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ひめみこ  作者: 転々
最終章 新生活
181/202

披露宴

 もうしばらくすると披露宴が始まります。

 本番は神前式で既に済ませているそうですが、常務という立場上、ということです。


 常務は再来年を目処に生産部門から法務部門への異動が決まっています。大学の専攻から言えばこちらが本職に近いですが、性格的にはどうでしょうか。

 それでも、いずれは購買なり管理なりを回って中枢に……というのが既定路線でしょう。




 先日行われたという神前式は、近親者だけだったそうで、ほとんどの社員にとって、常務のお相手を見るのは今日が初めてです。


 この数ヶ月で常務を男前に育てたお相手に、皆さん興味津々です。私も偶然知ることが無ければ同じだったでしょう。

 短期間で、オーラと男の色気をつけさせた女、他の課でもその話で持ちきりでした。常務狙いの女子社員も多かったようですし。


 でも、本人を見るとそんな風には見えません。

 確かに、知性という点では十九歳に見合わないものを持っていますが、外見は逆の意味でつり合いません。むしろ中高生と言っても通じるでしょう。

 それが常務をここまでの男にするわけですから、人は見かけによらないと言うしかありません。




「ねぇねぇ、常務のお相手って、どんな人」


「知らない。でもすごい美人って噂だよ」


「なんか、総務の人が見かけたらしいよ。すごい美人でハーフっぽいって」


 へぇ、常務はその辺は秘密主義でしたが、私以外にも見られていたようです。確かに美男美女、いや、美少女です。


「そうそう、なんかスラッとして、スタイル抜群のモデルみたいな人らしいって」


 確かにハーフみたいな美少女で、スラッとして、モデルをしていてもおかしくない……。でもスタイル抜群というと、どうでしょうか? 確かにスタイルは抜群だし、背も低くないのですが、どこか違和感を憶えます……。




 そろそろ席に着き始めます。私のところの円卓には秘書室と総務課の女子社員が集まっています。

 あちらの円卓には大学生? 高校生? ぐらいの少女たちが固まっています。新婦側の招待客でしょうか、どの子を見ても美人揃いです。美人は友達も美人なのでしょうか。


「加賀見さん、常務のお相手って知ってらっしゃいます?」


「一応ね、一度お話したことがあるわ」


 私の返事に、女子社員は皆、色めき立ちます。「やっぱり秘書だから?」という声もありますが、会ったのは全くの偶然でした。


「私達も遠目に見たことがあるんですよ」


 総務の若い子達もその話に夢中だ。ハーフっぽい美人という噂の出所はここでしょう。先ほどの会話と同じような内容が繰り返されます。


「ハーフっぽいはその通りだけど、お相手の方は美人っていうよりカワイイって感じで、言っちゃ悪いけど、常務とは釣り合わない気がするわね」


「えー? まぁ、加賀見さんぐらいから見たら、あれぐらいの女性でもカワイイになるのかもしれないけどー」


「絶対、お似合いだよねー」


 うーん。これが世代差でしょうか。最近の若い子にとって、あれぐらいの年齢差は許容範囲なようです。見かけは大人と中高生の組合せで、むしろ事案に見えますが、これは口には出せません。




