ネットゲーム
タイミング的には、ショッピングセンターで銀髪を見られ、周囲の視線等から半ば強制的に克服させられた後です。
当初はここから話を膨らませたり、新たな人間関係を入れようと思っていたのですが、このタイミングでは本編の主題やストーリー上の繋がりがほとんど無い上、ゲームに興味が無い人には読み飛ばされるであろうことからボツとしたものです。
本当は、ネカマ扱いされるまでの過程をきちんと描ければ良かったのですが……。
あるいは、オフで会って昌の姿がクリスタと重なることにびっくりというベタな展開も考えましたが、これだとその後の展開に支障が出てしまう上、比売神子の設定上、そういう行動を不用意に取らせるわけにもいかず。
ここから話を膨らませられなさそうだったこと、最近のゲーム事情に疎すぎ、リアリティに欠ける話になりそうだったので投稿しませんでした。
筆者自身は、最近のゲーム、特にネットにつないでのそれは経験がありません。始めたら最後、リアルの生活に支障が出てしまいそうなので……。
「昌ちゃん、パソコン持ってるわよね?」
唐突に沙耶香さんが訊いた。
「ありますけど、何ですか?」
「どうせヒマしてるんでしょ? ネットのゲームしてみない?」
ネットゲームか。その辺はやったことがなかったなぁ。子どものいる身じゃ現実的にそんな時間はなかったが、今は家に軟禁状態だ。ヒマといえばヒマ。
私は促されるままノートPCを持ってきた。『前世』では客先に持って行ったこともあるやつだ。初期化はしたけど、2in1を買ったら使わなくなっていたのだ。据置の方が馬力はあるけど、サポート切れのOSでネットにつなぐわけにはいかない。
「これなら一応一線級ですよ。設計にも使ったことありますし。グラボはゲーム用じゃないですけど」
「んー。たぶん大丈夫じゃない?」
沙耶香さんはUSBメモリを取り出すとなにやらインストールしだした。人の機械に断りなく入れるかなぁ。
確認すると、ベンチマークの数値は十二分。早速だ。
「本ちゃんのアカウントとかは改めて準備するけど、とりあえず仮アカでチュートリアルやってみてよ。で、どんなスタイルのキャラ創るか決めてくれる?」
「分かりました」
一応、どんなゲームか見ると、まぁ王道だ。
中世っぽい世界観で、剣と魔法を使って戦うというもの。ただ、純粋なRPGではなくアクション性が重視されている。『私』の子どもの頃だったら、ARPGと言ってもせいぜい体当たりだったのだけど……。
その頃とは違って、一本道のストーリーを楽しむのではなく、いろいろな任務を遂行してゆく中で全体的なストーリーを楽しむわけだが、それはソロプレイの話。ストーリーは添え物で、実際はその世界での戦闘や交流を楽しむのが目的だ。
「じゃ、私は用があるから。明後日ぐらいにキャラ要望を訊くわね。運営に知り合いがいるから、初めからいい装備をプレゼントするわよ」
そう言うと、さっさと帰ってしまった。まぁいいか。とりあえずソロで始めてみよう。名前は『アキラ』、性別は『男』、ここまで決めたら、アバターのデザイン。各パーツの色から大きさ、顔の造作まで設定できるのだが、めんどくさいのでデフォで選べるイケメンキャラにする。
いろいろやってみて、うーん、時代が違うな。
いわゆるMPという概念はない、魔法職は通常攻撃も魔法だ。そしてSPを消費して特殊攻撃をする。これは消費しても、一定時間後に回復を始め、しばらくで満タンになる。熟練度が上がると、その『一定時間』が短くなり、消費量も減る。
あとは、溜撃ち。要するに力をためて――魔法職なら詠唱を長くして――、でかい一撃を放つというアレだ。
物理系の職業も、特殊攻撃はSPを使ってするのだが、必殺技的な感じで無敵時間があったり、衝撃波を飛ばしたりと、ほとんど魔法のような攻撃が可能だ。
いくつかやってみて、やはり戦士系が楽しそうだ。
一般に、飛び道具を使えるタイプは足が遅い。特に溜撃ちの最中はほとんど動けない。足が速いキャラに弓を装備させても、つがえて引くというアクションがあるから連射できない。溜めて溜めて打つのが好きな玄人向けか。
物理も回復系も使える修道士は、昔の中国映画に出てきそうなタイプで、世界観的にアレだし、刃物を使えない。サムライや枢機卿、ニンジャなんかも使ってみたいが、上級職なのではじめからは選べない。……でも、何でサムライとニンジャだけ漢字じゃないのだろう?
