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ひめみこ  作者: 転々
最終章 新生活
177/202

学祭 一

 高校では、例年、九月の上旬に学祭がある。

 本来は、もう少し秋も深まってからの時期にすべきだろう。実際、文化の日は十一月だ。

 この時期なのは、学祭をさっさと終わらせて、三年生を受験に向けた体勢にしたい、ということだろう。


 どこの高校でもそうだと思うけど、特に三年生は体育祭の応援練習や衣装作りに夏休み中から入れ込む。それが終わってからも反省会と称して打ち上げをする。誰かの家に集まって()んだり食べたり……。

 先生方もそういう事情を自分たちの経験として知っているから、露骨に禁じたりはしない。口頭で、アルコールは禁じているし、さすがに『裏団費』的なことにだけは目を光らせるけれど。




 私にはもう関係の無いことと思っていたけど……、ペア招待券が郵送されてきた。コレは絶対、慶一さんの『披露宴』を企図したものだ。きっと私達にとっては『疲労宴』になる。


 一応、慶一さんにも、日程を訊いてみるが、金曜夜までは東京出張で、そこで一泊して帰ってくる予定だ。そして出張が長引けば、立場上付き合わざるを得ない。




 送り主は学園祭実行委員会になっているけど、(つむぎ)ちゃんに連絡してみる。


「そういう事情だったら、仕方ないですね。実行委員には私から伝えておく?」


「もしかしたら、昼ぐらいになら慶一さんも行けるかも知れないけど……。ところで、学祭って部外者も行っていいの?」


「昌クンは部外者じゃないから。

 それに、もともと近隣には開放されているし、って言うか、近隣の人はこの日はお昼をここで、って人も多いし。

 招待状なんて本当は要らないんですけどね」


「じゃぁさ、式に来てくれた人たちと一緒に行っても大丈夫かな? 都合は訊いてないし、さすがに聡子(さとこ)さんは金沢だから無理だろうけど」


「多分、いいと思うけど、それも訊いとくね」


「ところで、紬ちゃん。『私』って言ってるし『なのですよ』もやめたんだね」


 訊くと、さすがに高校生になって一人称が『紬』というのはイタいだろうという判断。それに併せてなのです口調も改めることにしたと言う。たまにポロッと言ってしまうこともあるらしいけど。

 どうせなら、昌『クン』もやめて欲しいところ。




 翌日、紬ちゃんからは部外者OKの返事。芸能人並の美人さんという一言が効いたかも知れないという補足が付いたが。


 それぞれ連絡すると、沙耶香(さやか)さんと光紀(みつき)さんは不測の事態に備えてボディガードとして付いてくるとか。この上なく心強い護衛だ。聡子さんは「ちょっと立て込んでるから、行くかどうかは確約できない」と。




 当日は沙耶香さんの運転で、光紀さんとともに学校へ行く。

 門は風船で飾り付けられていて、軽快な音楽が聞こえてくる。さすがに大学の学祭とはスケールが違うけど、近隣住人の姿もチラホラあり、なかなかの盛況ぶりだ。


 門をくぐると、私たちは注目される。

 沙耶香さんは少しカジュアル寄りのパンツスーツ、光紀さんは清楚なツーピース。私はさすがに制服でとは行かないので、生成りのワンピースにサッシュベルト。最近お気に入りの、避暑地のお嬢様ルック風だ。




 連絡がすぐに行ったのだろう。紬ちゃんが生徒玄関でお出迎えだ。そう言えばこのメンバー、全員『血の発現』を経ているんだよね。それだけに目立つ。


 私たちはまず職員室へ挨拶に向かった。担任だった松本先生には挨拶をしておかないと。

 松本先生は席を外していたが、他の先生が電話で呼んでくれ、程なく姿を見せた。


「お久しぶりです。その節は大変ご迷惑をおかけしました」


 通り一遍の挨拶を交わすと、やはり進学について訊かれた。

 さすがに私自身も、高校中退では具合が悪いことぐらい解っている。今年度は無理だが、来年度に高認を受けて、大学受験を考えていることを話した。

 とは言え、子育てしながらだと四年で卒業は難しいだろうし、そもそも通える範囲の国立大学と言えば……、光紀さんと同じ大学になるから、この高校でも上位でないとそうそう合格できない。


「以前にも言ったが、この学校の生徒でなくなっても、私たちの生徒であることには変わりないから、なにか相談事があったら、気軽に尋ねてきて欲しい。これは他の先生方も同じだよ」


 他の先生方も好意的な視線を向ける。

 退学の理由が理由だから、もっと厳しい目が向けられるかと思っていたけど……、時代の変化だろうか?