 そろそろ、新郎新婦の入場です。ほとんどの人が新婦の姿に驚くに違いありません。


 案の定、すごい歓声です。白いヴェール、白いドレス、白い肌。正直なところ、美男美女ではあるものの、新郎新婦と言うより輿入れする姫君と従者です。

 ヴェールを外した新婦のプラチナブロンドに、周囲は色めき立ちます。




 総務の二人が驚きを隠せない顔で見ています。


「あれ? 知ってたんじゃないの?」


「いえ。あの、私達が見たのは、もっと大柄な女性で……」


「それって、以前会社に常務を訪ねてきた女性じゃない? あの人は違うわよ」


「そ、そうだけど、違うの?」


「実際、違うじゃない。ハーフっぽいスラリとした美人ってところまでは合ってたけど。情報はちゃんとウラを取るのが基本よ」


「……はい」




 披露宴という、花嫁の顔見せはつつがなく進みます。余興として、結婚式をチャペル(風の設備)で行うことに。生産技術課長が神父役です。すぐ脇には購買部長。

 余興なのに、課長のセリフは本格的です。結婚とは愛ではなく信仰ですとか……、少なくともお通夜のときは仏教徒だったはずなのですが。

 その祝辞(?)が佳境に入ったときにそれは起きました。


「この結婚に異議のある者は今すぐ……」


「「異議あり!」」


 二人の少女の声です。新婦側の招待客のはず。どちらも芸能界にいてもおかしくない美人です。


「昌ちゃんは、私のお婿さんになるのよ!」


「私のよ!」


 段取りに無い成り行きなのでしょう。課長は目を白黒させています。そこに更に一人。


「あらぁ、昌ちゃんは、私が嫁にもらうつもりだったのよ」


 いつの間に席に着いていたのでしょうか? 以前、会社に常務を訪ねてきた女性です。総務の二人がお相手と勘違いしていたのはこの人でしょう。

 確かにこの女性なら、常務とお似合いという言葉も頷けます。




「私は、この方のもとに嫁ぐことを決めました。それに、赤ちゃんもいますし」


 新婦は大きくはありませんが、よく通る声で応えました。

 大柄な女性は常務の前に立ちます。


「昌ちゃんは貴方と在ることを望んだわ。貴方にそれをうけとめる覚悟があって?」


 大柄な女性の存在感が膨張します。常務にはすごいプレッシャーが向けられているのでしょう。その余波みたいなものがこちらにも届きます。近くに居る課長も部長も冷や汗をかいています。


「私も、昌さんとともに在ることを選びました。

 これから一生」


 常務が一歩前に出て言うと、「異議あり」の二人が手を取り合って歓声を上げます。


「分かったわ。でも、昌ちゃんを泣かせたら、承知しないわよ。

 昌ちゃん、幸せになってね」


 そう言うと新婦を抱きしめました。


「ありがとうございます。沙耶香さん」


 新婦の左手が目尻をぬぐいます。

 大柄な女性は一歩下がると、神父役の課長に目配せしました。

 課長は額の汗を拭い、二人の婚姻を宣言しました。




 余興も終わり、新郎新婦も席に戻ります。

 二人の周囲りに男性陣が集まります。興味の対象は新婦とその友達でしょうか。新郎が最近モテ期に入ったことを新婦たちに話しています。余計なことを……。

 私は常務のテーブルに向かいました。




「私は、昌さんを泣かせるようなことはしません」


 常務が真面目な顔で言い切ります。そうそう。新郎はそうでないと。


「別に、浮気ぐらいじゃ泣きませんよ。怒るけど」


 新婦はあっさりとしたものです。


「浮気はともかく、浮体ぐらいはしかたないと割り切りますよ。

 でも、相手には妻子がいることを必ず伝えて、納得した上でにしてくださいね。相手を泣かすような、あるいは恨みを買うような関係はダメですよ」


 すごい自信です。常務が離れることは無いと考えています。


「さすが、昌ちゃん。もう胃袋がっちり掴んでるわね。それに貴方、昌ちゃんが本気で怒ったら、私よりも怖いわよ」


 竹内さんと言ったでしょうか、存在感が凄い大柄な女性が言います。


「胃袋?」


 当の常務は怪訝な顔です。


「あら? まだ昌ちゃんの手料理食べてないの? だったら覚悟することね。食べちゃったら離れられなくなるから」


「沙耶香さん。あんまりハードル上げないでくださいよ」


「あら、本当のことよ。この人に愛想が尽きたら、私のところに嫁に来てくれるわよね?」


「ははは、愛想を尽かされないよう努力しますよ」




 式もなんとか終わり、三々五々。新婦が妊婦なだけに二次会はしないようです。

 私たちも会場を後にします。

 あの竹内さんと新婦は別格でしたが、それ以外の大学生らしき二人も、自信と存在感に満ちあふれた魅力的な子でした。年代は違いますが、どういうつながりでしょうか。そして、新婦はその誰もから一目置かれています。


 周囲りも新婦の外見の話で持ちきりです。十九歳だそうですが、中高生にしか見えませんから。




 タクシー乗り場で購買部長と並びました。


「部長もお疲れ様です」


「あぁ、加賀見君か。ありがとう」


「神父役も大変でしたね。異議ありの(くだり)は段取りですか?」


「いやー、驚いたよ。新郎新婦も知らなかったそうだ。それにしてもあの女性の迫力には、正直、肝が冷えた」


「なんだか、存在感がある方ばかりでしたね」


「全く。でも、みな魅力的な子ばかりだ。息子の嫁に来てくれないものかな」


「息子さん、まだ高三でしょう。気が早すぎません?」


「それだけの娘たちばかりだよ」


 確かにその通りです。あの存在感は、そこらの女優やアイドル程度では太刀打ちできないでしょう。そして新婦は、同じような何かをより強く感じさせます。

 なるほど、常務が男として大きくなるはずです。

 初めて見たときは、頼りない感じだったのに、と思ったところで苦笑が少し。


 私が、そんな目線で常務を見ていたなんて……。

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