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ひめみこ  作者: 転々
最終章 新生活
183/202

出産

 冬になり、お腹も目立ってきた。もうそろそろ『比売神子』活動も産休だ。

 既にお腹の赤ちゃんが女の子だということも分かっている。


 家には沙耶香さんが主治医の代理として度々顔を出すことが多くなった。私の体調を慮って、合宿が近隣で行われることが多くなり、沙耶香さんのお迎えで行くことが増えたからだ。

 予想通り、お義姉さんと沙耶香さんはすぐに打ち解けた。

 そして、光紀さんが近く――と言っても車で三十分ぐらい――の道場で、小中学生相手に教えていると聞くと、お義姉さんは、わざわざそこで光紀さんと組み手をしているらしい。


 今日も沙耶香さんがレクサスのお高いセダンでお迎え。光紀さんとともに合宿だ。と言っても、私がすることは学習指導のみだけど。




「昌ちゃん、お腹、随分目立ってきたわね」


「そうなんだよ。胸も重いし。それより、お腹が大きくなると、いつも背中が反り返ってるから、腰が痛くなっちゃってさ」


「そうやって、お母さんになってくのよ」


 沙耶香さんはそう言うけど……、妊娠の経験無いのに。


「昌ちゃんは、まだマシな方よ。(からだ)は華奢に見えても骨格自体は大きいし、体幹が強いから。

 立ってるのもツラいって妊婦さんも少なくないのよ」


 うん。知ってる。検診のときにママ友からいろいろ話を聞くから。やっぱり短期間で身体がここまで変化すると、骨格や筋肉への負担が大きいみたいだ。

 私の場合、お腹の変化もさることながら、胸の変化も大きい。秋の終わりから大きくなり出して、あっさりDを通過しそうな勢いだ。どこまで大きくなるんだろう?

 でも、ここまでの変化で、行動する上で気になるのが腰だけってのは、明らかに軽い部類だ。腰だけでなく脚、特に膝や足首に来ている妊婦さんは、見ていて気の毒だった。




 とりあえず、今年度の合宿は今回で最後。産休に入り、復帰は早くとも来年四月だ。それでも、沙耶香さんは三日と空けずに見に来るし、光紀さんも度々顔を見せる。お産に向けては順調な生活だ。

 さすがにお母さんがなかなか顔を見せないので、料理を持って行きがてら、金曜日は泊まることにした。


 皆にも連絡しておいたら、土曜の昼前は試験前とあって、久々に勉強会。

 紬ちゃんは、私がきっちり勉強をしていることに感心する。由美香ちゃんと恵里奈ちゃんも同様だ。

 詩帆ちゃんは、私が高認を受けることを当然のことと予想していたのか、あまり驚かなかったけど……、胸のサイズにはびっくりしていた。


「乗せる台が欲しいって気持ち、分かるでしょ」


「うん。よく解る。クーパー靱帯切れそう。でも来年にはしぼむ予定だから」


 詩帆ちゃんとのやり取りに、由美香ちゃんは呆れ顔。絶対、おばさんくさい会話だと思っているに違いない。

 でも、久々に会って、下らない話が出来て楽しかった。あまり勉強会にはならなかったけど。




 年も明けて、はや臨月。

 沙耶香さんはよほど心配なのか、二月に入ってからは毎日のように顔を見せる。でも、自分でもびっくりするぐらい順調だ。

 赤ちゃんの名前は既に決まっている。慶一さんの希望で、優乃(ゆの)

 意外と和な名前だな、と思っていたけど、元ネタはローマ神話の女神『ユノー』から。


 陣痛も来ないので、検診には自力で行けるけど……、もうすぐ予定日なんだけどなぁ。産科の堀口先生によると、初産は遅れることが多いらしい。




 明日は予定日という夜になって「痛っ、いだだだだぁっ!」

 沙耶香さんの見立てでは陣痛。病院に直行だ。

 うー、これが陣痛かぁ。いーだーいー


 痛みには波がある。いろいろと検査し、赤ちゃんは元気という言葉に安心するも、そこそこ痛い。

 待たされるのは、まだ本番ではないということか? 間隔が短くなってかららしいけど、いや、もう十分痛いって。


 お産の控え室的な部屋で一時間近く。楽な姿勢を探して落ち着かない。やっぱりまだ本番じゃない。前座でこれだったら、どうなるんだろう? お産じゃなかったら、鎮静剤が欲しいところだ。




 夜中、多分日付けは替わってる。慌ただしく本番の部屋へ。

 後から聞いたら、自分の脚で歩いて行って分娩台にも自分で乗ったらしいけど、正直、憶えてない。

 ストレッチャーごと運ばれたんじゃなかったっけ?

