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ひめみこ  作者: 転々
第二十章 新生活に向けて
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大事な話

 結婚の話も具体的に進むが、ここで一つ懸念事項。お金のことだ。


「沙耶香さん。私の収入のことも含めて、比売神子のこと、どこまで伝えましょう? 配偶者控除とか気軽にしたら、脱税しちゃうかも知れません」


「そうね。幸い高橋翁が関係者と言って良いですから、既に知っている範囲で高橋さん(フィアンセ)とだけは、情報を共有すべきかも知れませんね。

 実際、高桑さんや宗像さんも、夫にはある程度のことは知らせているようですから」


 とりあえず、慶一さんとお祖父ちゃん、沙耶香さん、私の四人で話す機会を設けることになった。


 それとは別に、『私』の収入を補填する手当。支度金は手つかずだけど、比売神子としてのとは別の、月々五十万の手当は現在も続いている。


「出来れば、この手当については、周と円に半々で渡したいんですが……」


「それは構わないわ。ただし、月々にその金額というのは不自然だから、ある程度は一括ね。今回は税金もかかるけど、これは仕方ないわね。

 月々は渚さんの口座になるかしら。期間は二人が大学を卒業する年齢までを見込んで。

 どうしてもと言うなら、貴女が現金で渡してもいいけど、脱税になるから勧められません」


 それでも総額で二億近いだろう。家族の今後の生活費としてはもちろん、社会に大きな変動が無い限り、二人の進学にも心配は無い。と言うより、『私』が存命していたときよりも金額は大きい。




 私たちは、慶一さんとお祖父ちゃんとの会談を持った。


「お久しぶりです、先生。ご健康そうで何よりです」


「沙耶香嬢も健康で何より。

 いや、今は比売神子様とお呼びすべきかな?」


「その呼び方は、私には過分です。前筆頭比売神子様が現役のうちは、昔のままでお願いします。

 それに、次に比売神子様と呼ばれることになるのは、私ではないと思いますから」


 沙耶香さんは私を一瞥する。


「それほどの娘が、慶一に、か」


 慶一さんだけが会話から取り残されている。




「改めて、ご挨拶いたします。

 竹内沙耶香と申します。

 比売神子と呼ばれる女性達を束ねる立場にあります。先ほど申し上げた通り、ここでの話は他言無用にてお願いいたします」


「はい」


 慶一さんは神妙な面持ちで承諾する。




 まずはお祖父ちゃんから慶一さんに比売神子の概要を説明してもらった。あからさまな認識違いが出るよりも、それに沿って説明した方が良いという沙耶香さんの判断だ。


 お祖父ちゃんの話す内容は、初めてお会いしたときと同様だった。沙耶香さんはそこに、過去の比売神子の役割、現在は開店休業状態にあることを付け加える。加えて、今日では研究の対象となっていることを付け加える。

