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ひめみこ  作者: 転々
第二十章 新生活に向けて
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式当日

 いよいよ式当日。私は四時半起きでメイクと着付けだ。

 私の髪は直毛でボリュームもそれほど無いから、アップにまとめるだけ。ウィッグという話もあったけど、あえて何も着けない。


 顔のメイクも、ほとんど必要ない。

 眉と睫は少しチャコール系の色でアクセントをつけるけど、それ以外は控えめなリップとチーク。アイメイクも申し訳程度だ。

 メイクについては衣装選びの際にいろいろ試してもらったけど、バランスが良くなかった。

 顔は、最初に勧められたメイク――陰影を微妙に強調して、少し大人っぽくしてもらうだけ――に落ち着いた。

 でも、これが案外、時間がかかる。化粧映えしない顔だ。




 着付けが終わる頃になって、義祖父ちゃん、義祖母ちゃんもやってくる。

 きっと、心は複雑なはずなのに、私を孫娘として扱い、本当の孫のことのように祝ってくれる二人には「ありがとう」と「ごめんなさい」の言葉しか無い。

 口々に、私の姿を褒めてくれるけど……。


 いや、ここは気分を変えよう。結婚式に集中だ。


 今頃は、慶一さんが婚姻届を出しているはず。時間外受付でも滞らないよう、書類は事前に役所で確認している。

 入籍自体は何時(いつ)しても良いんだけど、こういうのは式と揃えたいから、今日の早朝だ。さすがに提出は羽織袴ではなく礼服だろうから、今頃はそれを終えて着替えをしている最中だろう。きっと緊張しているに違いない。

 よし、だんだん気持ちが盛り上がってきたぞ! 腹が減っては戦は出来ぬ。私は麦茶を一杯飲み、おにぎりとサンドイッチをお腹に入れた。




 私と家族は神前式の場に向かう。私が乗るハイヤーは、乗り込むときに屋根と髪が干渉しない仕掛けが付いている。こういうの、車体構造が弱くなりそうだな、と関係ないことを考えてしまう。

 ちなみに、車は前進あるのみで、往路と復路でも道が重ならないようルートを変える。もと来た道を後戻りしないという験担(げんかつ)ぎだ。




 式場では特筆すべきことは無かった。白無垢を着て、お参りのとき同様に手水を使ってから入場する。

 祝詞(のりと)を聞いた後、杯を交わす。私は口を湿らせる程度だけど。

 なんだか、慌ただしく終わってしまった。




 大変だったのがその後。神殿の中は控え室も含めて空調が効いていたけど、記念撮影のために屋外へ出ると、暑い。とにかく暑い。

 記念撮影も念入りにするから、着物の内側は汗だくだ。私の場合は仕方がなかったとは言え、夏場に神前式は絶対勧められない。




 境内には、それなりに参拝客や観光客がいる。そこで私の容姿はそこそこ注目を集めてしまう。遠目には、日本かぶれの外国人が神前式を、って風に見えてるかも知れない。

 でも、全然関係ない人にも祝福され、微笑ましい視線を受けるのは、神前式ならではだ。

 あ、今、誰かに撮られた。さすがに無断撮影は事案だよね。




 沙耶香さんは筆頭比売神子だから良いとして、光紀さんと聡子(さとこ)さんの姿も境内にある。式の日程自体は伝えてあるけど、披露宴に呼ぶからと、あえて呼んではいなかったのだけど……。

 そして、由美香ちゃん、詩帆ちゃん、紬ちゃんの三人に加え、恵里奈(えりな)ちゃんの姿もある。きっと、由美香ちゃんが連れてきたんだろう。


 まずは、沙耶香さんが代表して「おめでとう」だ。その後、みんなも口々にお祝いを言ってくれる。

 恵里奈ちゃんは「私にはあんなこと言ってたくせに、昌ちゃんはさっさと子どもまでこさえて」と言う。それでも、笑顔で祝ってくれる。


「ところで、どうしてお姉さんもここにいるの?」


 そうだ、恵里奈ちゃんは、光紀さんと私たちが知り合いだと知らなかったんだ。


「同じ柔術サークルの知り合いで、あっちの背の高い人に習ってたんだよ。今は指導する側だけどね」


 そう言うと「世間は狭いわね」と。

 私の仕込みには気づかれていないみたいだ。普通はあんな仕込みしようなんて思わないから、当然と言えば当然か。


 恵里奈ちゃんにも披露宴に来られるかどうか訊いたら、九月から短期の海外留学とのこと。費用は自治体や団体からも出るそうで、応募したら選抜に残れたそうだ。由美香ちゃんによると、高校ではかなり頑張っているらしい。

