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ひめみこ  作者: 転々
最終章 新生活
182/202

挨拶回りと新生活

 今日は朝から挨拶回り。慶一さんと一緒にご近所を回る。水菓子と焼き菓子の箱を後部座席に積んで出発。


 挨拶回りと言っても(かしこ)まったものではなく、単なる顔見せだ。服装もフォーマルではない。慶一さんはノータイだし、私もいつものワンピースにサッシュ。そう言えば、婚約した頃から慶一さんと歩くときは大抵スカートだ。




 一軒目から私の容姿は驚かれる。そして日本語が堪能なことに驚かれる。いや、日本人だから当然なんですけど。

 既に妊娠していることで更に驚かれ、年齢でまた驚かれる。まだ一軒目なのに既に二十分近い。午前で回りきれるかな?


 二軒目、三件目も似たような感じ。上がってお茶でもと勧められるが、そこは慶一さんが断ってくれた。

 ここまでで小一時間が過ぎる。


 困ったのが四軒目。年配の夫婦宅で、息子さんは大学進学で県外暮らし。この家庭では、息子さんが小学生の頃から留学生のホストファミリーをしていて、現在も米国から高校生を預かっている。

 私たちとそこのお母さんが話していると、その留学生がやって来て挨拶をしてきた。私も英語で挨拶を返し少し会話を交わしたわけだけど……、この兄ちゃんは私をナンパしてきた。夫の前で!

 そこまでの日本語での会話を聞いていないから知らないとは言え、初対面でそれは無いだろう。


 私が既婚者で慶一さんが夫であることを言っても、なかなか信じてもらえず、妊娠していることを話したら、今度は慶一さんを犯罪者扱いした。

 中学生を妊娠させるなんて、人倫にもとる非道な行いというわけだ。

 戸籍上は君より年上なんだけど……。さっきも歳、言ったよね。


 ここまで表だって犯罪者扱いされたのは初めてだ。

 ホストファミリーの平謝りに、慶一さんも「この見た目です。いずれそう言われることは覚悟していました」と苦笑い。




 車に戻った後「あんな風に言われて、腹立たないんですか?」と憤懣を吐き出したが、当の慶一さんは「早口を聞き取って日本語訳をするのに一生懸命で、腹を立てる余裕がなかった」と。


「それに、誤解される覚悟はしていたし、こんな美少女を連れていれば、嫉妬する男もいるだろう。

 俺にとっての君は、祖父にとっての比売神子様だし、他の人にも、そうなってしまうかも知れないからね」


 照れる。すごく照れる。

 キュンキュン来るってこういうことか。

 顔が熱い。ぎゅってして欲しい。そう思ったら唇に軽く……。


 最近の慶一さん、私の扱い上手くないか? それとも私がチョロいのか?




 私たちは気を取り直して五軒目に向かう。

 予定の十一軒を回り終わったのは、午後の一時過ぎだった。


 私たちが遅めのお昼を食べていると、顛末を聞いたお義姉さんは私に「災難だったね」と。

 でも、慶一さんには「職務質問されなかっただけ、マシだと思いなさい」という厳しい言葉をかけていた。




 同居し始めて一週間、徐々に料理を任されるようになった。

 未だ、主菜は作らせて貰えないが、副菜は私のが多い。葉物野菜と油揚げの煮浸しとか、モヤシとキュウリ、鶏ササミの和え物とか、主に火を通した野菜料理。何にでも合わせられるし、野菜を取れる。

 そして、朝食のおかずも私が作ることが多い。お義母さんとお義姉さんが、揃って朝が弱いせいだけど。


 ガスコンロなので目を離すわけにいかないけど、卵料理、特にオムレツなどは美味しく作れる。実家では混ぜながら余熱で火を通して形にしてたけど、ガスならフライパンを揺すってトロフワだ。

 お義姉さんはふんわりしっとりの出汁巻きを気に入ってくれた。お義母さんも口には出さないけど認めてくれている、と思う。

 慶一さんは……、多分、私が作ったら何でも美味しいって食べそうだ。




 リフォームの第一期工事も始まった。

 離れのダイニングキッチンと水回りだけだから、間取りはほとんど変わらない。でも、私の意見で床暖と二重窓を入れるから、壁と天井を全て剥がして、断熱工事が行われる。


 初めの頃は職人さん達にお茶を持って行くと「外人(げーじん)さんだ」と大騒ぎになった。それ以来、大した用も無いのに顔を見せる親方さんとかが増えた。

 後から聞いたところ、どうやらハウスメーカーの下請け業者の間で、あの家には犯罪級の嫁が居るという噂になっていたらしい。表現はアレだけど褒め言葉として受け取ろう。




 日中はヒマを持て余し気味なので、勉強をしている。

 それを見たお義母さんが「学校やめたのに勉強?」と訊いてきた。


「高認取って、大学に挑戦しようかと。

 やっぱり、中卒は聞こえも悪いし、こんなことで慶一さんに迷惑をかけるのも心苦しいから。せめて大卒か学生の肩書きでもあれば、周りの目も違うだろうし」


「大学受験は高校受験ほど甘くないわよ」


「知ってます。でも、出来るだけのことはしないと。ここから通える大学となると、結構難しいですから」


 もっとも、英語は言うに及ばず。理系科目もこの数年は受験生の指導をしているから余裕だ。特に数学は数研の問題集を一問残さず解いているのだ。受験に限れば英語や物理より出来ると思う。よほどの難問奇問でない限り、大学入試レベルで解けない問題は無いだろう。


 傍用問題集の模範解答もあっさり完成。これは紬ちゃんを通じて、みんなにコピーが配られる。そして、直子さん用の解説付き解答も完成。

 お義母さんは、私のノートを見て眉根を寄せる。お義母さんがどこの学部を出たか知らないけど、受験勉強から四十年ほど離れているはず。入試レベルの問題は難しいに違いない。




 一緒に暮らす時間が長いせいか、お義母さんとも少しずつ会話が増えてきている。でも本当は、もう少し雑談的なことが出来れば良いんだけど……。

 そう言えば、お義母さんは趣味とか習い事って、してるのかな? なんだか話をしていても、ものすごく世界が狭いように見える。

 お友達が尋ねてきたことも無いし、外出と言えば買い物とランチ。さすがの私も、還暦近い有閑マダムの中に入る勇気は無い。




 学校へ行かなくなったらとにかくヒマだ。外出も料理を実家に届けるついでに買い物に行くぐらいで、世の専業主婦の人たちは、何をしてヒマを潰しているんだろう?

『自宅療養』の頃って、私は何をして過ごしていたんだっけ? と思い出してみると、読書とビデオとゲームか。今度、据え置きのパソコンとDVDを取ってこようかな。

 でも、お義母さんの手前、映画やゲームに興じる姿を見せるのも気が引ける。編み物とか刺繍でも習おうかな? あるいは、書道や楽器とか。


 慶一さんと過ごせるのは土日だけで、一方『比売神子』の合宿も土日になるから、結構被ってしまうのが悩ましい。

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