 とにかく、頭の中は赤ちゃんのことと、痛いってことだけ。


 それから、格闘すること数時間、だった気がするけど、実際は短かったらしい。看護師や堀口先生に言わせると、初産でここまでスムーズなのは珍しいとのこと。だったら、普通のお母さんはどんだけ大変なんだろう?

 憶えているのは、産まれた瞬間、陣痛がウソみたいに消えたことと、予想ほど激しくない産声。

 そして何より、赤ちゃんを胸に乗せられたときの愛おしさ。


 この子は私の娘で、産まれながら比売神子となることが運命づけられた子。

 でも、今はとにかく愛おしい。泣くときのくしゃくしゃで真っ赤な顔。ほとんど髪のない頭、震わせる手。伝わってくる体温。

 全てが愛おしい。

 とにかく元気であればいい。




 赤ちゃんを検査している間に、私も一旦手洗いへ。そして汗とかいろいろ拭き取って着替えもする。慶一さんにも電話で連絡。時刻は三時過ぎだ。思ったより時間が経っていない。


 改めて赤ちゃんを抱かせてもらう。眠っているのか起きているのか、もぞもぞと動く。

 突然、さっきとは違う調子で泣き出し、口から舌を出す。

 何か異変か? 私は慌てて看護師を呼んだ。


「す、すみません! 赤ちゃんが、赤ちゃんが、なんか、おぇってしてます!」


 看護師は、赤ちゃんの様子を一目見ると、「大丈夫、おっぱいが欲しいんですよ」と、笑顔で応える。

 私は赤ちゃんの口に左の乳を含ませた。数秒ほど戸惑ったような動きをしていたが、それが何か分かったのか吸い始める。


 コツを飲み込んだのか、途中から勢いがつく。

「ふごっ、ふがっ」と、なかなかの鼻息だ。

 赤ちゃんって、息をしながら吸えるんだ。誤嚥とか大丈夫かな? と変なことを考えてしまう。


 一頻り吸ったら満足したのか、口を離すとため息のように息を吐いて眠ってしまった。背中を軽くトントンしてゲップをさせる。

 さっきまでの真っ赤なくしゃ顔と大違いの、穏やかな寝顔だ。


 その頃になって、ようやく慶一さんが姿を見せた。おっかなびっくりで抱き上げる。


「君に似た美人だ」


 それはどうだろう? まだ目も開かず、どっちに似ているかも判らない。看護師は「どっちに似ても、きっと美人さんですよ」と言うが、これはリップサービスだろう。




 優乃は、二九九八グラムという、あと二グラムのケジメが付かない体重だった。それでも、並んでいる他の赤ちゃんより一回り大きい。


 寝ているか、起きてもおっぱいをねだるか、それも数時間おきなので、私もずっと寝ているか起きているか判らない生活だ。しばらくするとリズムが出来上がるらしい。

 ただ、とにかく飲む。今のところは搾乳して、あるいは捨ててしまうであろう量の方が多いが、いずれ足りなくなる時期が来るだろう。産まれたばかりのときは、哀れなぐらいに細かった手足も、少しふっくらしてきたように見える。

 並んだベッドで隣の赤ちゃんを見ても、一回り大きい気がする。


 赤ちゃんを見比べる。自分の子が一番可愛らしく見えるのは、親馬鹿だろうか? でも、客観的に見て、肌の色艶は一番だ。




 私も順調に回復して退院の日、この病院では親子と主治医が記念撮影をする。


 優乃を私が抱き慶一さんが横に立ち、皆カメラ目線で、さぁ撮影、というところで、優乃がおっぱいを欲しがって泣き出す。

 私が慌てて乳を口に含ませると、見事な勢いで吸い始める。

 いつもながら、それを見ているだけで幸せな気持ちになる。優乃を覗き込む慶一さんもそうだろう。


 撮影のときも、自然と視線がそちらの方へ。

 仕上がった写真でカメラ目線なのは堀口先生だけで、両親の目は娘に向かっているという、締まらない結果。まぁ、それもよしだ。

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