最終話 いっしょに
通常、お産の後は実家暮らしとなることが多いけど、私はそのまま慶一さんと一緒に暮らしている。
本当は実家の方がラクだし、友達も会いに来てくれるだろう。お見舞いに来てくれた友達も、この家だと少し気兼ねするから来られないに違いない。
でも一緒に暮らしたおかげで、家族の距離は縮まった気がする。
お義父さんは言うに及ばず、私と微妙に距離があったお義母さんも、孫となると態度が違う。
眠っているときに顔の筋肉がピクッピクッとなることがあるけど、それすら「優乃が笑った」と大喜び。確かに、笑顔に見えるから、私もそれを見るだけで幸せな気持ちになる。
優乃はよく飲む。胸から直接なので、正確な量は判らないけど、一般的な赤ちゃんが飲むより多い気がする。それでも、未だに幾らかは捨てている。
慶一さんが「もったいないから一口」と言ったけど、それは断固として拒否。そういう恥ずかしいプレイはダメですから。
一ヶ月検診――年度替わりで慶一さんもバタバタしていて、四月にずれ込んでしまったけど――に行くと、優乃、大きい。頭の大きさも手足の長さも、同じ一ヶ月検診の子達と違う。
十日でこれだけ違うの? って、そんなはずがない。
多分、沢山飲んでいるからだ。そして私の生成量もなかなからしく、瞬間的にはFを超えてるんじゃないかと思うほど。
正直、重いのと張ってきたときの痛みはアレだけど、このすごいのを写真に残しておこうかと思ってしまう。
一ヶ月検診は異常なし。順調も順調。背の割に体重はやや少ないけど、問題になるほどではない。
そのまま産科にも挨拶に行くと、堀口先生の机には、私と優乃の写真。記念撮影のときのを一部トリムして引き延ばしたもので、あまりにも良い写真だからと飾ってあるそうだ。
他の患者さんには、遠い親戚と言っているらしい。
「客観的に見ても、ロリ巨乳の女神が天使を抱いているところで、エロさより神々しさがあるでしょ。
これを見ると、妊婦さんも元気づけられるのよ。さすが次席比売神子様のお姿。御利益があるわね」
褒められているんだけど『ロリ巨乳』って言葉で台無しだよ!
病院もこの写真を産科の紹介用に使わせて欲しいと言ったらしいけど……、そこは拒否してくれたそうだ。元神子だから知っていて当然だけど、私たちはそういう媒体に載るわけに行かない。
そして、更に二ヶ月。三ヶ月検診だ。
もうそろそろ首も据わる。寝返りはまだだけど、顔を覗き込むと嬉しそうに声を上げて笑う。また、その声が愛らしくて、聞くだけで幸せになる。
三ヶ月検診も異常無しで、順調も順調。髪の毛が少ない以外は健康そのもので、待合室でもちょっとしたことで「あきゃきゃきゃ」と笑う。それだけで、同じ検診に来た親子の顔もほころぶ。
そして私はと言うと、未だに母乳で育てているのにアレが再開した。母乳で育てていると、ホルモンのバランスからそれが停まるって聞いていたけど……。無ければ無いでラクだけど、始まったと言うことは、そういうことで。
家では、離れのリフォームも終わり、母屋の工事が始まる。本当はもう少し早められたけど、せめて三ヶ月検診までは、と二期工事開始を伸ばしていたのだ。
私の荷物自体は少ないけど、育児用の道具はかなり多い。
ベビーベッドや寝台は既に運び終わっていて、優乃は新生児のときに使っていた籠みたいなので寝ている。
大きさ的にはまだ余裕があるけど、狭く見えるから、早めに本来のベッドで寝かせてあげたい。
足りないものは買い直せば良いと割り切って、工事の四日前だけど引っ越すことにした。土日だけじゃ慌ただしいし、きちんと休みたいし。
慶一さんには金曜日一日休みを取ってもらって、民族大移動だ。
久しぶりの我が家。と言っても、ここで寝るのは今日が初めてで期間限定の仮住まいだけど。
慶一さんが、そっと優乃をベッドに寝かせる。
いつもと違う空間で興奮していたが、その分疲れたのだろう。デパートの授乳室で飲んだら、車で揺られている間に眠ってしまった。
買い物かごの中身を冷蔵庫にしまう。本格的な料理は明日からにして、今夜は簡単にお刺身とオードブルだ。そして、家からタッパで持ってきた常備菜。
慶一さんだけは、それにビールと冷酒が加わる。
私は順に食材を冷蔵庫に詰める。
そして、少しの悪戯心である仕掛けをしておく。
ベビーベッドを覗くと、天使の寝顔。しばし二人で見入ってしまう。慶一さんは魅入られているのかな?
と、電子音と共に「お風呂が沸きました」のアナウンス。
「慶一さん。お風呂が沸いたわ」
「俺は後から入るから、君が先に入ればいいよ。今日は少し疲れたろう」
「じゃぁ、お言葉に甘えて」
私は脱衣所で服を脱いだ。ドアの向こうでは、慶一さんがキッチンに向かう気配。多分ビールだ。
……計画通り!
耳をすますと、タンブラーを出す音。そろそろだぞ。
「うおっ!」
やった!
計画成功!
缶ビールを冷蔵庫に仕舞うときに、一本残らず、よーく振っておいたのだ。脱衣所のドアをそーっと開けて見ると、ビールの泡まみれの慶一さんが、床を拭いているところ。
一頻り拭き終わりそうなところで、脱衣所から微妙に身体を覗かせる。あえてバスタオルではなく、右腕で上を、左手で下を隠す。
隠すと言っても、右手は期間限定で深くなった谷間を強調し、左手も見えそうで見えない微妙な範囲で。
そして私はにっこり微笑んで声をかける。
「いっしょに入ろ」