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ひめみこ  作者: 転々
番外編
189/202

周 中二

年を経て、少し逞しくなった周くんの話。

「ありがとうございましたー」


 今日の練習は終わりだ。

 もうこの道場で俺に勝てるヤツはいない。ぶっちゃけ、高校生どころか松田先生とも互角に近い組み手が出来る。


「おーい、(あまね)。ちょっと頼みがあるんだけど」


 頼まれたのは、用心棒的なこと。同じクラスの飯田が恐喝されたらしい。しかも、スマホを人質に取られてる。これを取り返しに行くときに、俺も混ざるわけだ。




 俺はケンカに空手を使ったことは一度も無い。まぁ、この俺にケンカを売ってくるヤツもいないけど。

 これは姉ちゃんにキツく言われている。空手を始めたのも祖父(じい)ちゃんが腰のヘルニアで入院したとき、家では男手は俺だけだから、みんなを守れる優しくて強い男になってと、姉ちゃんから頼まれたからだ。

 この道場も姉ちゃんに紹介された。師範代の松田先生が姉ちゃんの知り合いらしい。


 小四から初めて四年近く。全国大会は体育の授業中の捻挫で棄権したけど、少なくとも県内の中学生で、俺の敵はいない。

 背だって中二にして百七十四。親に似て手足も長く、スピードで俺に勝てる相手は、全国レベルでもそうそういないだろう。


 取り返しに行くのは来週の土曜。ヤるとなったら俺もいるということで顔を貸すだけで、実際に拳を使うことは無いだろうが、その心構えはある。




 家に帰ると、珍しく姉ちゃんがいた。料理が上手い美人だ。つーか、見た目は超絶美少女だ。知らなかったら女子高生って言っても通じる。


 俺が夜食のうどんを啜る前で、姉ちゃんはイワシの干物を頭から囓りながら冷酒を飲んでいる。せっかく可愛いのに、台無しだ。


「空手、どう?」


「捻挫で全国は棄権した。来年は優勝狙う」


「怪我しないのも実力のウチ」


「先生にも言われた」




 うどんの残りを啜る。この出汁は姉ちゃんだな。


「美味ぇなぁ」


「私を誰だと思ってる。周のお姉ちゃんだぞ。

 男子向けに甘さ控えめ塩味強めの鶏出汁入り。道場で汗を流した後だから、余計しみるでしょ?」


「うん。美味ぇ」


 姉ちゃんは微笑んで続きを飲む。

 前にあるの小洒落たつまみとカクテルとかなら似合うのに。


「周も一口行く?」


「おう」


 姉ちゃんは酒には寛容だ。中学校入学のときも、グラスに一杯だけ冷酒をくれた。あのときは飲み方を知らなくてむせたけど、今は分かる。

 青いガラスに、三角刀で切ったような模様が入ったグラスを受け取って一口。


「美味ぇな」


「お? 生意気」


「マジ、美味ぇし」


「酒の味が分かると、それだけで人生が豊かになるけど、その一杯で終わりね」


 姉ちゃんもグラスを空けた。




 ちょっと飲んで気が大きくなったのか、口を滑らせたのが失敗だった。用心棒の話に姉ちゃんはカンカンだ。俺が殴られても自業自得だけど、円にとばっちりが行ったらどうするということだ。

 俺もそこまで考えていなかった。


「自分より弱い相手を、ちょっと小突いただけで、天狗になってんじゃないよ。どのぐらいやるか、明日見てあげるから」


 姉ちゃんも酒が入っているせいか、結構強気なことを言う。

 確か、合気道かなんかをしている。それなりに自信があるのかも知れないけど、所詮は女。背も俺より十センチ近く低いし、体重だって十キロ以上差があるだろう。まず勝負にならない。




 と昨日は思っていたのに。姉ちゃんに連れられて道場だ。


「おーい、松田君、久しぶりっ。ちょっとここで組み手やらせて」


「お、小畑、さん、じゃなくて、高橋さん。急に、何事?」




 俺が道着に替える間に事情は説明したらしい。姉ちゃんが着替える間に、先生からも用心棒については止められた。そして、それについては別の方法があるとも言われる。


「周、ちゃんと手加減しろよ。

 お姉さんもそれなりにはやるんだろうけど、お前の実力は全中でも上位は堅い。

 中学生男子でも全国レベルなら、女子じゃぁまず相手にならんだろう」


「分かってます。その辺は陸上でも球技でも同じっすから」




 姉ちゃんが着替えて出てきた。長い銀髪は団子に結ってある。そういう髪型にすると、めっちゃ美少女な感じだ。あ、大学生が変な目で姉ちゃんを見てる。後でどうしてやろうか。


 一応、審判には松田先生が入る。


「始め!」


 姉ちゃんが構えた。俺もそれと鏡写しのように構えた瞬間だった。姉ちゃんからものすごい重圧を感じた。それに怯んだ一瞬に踏み込まれる。

 ギリギリ体を躱したが、脇腹を下段突きが掠める。


 躱したところにそのままショルダータックルを食らう。

 マジか? 女のパワーじゃない。


 そのまま後ろに跳んで間合いを外したところに中段蹴り。

 左腕でブロックするが、芯に来る。重い!