そう、このゲーム、刀剣類が優遇されすぎている。鈍器と何合も打ち合えるなんてあり得ない。槍は使えそうなイメージなのだが、制作者は嫌いなのだろう、リーチは長剣とさして違わない上に線の攻撃しかできない。逆に斧系は露骨にリーチが短いかアクションが遅い。長い斧はとにかく遅い。
結局、そこそこの速さで面の攻撃ができる剣が一番と言うことになる。
私のスタイルでソロプレイだったら、フットワークと手数で勝負の軽戦士が無難なようだ。
ブロッキングを狙っていけば、耐久力の低さもハンデにならない。単にガードするだけでは削られる攻撃も、食らう直前数フレームのガードアクションでノーダメージで流せる上、相手には小さいノックバックが発生する。
また、ブロッキング中に攻撃系スキルや移動系スキル――ステップやジャンプなど――でブロックモーションをキャンセルしてスキルを発動させることができる。これによって、ノックバック中の相手に攻撃したり間合いを変えることが可能だ。
パリングやカウンターは相手の攻撃に攻撃を合わせることで自動発生する。タイミングはブロッキングよりシビアだけど、正面以外の相手に対しても発生し、エフェクトとともに強力な攻撃とノックバックが発生する。それ以上に重要なのが、発生後コンマ三秒近い無敵時間があり、その間に出は遅いけど強力なスキルを使うという使い方もできる。
狙って使うと言うより、乱戦中に意図せず発生して逆転というパターンが多い。
動画サイトでは、ブロッキングとステップを駆使して接近戦をする、妙に素早い――通常移動よりステップなどを多用する――魔術師や、ブロッキングやパリングを多用して時代劇の殺陣のように動くサムライが『超絶技巧』としてアップされていた。
本当はサムライを使いたいけど、そこに持って行きやすい野伏は狩人の下位互換で装備に難がある。長剣の類が使えないのは痛い。
ガード姿勢の方が当たり判定が大きくなることに気づけば、ぎりぎり当たらない攻撃を使ってブロックの練習をできる。このおかげで、遠距離攻撃や来るのが分かっている攻撃は、ほぼ確実にブロックできるようになった。
こういう微妙な間合いのはかり方や、キャンセルというアクションをしていると、前世紀の対戦格闘ゲームを思い出す。ゲーム的にはキャラクターレベルと装備でごり押しできるが、こういうテクニカルなプレイの方が楽しい。
二時間後、私の階位で選べるクエストでは、ブロッキングからスラッシュ、そこにダッシュ斬りおろしという必殺コンボで、ほとんどの相手に無傷で勝てるようになった。
機敏優先でステ振りしてるから、こっちも二回食らったら瀕死だけど。
二日後、沙耶香さんとパーティプレイ。沙耶香さん、何気に良いノート使ってる。
沙耶香さんは黒衣の魔導士で、固定砲台の様だ。こんな廃プレイヤーになるヒマは無いはずなのに、いつの間に……。
「やっぱり、軽戦士か剣士系ですね。機敏優先で手数勝負の。このキャラで継続してもいいですけど」
「せっかくネットプレイするんだったら、支援職なんかオススメなんだけどな。その方がいろんなお友達ができるわよ」
「それだと、ソロで厳しいですよ。物理メインの剣士系で。
修道士も捨てがたいけど、装備に制限が多すぎるし」
「じゃ、剣士系でスピード重視のキャラがいいと」
「はい」
沙耶香さんはどこかに電話をかけると、なにやらメモをしている。
「はい、これが新アカね」
「これですか?」
新たな名『クリスタ』でログオンすると、職業は『戦乙女』
アップデートで増えた上級職で、女性アバター限定の軽戦士兼中級回復職だ。ソロでもパーティでも強いのはいいとして……、何で女キャラなんですか? しかもこのアバター、髪の長さ以外は私にそっくりじゃないですか。
「貴女の写真見せたら、張り切ってモデリングしてたわよ。本人はまだまだ不満みたいだけど」
「よくもまぁ、ここまで似せたもんです」
「そりゃ、プロだもの。
でも、初めはCGかフォトショで修正したかを疑ってたわよ。コスプレさせてみたいって言ってたわ。それは断っておいたけど」
「あ、ありがとうございます。でも、『クリスタ』なんてずいぶんな名前ですね」
さすがに、中二なネーミングとは言わないけど……。
