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ひめみこ  作者: 転々
番外編
186/202

ある警護員の回想

 六十話 『夜の散歩』の次に入れようと思った話ですが、他者視点が続くのも……と思って、入れるタイミングを失ったまま、忘れていたエピソードです。

 私は、比売神子と呼ばれる女性たちの警護を任じられてきた。

 五年ほどの経験の後、警護対象が替わった。対象者は竹内沙耶香、せいぜいが十三、四歳だろうか、栗色の髪と青い目の美しい少女だった。


 今回の警護対象は神子と呼ばれ、いずれ比売神子となるであろうとのこと。比売神子の比売は、秘め、姫にも通じ、かつては政治、と言うより(まつりごと)にも関わりがあったそうだ。

 意外だが、それは世襲ではなく、その資質のある者から選ばれてきたという。


 私の『資質』という疑問の答は「比売神子は、見かけ通りの年齢ではない」という、にわかには信じがたいものだった。

 他言無用を念押しされが、そのようなことは誰も信じないだろう。




 それ以後も、幾人かの神子と呼ばれる少女たちを見た。

 彼女たちに共通することは、極めて高い知性と身体能力、そして一種のカリスマ性ともいえる魅力だ。無論、彼女たちの美貌もあるだろうが、それだけでは説明のつかない魅力を備えていた。


 彼女たちは十二の年齢で――その姿より年上とのことだが――、別の人間となって中学生から人生をやり直せるためか、そのほとんどが、学ぶことや学校生活を楽しむことに貪欲だった。

『戒律』のような縛りで男性との関係は御法度だが、それも含めて、周囲の少年を魅了してやまない少女たちだった。




 私は新たに神子となった少女の警護に、今度はチーフとして任じられた。今回の対象は、これまでより堅いガードが必要なのか、私以外にも二人『比売神子』について知らされたメンバーがいる。


 その少女の外見は衝撃的だった。

 いや、既に写真で外見を知ってはいたが、実際に見たときの衝撃は忘れられない。

 幼い『弟』や『妹』に向けるまなざしは慈愛にあふれ、その白い姿と相まって、なぜ背中に翼が無いのだろうという思いをいだかせる神秘的な美貌だった。

 こんなこと、人に言ったら笑われるだろうか? むしろ納得してくれる人もいるのではないだろうか?




 当初、彼女は必要最小限の外出しかしていなかった。そのときも、せっかくの美しい銀髪を隠していた。目立つこと、人の視線に晒されることに、強いストレスを憶えるらしい。


 別の警護チームからの報告によると、偶然によって半ば強制的にストレスを克服させられたらしいが、それ以後、彼女の表情が目に見えて明るくなったのはよい兆しだ。




 おもしろいことに、彼女は現在の『家族』の、自家用車のタイヤを交換した。と言うことは、実年齢は十八歳以上で、かつては運転免許を取得していたのだろう。

 しかし、交換作業はお粗末だった。道具をそろえるまではよかったが、『母親』の自動車は(ドイツ)製。タイヤを所定の位置にもっていくのに四苦八苦していた。男性でも腕力があるならいいが、あの体格の少女に少なくとも十七インチはある車輪を支えることは難しい。何度もタイヤを落とし、ジャッキで高さを調整し……、ようやく車輪を交換する。思わず手伝いたくなる姿だ。


 その後、もう一台のスポーツカーに取りかかった。こちらは国産であることと、明らかに超軽量の鍛造ホイールを使っていることから、手際よく交換していた。

 ジャッキをデフやアクスルにかけることで左右両輪同時に外すなど、少女とは思えない作業だ。


 途中で沙耶香嬢――現在は次席比売神子――に警護を引き継いだため、最後まで作業を見ることは無かったが、どうやら彼女の実年齢は予想よりも上のようだ。




 季節は巡り、彼女も中学校へ編入した。学校の内部協力者からの報告によると、彼女は孤立気味らしい。やはり実年齢の違いに加え、あの外見ではなかなか難しいのだろう。

 報告では彼女と親しいのは二名、と言っても、一名は図書室だけの付き合い、もう一名は誰とでも仲良くできる少女で、親しいと言うより彼女を特別視していないだけのようだ。しかし、学校生活において、彼女がキーパーソンになると思われる。




 ある夜、想定外の状況となった。


 警護対象が自動車で外出した。我々も車で追跡を開始する。助手席からは沙耶香嬢とほかのチームへの連絡の電話が聞こえる。


「中学生が運転って、不味いですよ! 事故になりますよ!」


「おそらく、それは心配ない。しかし、無免許運転が発覚することは避ける必要がある。そちらの方面に手を回しておけ」


 予想通り、その運転には迷いがない。一定の舵角でカーブを曲がり、一定の制動力で停止線に停める。直進時も蛇行することなくレールの上を行くが如くだ。こういう運転は意識して練習しないと身につかない。


「彼女、何らかの訓練をした運転ですね。でも、まだ中学生ですよ。カートとかやってるんですかね? そんな様子は見られませんでしたけど」


「警護対象への詮索は無用だ。今は追跡する」


 車はコンビニの駐車場に入っていく。我々はそこを通過し、少し離れた路地で待機する。コンビニの中では別のメンバーが彼女を監視している。


「どうやら店員は、彼女が自動車で来たことに気づかなかったようです。今、コンビニを出ました。おかしいですね。自宅へ向かいません。この先は……」


「ちょいと遠回りして帰るんだろう。ここからはカーブが多いぞ」




 見ると車の幌を開けている。夜だからいいものの昼間だったら丸見えだ。


 車は上り坂を駆け上がる。

 ちょっと待て。これは危険だ


 テールランプの動きを見る限り、対向車線には出ていないが、この重い車でついて行くのは厳しい。カーブ二つで振り切られた。即座に連絡する。幸いこの道はほぼ一本道。脇道に出ても村落や保養施設があるだけで、そちらに向かうとは考えにくい。


 連絡をして、急ぎ追跡を再開する。助手席から、地図上の光点が既に下り坂を考えられない速度で進んでいると知らされる。


 マジかよ……。こういうことが度々あるなら、追跡用車両はハイスペックな、せめてラリーカーに変えてもらわないと話にならん。




 保養所に入ってしばらく、沙耶香嬢に連れられて出てきた。

 こっぴどく叱られたのだろう。今にも泣き出しそうな表情は、見かけの歳相応だった。


 結局、スポーツカーは回収されることになった。

 警護は別チームに引き継ぎ、私がその車両を回送する。


 ハンドルを握ると、いい車だ。絶対的なパワーはないが変なクセもなく、何より足のバランスがいい。限界を超えたら一気にスピンしそうな怖さはあるが、先ほどのドライブは十分安全マージンを取った運転だったようだ。


 私も童心に帰って、こういう車を買うのも悪くないだろう。

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