ」


 結局、亜希ちゃんと優衣ちゃんはお泊まり会、凛香ちゃんも料理と食事までは確定で、お泊まりはお母さんの許可待ちだ。




「ところでさ、このつみれって……」


 亜希ちゃんが相当に気に入ったみたいだ。


「私がしたのは、炒めた鶏肉をすり鉢で潰したぐらいだよ」


「すり鉢?」


「うん。鶏肉の半量を炒めて、そぼろになったのをね」


「手間かけてるぅ。もしかして出汁も?」


「うん。

 姉さん、来た日に乾物屋に行って、いろいろ買ってた」


 つみれの煮汁は濃縮されて、煮こごりのようになっている。きっと肌にも良いに違いない。


「お姉さんって、週末までだっけ?」


「日曜の朝まで。昼には子どもを迎えに行くんだって。あれ? 電話だ」


 見ると姉さん。慌てて出た。




「お姉さん、何て?」


「今から迎えに来るって」


「「「えー」」」


 当たり前だ。みんな制服だし、泊まる用意なんてしてない。それに、優衣ちゃんは自転車だ。


「私と凛香はいいとしても、優衣っちはどうする?」


 亜希ちゃんが聞く。便乗する気満々だ……。別にいいんだけど。


「お姉さん、どれぐらいで着きそう?」


「うーん、今からだったら、車で十分か十五分ぐらいかな?」


「だったら、ギリ間に合いそうね。急いで用意してくるよ」


「慌てなくていいよ。家まで迎えに行くから」


 いくら近いといっても、自転車で往復なんてしてたら、汗だくになっちゃうからね。




 優衣ちゃんの後ろ姿を見送ると、ちょっと手持ち無沙汰だ。あと十五分ぐらいというのはどうにも中途半端だ。二人もスマホで何か連絡している。お、どうやら、凛香ちゃんはお泊まりの許可が出たみたいだ。

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