「それなりに考えたのよ。『昌ちゃん』として新たな日々が加わるから結晶の『晶』。そこから横文字の名ということで『クリスタ』というわけ。外見にも合ってるし」
なんだか、無駄に気を回されているような気が……
新しいキャラで、沙耶香さんとパーティプレイ。このキャラは足も速いし持ってる装備が良い。風妖精の剣と水鏡の盾は私のスタイルと相性が抜群だ。水鏡の盾は絶対的な防御力こそ低いものの、全属性の攻撃をブロッキングできるし、シールドバッシュのノックバック効果も大きい。
風妖精の剣の固有スキルは攻撃範囲が広い上、ノックバック中にヒットしたときの+修正が大きい。
敵が密集しているところでブロッキング。崩した相手にシールドバッシュをかけて他の雑魚を巻き込んだら、風妖精の剣で一網打尽が必勝パターンだ。
高ランクの沙耶香さんと稼ぐこと一時間。すでに階位は三。格上の人とパーティを組めば、入れないエリアはほとんど無くなった。
「じゃ、あとはネットプレイね。文字のやりとりだけで、女性としてのコミュニケーション力を磨いてね」
「あー、そういうこと。だから女性アバターなのか」
今度は、ノーマルモードでログオンした。でも、酒場でパーティを募ったりは勇気がなくてできないので、ソロで稼ぎ始めた。
とりあえず『夕宵の城』へ行く。私の階位でぎりぎり進入できるエリアだ。このエリアは、個々のフィールドの障害物がちょうどいい。ステップによる回避をできるだけの空間がある。ほどよく障害物もあるので、二正面戦を避けやすく、退路を確保しながら進みやすい。ソロプレイにはお手頃だ。
例の必勝パターンで問題なく進む。一撃死は無いが、連続してダメージを受けると即撤退なので、退路はきっちり確保する。リポップするまでの時間がある上、自分がいるエリアではリポップしない。この辺は、同じエリアで延々と効率よく稼がせないための仕様だろうか。
新たな部屋に入ると、すでに一パーティが中ボスと戦闘中。ランダムに現れる中ボスだ。見ると、重戦士・魔術士・僧正のパーティだ。バランスは悪くないが、決め手に欠けるので、影騎士とは相性が悪い。影騎士は無駄に魔法耐性とHPが高い上、僧正の浄化魔法が効かない。それに、攻撃範囲=間合いも広いため、出かかりを潰すのも難しいのだ。
ベストは、前後からの同時攻撃。
前からの攻撃をガードさせて背後からというのがいいのだが、足が遅いキャラで編成されたパーティではそれも難しい。攻撃をガードさせられる度に間合いが開くので、いい位置取りをできない。
この編成だったら、魔法でのノックバック中に重戦士の攻撃というのが無難だが、重戦士がなかなか近づかせてもらえない。もちろん狙ってはいるのだろうけど、間に魔法を通せない障害物があるため、理想的な位置取りにならない。決め手に欠ける展開でじり貧の消耗戦だ。
重戦士の体力が、ガードの上から徐々に削られていく。放っておいても僧正が回復させるんだろうけど、ここは私が近づいて――本職じゃないので、近づかないと回復魔法を使えない――回復させる。
『助けが必要ですか?』
『頼む。このままじゃ押し負ける』
魔導士から一時パーティの申請があったので承諾する。でも、この魔導士、女アバターなのに言葉遣いが……。
初めて知らない人とのパーティプレイだ。
まずは鈍足の重戦士から影騎士を離さないと。
影騎士の横からスラッシュでダウン……をとれない。階位差がある。それでも重戦士は安全な距離に離れられる。
本当なら、重戦士が正面に回ってヘイトを稼ぎつつ囮になるのがベストだが、このエリアの中ボスより階位が低いため、ガードの上からでもガシガシ削られる。ここは私が前に出ないと。
影騎士が振るう長大な剣を、ガードせずぎりぎりの間合いで空振りさせる。そこに踏み込んで攻撃するが、きっちりガードされた。出が速いか射程の長いスキルを使わないとガードが間に合うようだ。
今度は影騎士の攻撃をステップで躱し、スラッシュ! やはりダウンをとれない。スキル後の硬直時間が解け、ギリギリで影騎士の蹴りにガードが間に合う。それでもガードの上からごっそり削られた。
本当は重戦士にも参加してほしいが、影騎士が回転斬りやダッシュ斬りをする度に突き放されるだろう。それにこの地形じゃ魔導士の攻撃もアテにできない。
影騎士が姿勢を下げる。この体勢はダッシュ斬りだ。