 俺も右の回し蹴りを放つが、姉ちゃんはそれを上に逸らしつつ軸足を払う。俺は無様に床に転がるが、そこを姉ちゃんが踏み抜く。

 ギリギリ躱した背後の風圧と、蹴られた床の振動がすごい。


「止め!」


 松田先生のストップで仕切り直し。姉ちゃんやってるのは合気道じゃなくて八極拳とかじゃないのか?




 一撃一撃が、重い。

 そして、速い。

 どうする? 距離を保って、スピード勝負か? いや、スピードでも分が悪い。


「始め」


 考えをまとめる暇も無い




「ここまでは、周でも出来るレベル。でもね、こういう技もある」


 姉ちゃんが構え、いきなり拳を、えっ? なんでこんな近くに!

 交差させた腕が間に合ったのはギリギリだった。

 届かない距離だったはず。瞬間移動でもしたのか?


 そのまま密着される。


 そこから先は攻防じゃなかった。

 一方的に動きを封じられ、姉ちゃんは軽く身体を押すだけ。

 そのどれか一つでも力が乗っていたら、俺は倒されてた。

 あちこちをいいように小突かれた挙げ句、最後に両頬をビンタされて、一方的に負けた。




「と、まぁ、こんなもんね。

 周、自分より弱いヤツとしかしたこと無いから、私程度に遊ばれるのよ」


『程度』って、こんなに一方的にやられたのは小学生以来だ。


「体格は周が上、パワーは言うまでも無いしスピードも上。技だって、そうそう差は無い。格闘ゲームで言えば、アンタは私の上位互換よ。

 にもかかわらずここまで一方的にやられるのは、アンタがヘタクソだってこと。

 その程度で天狗になってるんじゃないよ!」


 俺は何も言い返せない。




「松田君、無理言ってゴメンね。でも、周の鼻っ柱を折っとかないと、しでかすとこだったから。

 また、こんなことがあったら、今度は遠慮無くぶちのめしてやって」


「お、おぅ」


 そう言うと、姉ちゃんは着替えに行った。松田先生もタジタジだ。


「先生、姉ちゃんって、明らかに強いっすよね」


「強いな」


「先生勝てます?」


「厳しいな。

 お姉さんを怪我させることになる」


「姉ちゃんが言うには、女で姉ちゃんより強い人、少なくとも県内だけでも二人いるってさ。一人は何となく分かるけど」


「ま、世の中は広い」




 その後、ビンタで腫れた頬を先輩方に手当てしてもらった。


「小畑の姉ちゃん、強ぇな。

 組み手の前は、声かけようと思ってたんだけど、ありゃダメだ」


「先輩、断っときますけど、姉ちゃん既婚で子持ちっすよ」


「マジか?」


「娘が二人もいるのに、ベタベタのラブラブっすから」




 道場からの帰り道、姉ちゃんより強い二人について聞く。


「両方とも会ったことあるって、一人は多分、ハーフみたいな看護師の姐さんだろ。もう一人は?」


「光紀さん。こないだ結婚の挨拶に来てたじゃない」


「あー、大隈さん。旦那さんが合気道の指導をしているっていう」


「そう。光紀さんも県職員しながら指導していて、ああ見えて、旦那さんよりも強いのよ」


「マジで?」


「何でもアリならともかく、柔術じゃ未だに勝てないわね。

 あ、そうだ。円も護身術に習わせても良いかも」


「俺も空手やめて、合気道にしようかな」


「やるんだったら、空手も続けなさい。技をコレクションしたって、総合的なレベルは上がらないよ。きちんと一つのテーマに向き合って、その中で他のことを勉強するならいいけど。

 私程度に押し込まれるレベルじゃ、まだまだ」




 本当は、こういうことは父親の役目なんだろうな。


「姉ちゃん。父さんって、どんな人だった?」


「何? 急に」


「いや、何となく」


「円と私はお父さん似。これで顔は想像つくわよね。

 体つきは細マッチョ、というほど細くはないけど、ゴリマッチョまでは行かない。

 私ほど優しくないから、今日みたいなことがあったら、ほっぺた腫らすぐらいじゃ済まないわね」


 どの口が『優しい』だ。




 結局、用心棒の話はうやむやになった。

 が、飯田君のスマホは『偶然』通りかかった大学生の集団によって回収された。

 そして、大学生に拉致された飯田君も道場に通うことになった。

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― 新着の感想 ―
[一言]  話題が膨らみ、この先が楽しみです。  余裕があるとき、続けていただけると、嬉しいです。
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