式を前に
和装、どうしよう。
ある程度は覚悟してたけど、似合わない。神前式用に合わせてみたが難しい。式自体は白無垢に角隠しだから、選択の余地がないのがある意味救いだ。
まだしも、落ち着いた色の方が似合うだろう。でもこれは、例えば成人式に着るような柄かというと、ちょっと違う気がする。テレビに出ている新成人と比べてだけど。
沙耶香さんはどんなの選んだのかな。
沙耶香さんに成人式の写真を見せてもらったけど、艶やかな柄の振袖に目的不明のもふもふ。一般的な成人式ルックだが、とにかく似合っていない。
周りの新成人より二回りぐらい大柄な上、日本人離れした体型だからだ。外国人観光客が、キモノにチャレンジしてみました、みたいだ。
正直、参考にならない。
「血が出る前の『前世』のは?」
「私は、過去の無い女よ」
見せてくれませんでした。
「ところで、昌ちゃんの成人式、振袖じゃないわよ」
「え? 神子だと違うんですか? でも、沙耶香さんは振袖でしたよね」
沙耶香さんから聞くと、振袖は未婚女性の正装で、既婚女性は留袖か訪問着になるとか。とりあえず、礼服として留袖を準備することを勧められる。
後日、呉服屋さんにお母さんと。
色留袖でもいいけど、やはり格式を考えると黒留袖ということに。
あまり選択の余地無く、黒地に裾の方から銀色系の柄が立ち上がる生地を選んだ。いろいろ迷ったけど、私の髪色ではまだしもこれがマシだったのだ。店員さんが勧めた、金糸が混ざったものも当ててみたけど、イマイチだった。
帯なども裾の柄に合わせて選ぶ。こちらは微妙に金糸が混ざるけど、基本は織り方のテクスチャーで、柄を表現しているので、遠目には目立たない。
意外にも、黒地の振袖もあるが、大きな柄が上半身にまである。しかも赤系の面積の方が大きく、私には似合わないだろう。
お店の人は「よくお似合いですよ」と言うけど、これは商売用の対応だろう。似合わないことは自分でも判っている。
こういうの、光紀さんや直子さんだったらすごく似合うだろうな、と想像する。かといって、黒髪のウィッグを着けるのも変だ。
いざ発注の段で、納期と金額に驚く。着物って高い。普通に七桁、車が買える。ここに来て、値段を気にせず話を進めていたことに気づく。これは……、お店の人がもう一着勧めるはずだ。
領収書が欲しくなるのは、私がその価値を理解できていないからだろう。
ちなみに、和装はレンタルするだけでも、着付けとヘアメイクを合わせて六桁に届くことも珍しくないらしい。吊るしの礼服なら何着買えるだろうか。
でも、着物の償却を考えると、妥当なのかも知れない。貸衣装の減価償却って何年だろう。
「散財させちゃったね」
「仕方ないわよ。どうせ要るものだし。いずれ一着は持っておくべきものよ。大事にすれば、自動車よりも長持ちするし」
「まぁ、そうだけどさ。こんなに高いものだと知ってたら、もう少し別の選び方をしたよ」
「いーの、いーの。お父さんからの結婚祝いよ」
うーん。確かに『昌幸』が存命だったら、買ったかも知れない。
帰宅して夕食後、沙耶香さんと取り決めた話を切り出すことにした。正直、言い出しにくくて、伸ばし伸ばしになっていたが、こういうことは早めに言っておかないと。
「お母さん。ちょっと」
「何? 昌」
「今後のこと、というか、お金のこと」
私は、神子となったときに発生した『昌幸の遺産』と称したお金を、周、円に譲渡することを話す。そして、今回ばかりは、申告しないといけないことも。
「ごめん。もう、二人の『父親』としての務めは、こんな形でしか果たせない。うぅん、前からそうだったけど。それに、今はどうしたって優先順位がこっちなんだ」
私は、自分のお腹に手を当てる。
「うん。解るわ。
それはものすごく自然なこと。母親になるっていうのはそういうことなの。男には実感できないことだけど。
貴女は、両方の立場を知っているから、きっといいお母さんになれるわ」
「……ありがとう。でも、本当にごめん」
涙がぼろぼろ出る。お母さんの目も赤い。
「ほら、そんなの胎教に悪いわよ。笑顔でいなさい。
母親は、それぐらいのことで泣いたりしないの。笑って」
そう言うと、私の両頬をつまんで少し上に引っ張る。微妙に痛い。
「今の私の状態はね、究極の『亭主元気で留守がいい』よ。これで案外妬まれてるのよ」
お母さんも悪戯っぽい笑顔で言う。多分、あえてそういう言い方をしてるんだろう。
「自分がこうなったから言うわけじゃないけど、お母さんも恋をして、再婚しても、心から祝福するよ」
「まぁ、それも悪くないけど、相当イイ男じゃないと、私は落とせないわよ。どうしたって『あの人』と比べちゃうから。
幸せにならないと、承知しないわよ。昌」
「ありがとう。お母さん。
でも、結婚前夜みたいな会話だね」
「言われてみればそうね。ほら、笑顔笑顔」
ちょっと痛む頬を両手で挟む。
既に寝室では、周と円が眠っている。こうして家族が一部屋で並んで眠るのも、あと一月ぐらいか……。