それを軽くブロッキングし、シールドバッシュからスラッシュでダウンをとる。ダッシュ斬りは突進こそ速いが、速いが故に間合いに関わらず構えを見てからほぼ同じタイミングでブロックできる。
そして、装備の+補正のおかげか、ノックバック中なら階位差に関わらずスラッシュでダウンをとれる。
影騎士の攻撃はすべて出が遅いので、ブロックからの必勝パターンの繰り返しで難なく撃破できた。即席ながらもパーティ扱いなので、全員均等に経験値が入る。
『助かりました。でも、すべてブロックなんてすごいですね』
僧正が言う。お爺ちゃんの外見なのに言葉は若い。多分、中の人も。
『影騎士は攻撃の出が遅いですから、見てからでも十分狙えます』
戦乙女はガード体勢に入るまでの四フレームに攻撃を受けるとブロッキングが発動する。処理落ちが無ければ秒間三〇フレームで処理されるゲームで四フレームは長い。来るのが判ってれば容易だと思うけど……。
『いやいや、狙ってブロックはなかなかできないっしょ』
女魔術士が言う。どうでもいいけど、女アバターならそういう言葉遣いは……。
『軽戦士は三フレームしかブロック待ちがありませんが、戦乙女は四フレームもありますから』
魔法職は待ちが二フレームしかない上、接近戦自体が苦手だから、ブロックやパリングを狙わなきゃいけない状態になった時点でアウトだ。
結局、彼らには『夕宵の城』攻略はきつそうということで、撤退することになった。このエリアは範囲魔法の効果が薄い。出現する敵は魔法耐性もやや高い。沙耶香さんなら火力でごり押しできるだろうけど、このメンバーじゃ確かにきつい。重戦士が積極的にブロッキングを狙えれば違うが、あまり得意そうじゃないし。
結局、その日はフレンド登録のみで別れることにした。
その後も、基本はソロで稼ぎ、ピンチのパーティを見かけたら助けるという、気まぐれなボッチプレイをしていた。
始めて五日ほどで『クリスタ』が話題になっている。
メジャーアップデートに合わせたタイミングで、新たに追加された職業であることと、アップデートで追加された機能を使ったデザインのアバターだったことから、中の人は運営ではないか? ということだ。
戦乙女は、ちょっと極端なステ振りをしないと選択できない。
このゲームでは、力強さ、敏捷性、器用さ、耐久性、知性、信仰心、運といったパラメータがあるが、これには性別と体格による補正がかかる。例えば力強さは、性別と体格の補正が大きく、数字上は同じでも性別や体格が違えば、力強さに依存する武器の効果は異なる。その分、女性限定装備は追加効果が付いたものが多く、そこでバランスが取られている。
戦乙女は、信仰心と敏捷性に偏ったステ振りが必要で、信仰心が最も高く、敏捷性が力強さと耐久性の和の四分の三以上という極端なパラメータが必要。
僧侶系の職業では敏捷性が高くてもあまり意味は無いし、戦士系や狩人の類いは、信仰心を上げる意味が無い。つまり、戦乙女を選ぶには、序盤でかなりツラいプレイを強いられることになる。
そんなキャラがアップデートしてすぐに現れれば、正当な手段で得たキャラではないかも、という疑いも出よう。
まして、私の防御をほぼブロッキングのみで行うという独特のプレイスタイル。
このゲームでは短時間でボスを討伐すると、その攻略を他のプレイヤー閲覧できるのだが、『クリスタ』はいくつかのボスで、ソロでの最短討伐記録を持っている上、その倒し方が全ての攻撃をブロックで捌いてクリティカルを連発するというものだ。
格上のボスから一撃もダメージを受けず、作業のように倒した映像は、多くのプレイヤーを驚愕させた。
というわけで『クリスタ』の中の人は、テクニカルな方向の廃プレイヤーに違いないという噂になった。
そして、チャット中の言葉遣い。
基本、私は書き言葉でチャットをする上、漢語表現が多い。要するに女子中学生の言葉遣いじゃないということ。
プロフィールの年齢、性別は虚偽である。という結論に至るのは自然の成り行きだ。せめて三十代男性というプロフィールならここまでマイナスの知名度にはならなかっただろうに……
クリスタの『中の人』の『中の人』はおっさんなのは間違いないけど、『中の人』が一つ余分だ。
結局、始めて半月ほどで、ログオンしなくなった。