 更に、神子には職業選択にある程度の制限が加わるものの、国から補助があることなど。




「私たちの細胞は、一般人に比べて強靱で、病気になりにくく、若さを長期間保ちます。

 中にはそれを、人類進化の一階梯と言う人もいます」


「加えて、知性じゃな」


 お祖父ちゃんが付け加える。


「そうですね。特に昌ちゃんはそれが先鋭的でしょうか。

 知的能力は、数学や物理学を大学の学部生に教えるレベルです。実際、経済学部生に数理統計学の解説をしていましたし」


「数理統計学って言うと、測度論とか?」


 慶一さんの言葉に私は頷いた。


「私が友達に解説していたのはルベグ積分の入り口までですが」


「各点収束とか一様収束って言われて、ピンとくる?」


「極限と積分記号の入れ替えに関わってきますね」


 それを聞いた慶一さんは天を仰ぐと「俺、ここは結局投げちゃったんだよな」と呟く。

 一人称が学生時代に戻っている。


「正直、私も解説していた内容は理解できませんでした。知性は学部生の大半が投げてしまうレベルの専門書を読めるほどです」


「では、運動はどうかな? 柔術を沙耶香嬢が教えているということだが?」


「身体能力は、素の状態でスポーツ選手に迫る領域ですね。

 柔術でも、近い間合いなら私に一日の長がありますが、遠い間合いから疾さで押されると、正直、分が悪いでしょうか」


「ほぉ」


 お祖父ちゃんは驚くけど、その遠い間合いを保たせてくれないんだよね。


 慶一さんはそのやり取りについて行けない。「正直、基準が解らないのだけど、具体的にどれぐらいの強さだい?」と言うけど、それは、私もよく解らない。


「私と違って、何でも出来るから強いわよ。

 柔道や合気道だったら、並の技量では……、そうね、段位を取りました、って程度だったら、昌ちゃんを捕まえるどころか、触ることもできないでしょうね。

 空手やボクシングなら逆に、密着して相手に技を使わせずに完封するでしょうし」


 そんな風に言われても実感が無い。沙耶香さんはもちろん、光紀さんが相手でも、一方的に転がされるんだから。

 分が悪い、と言っても、相性が悪いというだけで、私のチョキより沙耶香さんのパーの方が強いと思う。チョキが握りつぶされてグーになるところを想像してしまう。


「話がどんどん逸れてませんか?」


「そうね。話を戻しましょうか」


 話は、神子と比売神子の条件に戻る。




「ところで、先ほどから気になっていたのですが……。

 そもそも『格』とはなんですか? そして、どうやって神子を見つけるのですか?」


 沙耶香さんは「良い質問ね」と言うと、説明を続けた。

 一般人が神子となるとき、細胞レベルで身体が神子として作り替えられること。その際、短くて一週間、長ければ一月近く体調を崩し、ときに意識を失うこともあること。入院した患者で神子としての『格』を得た者と面談し、調査することなどを話した。


「それだと、調査から漏れる神子もいるのではないですか?」


「その通りです。実際、昌ちゃんの身近にもいました」


「慶一さんも会ってますよ。研究発表のとき同じ班だった紬ちゃん。私より少し背が高くて、目がクリっとしていて、髪が少し茶色っぽい子ですけど、憶えていますか?」


 私が補足すると、思い出したように「あぁ」と頷く。


「それで、『格』というのは?」


 沙耶香さんは、例によって「説明するより感じてもらった方が早いわね」と言うと、微妙に格を放出する。


「祖父みたいです。こんな人が他にも居るのは驚きです」


 慶一さんが言うけど、私に言わせれば、神子でもないお祖父ちゃんが『格』を発することの方が驚きだ。


「慶一、少し離れておれ」


 慶一さんが部屋の隅に行くと、目を閉じて『格』を発する。結構強い。高桑さんや宗像さんよりは弱いけど、留美子さんに近いレベルだ。


「儂は、このぐらいが精一杯じゃな」


 お祖父ちゃんの額には汗が浮いている。


「武道などを極めて尚、修練を積み重ねることで、こういう力を得ることがあります。

 私たち『神子』は、身体が『神子』となったその日から、これを纏うことが出来ます。コントロールには訓練が要りますが……。

 比売神子の最低ラインが先生の三倍程度、現在の私の全力が五倍から六倍ぐらいでしょうか。

 これが昌ちゃんになると、『神子』として目覚めたその日で私以上。現在は更に五割増しから八割増しぐらいですね。もっとも、全力がどこまでかは私も知らないのですが」


「沙耶香さんの全力の倍に届くかどうか、といったところです」


 お祖父ちゃんは声もない。


「昌ちゃんの、神子としての『格』は、群を抜いています。歴史上でも十人、いえ、片手に入るかも知れませんね」




 その後、月一ぐらいで神子の合宿が行われること、私の収入のこと、加えて最も重要な項目として、私が女児を産んだら、その子が高い確率で『神子』になるだろうことを話す。


「私が慶一さんからの申し込みに、すぐに応えられなかった理由にはこれもあります。

 子どもが、面影を残すものの別の人間に変わってしまいますから。

 私自身も、顔立ち自体は大きく変わりませんでしたが、髪の色はこの通りです。生まれたときは黒髪だったんですけど」




 慶一さんは驚きを隠せないようだったが「俺が君を好きになったのは、君が『神子』だからでも美人だからでもないよ」と言う。

 全く、ええ格好しいだ。でも、ちょっと嬉しい。




 慶一さんたちと別れて、沙耶香さんの車で帰途につく。


「沙耶香さん、歴史上十人とか、五本指って、少し盛りすぎじゃないかと?」


「別に、盛ってないわよ」


 一般に『神子』の『格』は、変容が大きいほど高くなる。例外は私のような出自を持った『神子』の娘だ。そして、現代ほどの医療を受けられない時代、それこそ点滴がなかった時代だと、高い資質を持つほど、変容で命を落とす確率が高かった。

 男児が『神子』となる例が少ないのも、同様の理由だろう。


「ってことは、もしかしたら男の子が生まれても?」


「そんなの、ほとんど誤差の範囲よ。今、日本に五千万人以上男性がいるけど、『神子』は貴女だけでしょ」


 そりゃそうだけど。

 うーん、産み分けって出来るのかな?

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