 私はとびきりの笑顔で「ありがとうございます」と応えた。




 職員室前で待っていた三人の周囲りには、同じクラスだった生徒が幾人も集まっている。そして遠巻きにもいろんな学年からの視線がある。美貌の集団だから当然だ。




 次は保健室へ挨拶だ。


 行く道すがら、職員室でのことを話す。


「じゃぁ昌ちゃん、私の後輩になるのね。

 でもその頃には私は卒業だし……。県職員はやめて、院にでも行こうかしら」


「光紀さん、そんな理由で進路を決めるのはどうかと思いますよ。それに私だって受かるとは限らないですから」


「昌ちゃんなら楽勝でしょ」


 その会話の内容に、上級生の視線が痛い。確かにこの発言、客観的には大甘だ。

 視線の意味は、一年生の一学期に学年トップだった程度で、高校にも通わずに合格できるほど大学受験は甘くないぞ、と言ったところだろう。




 保健室は廊下と違って空調が効いている。寝台が一つうまっているのだろう。カーテンが掛かっている。これだったら神子としての話は出来ないから、紬ちゃんに待ってもらう必要は無かったか。


「お久しぶり、武緖(たけお)さん」


「診断書のとき以来ね、竹内さん」


「今まで通り、沙耶ちゃんでいいわよ」


 気安い関係なのだろうか? 沙耶香さんとこんな話し方をする人はなかなか居ない。そう思っていたら、沙耶香さんが改めて紹介してくれた。


「この人は、村上武緖さん。あ、村上は旧姓だったわね。今は山科さん。私より三級上で、三年間一緒に柔術を学んだのよ」


「勇ましい名前ですけど……、強いんですか?」


 その名前からは、才色兼備の婦人警官のイメージしか浮かばない。いや、山科先生は髪型といい、絶対その人を意識している。


「さすがに、趣味で続けている程度だから、あまり進歩してないわね。今じゃ沙耶ちゃんにはとても敵わないわよ」


 まぁ、沙耶香さんと互角にやれる人なんて、見たこと無いけど。

 沙耶香さんによると、山科さんは、高三時点で光紀さんと同じぐらいの強さで、普通に師範代が出来るそうだ。

 それは……、相当に強い。




「じゃぁ、次席ちゃんはどのぐらい?」


「私たちと違って、何でも出来るから強いわよー。

 今はまだ身体能力頼りで、技に表も裏も無いけど、じき、追い越されるわね」


「それは楽しみね」


 沙耶香さん。ハードルを上げるのはやめて下さい。




 しばらく話した後、それぞれの展示企画を見て歩く。光紀さんは文芸部や漫研を見たいようだ。私もちょっと興味ある。紬ちゃんは既に見ているようだけど。

 沙耶香さんは早々に飽きたのか「昌ちゃんもそこそこ出来るし、ボディガードは光紀ちゃんで十分ね」と言い残すと、どこかへ行ってしまった。


 初めは遠巻きだった文芸部の女の子とも、光紀さんはあっという間に打ち解けてしまう。この辺は人徳だ。

 私との関係を訊かれて、合気柔術仲間であること、今でも大学で合気道を続けていて、ボランティアで指導していることなどを話していたけど……、高校生にとっては大学のネームバリューが一番の関心事だ。憧れの視線を集めている。


 神子の多くは――元も含め――才色兼備の見本のようだけど、光紀さんは特にそうだ。気さくで、誰の心にもスッと入って……。私なんかより、よほど比売神子としての資質があると思う。


 あ、メール着信だ。

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