 何にしても、こうしてまた話せて良かった。きっと、頑張って充実しているからこそ、こうして会いに来られるのだ。




 沙耶香さんは、いつの間にかお祖父ちゃん(高橋翁)と話をしている。あ、慶一さんが手招きしてる。


「ほら、愛する旦那様が呼んでるわよ。

 みんなも、暑いから昌ちゃんを早めに引き上げさせてあげて。こんな日にこの服じゃ、熱中症になっちゃう」


 光紀さんの言で、私は、慶一さんの元に戻った。




 その後はホテルに移動して昼食会。

 お祖父ちゃんは沙耶香さんも呼びたかったみたいだけど、沙耶香さんは「部外者だから」と固辞。確かに、比売神子という繋がりを知る人は慶一さんとお祖父ちゃんだけだ。

 そもそも両家の家族だけの集まりだから、沙耶香さんは不自然だ。実際、小畑家からはお母さんと祖父母のみで、お母さんの両親は出ない。




 慶一さんと私は、今夜泊まる部屋で礼服に替え、食事会場へ向かう。その道すがらエレベータホールで慶一さんがポツリと一言。


「済まない。新婚旅行、行けなくて」


「別にいいですよ。その分、家族旅行に行きましょ」


 私は別に新婚旅行へのこだわりはない。今はお腹の子どもが優先だし、そもそもこの子が出来なければ、まだ結婚してもいなかった。

 何より、人目を忍ぶ逢い引きではなく、堂々と二人で街を歩けるのだ。それが何より嬉しい。そして、これからの人生も二人で歩く。いや、既に三人か。いずれはもっと?


「今、こうして二人で並んでいられることが幸せです」


 こういうことは、キチンと言葉にしておかないとね。




 食事会は、無難に終わった。周と円の、特に周の行儀が悪かった。懐石料理じゃ、子どもは食べられるものが少ないし、時間もかかって退屈するから仕方がないだろう。でも、お義姉さんは周のことが気に入ったのか、遊び相手をしてくれていた。


 料理は、水準以上ではあるけど、まぁまぁと言ったところ。季節も良くない上、北陸の一流どころと比べたら気の毒か。私の舌が贅沢に慣らされているのがいけない。




 食事会も終わり、家族の皆は三々五々。私たちだけが部屋に戻る。

 今朝も早かったし、重たい和装に加え儀式で疲れてしまったから、少し遅めの午睡の時間とした。


 ふと目を覚ますと、隣のベッドで慶一さんが眠っている。

 カーテンの隙間から漏れる光はオレンジ色だ。日が高い時間には光は入ってなかったのに。

 淡い光が白い壁にあたり、それに照らされた寝台は独特の雰囲気を醸している。


 うーん。この隣に入りたい。触れたい。くっつきたい。

 でも、男の立場だと「その気がないなら、その気にさせるな」だろう。いや、その気はあるよ。すごくある。でも、今はするわけにいかない。予定日は二月二十日。それから無事に一回来てからだから、実質、今年度中はほぼ諦めないといけない。せっかく結婚したのに。


 その切なさにじっと見ていたら、慶一さんが目を覚ました。


「ごめんなさい。起こしてしまいました?」


「いや。ん? もうこんな時間か。

 でも、あまりお腹が空いてないな」


「でも、ここじゃ、何もすることがないですね」


「ま、のんびりテレビでも視るか」




 と言っても、あまり面白い番組は無い。まだしも面白いのはEテレの子ども向け番組か。テレビを視るともなくつける。


 間接照明の如く、テレビを流しながら、今後について二人で話す。ほとんどは沙耶香さんとお祖父ちゃんを交えて話したことの確認だ。


 私の比売神子としての収入。月に一、二度は合宿へ行くこと。

 今日来てくれた人のうち、大学生二人と高校生一人が神子であること。紬ちゃんは神子として認められていないけど能力はそうだ。

 最も重要なこととして、生まれた子どもがほぼ確実に神子になること。その結果として、姿がある程度変わってしまうこと。


「確かに、一際目立つ美人ばかりだったね。

 でも、この子が女の子だったら、同じようになるんだね」


「そうです。髪や目の色が変わったり、そうで無くても整形疑惑が出るほど姿が変わったり……」


「姿が変わっても、家族は家族だ。美人になるならいいんじゃないかな? きっと、美人母子(おやこ)って噂になるよ」


「自分で言うのもアレですけど、どっちかというと、美人姉妹に見えちゃうかも知れません。私の外見は、向こう二十年ぐらいは、ここから大きくは変わらないらしいです。そうでなくても童顔だし」


「それは……、ちょっと困るかな。

 秘書からも言われたけど、披露宴では犯罪者扱いされそうだ」


「少なくとも、ロリコンの(そし)りは免れませんね」


「それに、君が誰かに()られるんじゃないかと、いつも心配になりそうだ」


「大丈夫。私の心はあなたと共に在りますから」


「昌さん」


「『さん』は余計」


「昌」


「慶一さん……」




 さすがに、最後までいたしませんでしたよ。お腹の子に障りますから。

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― 新着の感想 ―
[一言]  楽しく読ませていただいています。  作者様 お疲れ様です、ありがとうございます。
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