表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ひめみこ  作者: 転々
第二十章 新生活に向けて
170/202

運転免許

 日付けは少し遡り七月の末のこと。


「沙耶香さん、運転免許が欲しいんですけど」


「昌ちゃんなら、試験場一発でいんじゃない?」


「それ、すごく不自然ですよ。比売神子の何かでチョイチョイとはいかないですか?」


「それは、やめた方がいいわね。

 やってやれないこともないけど……、ルールに則って出来ることは、その方がいいわよ。特に公的な記録が残るものは」


 それもそうだ。

 でも、病院に行くことを考えたら、私も足が無いと不便だ。結婚した後だとお腹も大きくなりだすから、シートベルトを着けられない。

 教習途中で戸籍が変わっても面倒だから、小畑昌のうちに取るべきだろう。




 私は自動車学校に入学した。ここならスクールバスもあるし、少し無理すれば自転車でも通える。

 大学生に混じって講義を受ける。でも、なんかねぇ。当たり前のように視線を感じる。


 通い始めて三日目、予想通りナンパ男が声をかけてきた。

 とりあえず今回は英語で華麗に撃退した。

 まぁ、テンプレだ。この時期にってことは大学生のはずなのに、この程度の英語でオタつくなんて、義務教育レベルも怪しい。

 それ以前に、漢字仮名交じりのテキストを持って日本語の講義を受けているのだから、日本語を解することは明らかだろうに。




 そういう些末なトラブルもありながら、自動車学校は順調に進む。

 私のような少女が、マニュアルで免許というのが、教官には物珍し気だったようだけど、実車二時間目で納得された。

 一定の舵角でカーブを曲がる、一定の制動力で狙ったところに停止する。身につけてしまえば、意識しなくても出来ることだけど、ある程度は意識して練習しないと、微調整に甘えてしまうのでなかなか身につかない。


 多分、無免許運転してたと思われてるだろうなぁ。『私』には運転経験どころか、ジムカーナの練習経験もある。ハンドル捌きやペダルのタッチは、既に免許を持っている人の大半よりも上だろう。

 仮免まではあっという間だ。この調子なら盆明けには卒業、八月中には免許取得できそうだ。




 慶一さんに自動車学校の話をしたからだろう、カタログの束を渡された。アウディにメルセデスにボルボ……、カタログが入った封筒は全て輸入車ディーラーのそれ。でもね、どれ一台見ても、十代の少女が乗る車じゃないと思う。

 個人的にはカブリオレクーペが欲しいけど、チャイルドシートを着けることを考えれば、セダンかハッチバック、ステーションワゴンか。


「国産の、あまり大きすぎないのがいいです」


 私がそう言うと、少し残念そうだ。

 慶一さんは、立場上国産車を使わざるを得ないから、私の車と称して自分が乗りたい車を推してきたのだろうけど、公的には無職の私には、明らかに分不相応だ。


 翌週、慶一さんが持ってきたのはスバル。リセールは悪いけど、安全性と四駆の性能には定評がある。まぁ、無難なところか。いかにも生産技術課な人が好みそうだ。

 でも、買うのは排気量が小さくて軽い方のグレードだからね。使い切れないパワーは無駄なだけだし。




 その後も自動車学校は続く。何度かナンパを躱していたが、しつこいのが一人いた。それも、婚約者がいることを指輪で示してなんとか撃退する。

 でも、たまたま水曜日で、慶一さんに迎えに来てもらう日だったから良かったけど、そうでなかったらかなり面倒だったかも知れない。


 トラブルはあったけど、盆明けには自動車学校を無事卒業した。




 翌週は運転免許センターへ。少し辺鄙な所にある。平日だけど、朝は慶一さんに送ってもらい、帰りは沙耶香さんに迎えに来てもらえる。


 試験は問題なく終了。お弁当を食べた後、免許証の交付を受けた。でも、この免許証の名前はあと一月ほどで変更になる。ちょっと感慨深いかも。




 受付前のロビーへと階段を降りると、沙耶香さんが立っていた。その存在感ある姿はやはり目立つ。男性どころか、女性までもがその姿をチラ見していく。

 私の姿を認めたのか、小さく手を振ってから階段の降り口近くまで来た。


「試験、大丈夫だった?」


「私が落ちるわけないでしょ」


「それもそうね。お昼は?」


「お弁当を食べました」


「じゃ、喫茶店でも行きましょっか。甘いものなら入るでしょ?」


「沙耶香さん、お昼、まだだったんですか?」


「ちょっと、食べそびれちゃって。

 あ、免許取得祝いに、プレゼントがあるわよ」


「落ちるとか、考えなかったんですか?」


「落ちるわけないって、自分で言ってたでしょ。

 こんなとこで立ち話もアレだし、出ましょうか」




 免許センターを出て駐車場に行くと、あれは!


「沙耶香さん。大好きです!」


「ようやく、預かってたもの、返せる日が来たわね」と、私にキーを渡してくれる。「予定よりも早かったけど」という言葉を背後に聞きつつ、はやる気持ちのままにドアを開ける。

 あれ? こんな部品付いてなかったけど。


「ごめんなさい。安全のためにロールバーを着けさせてもらったわ。現実にはまず無いとは思うけど、横転する可能性だってあるから」


 うーん。足下にもバーがあるから、スカートは無理だ。私は小柄だからいいとしても、沙耶香さんは……。と思ったら、器用に臑をそろえたまま助手席で九十度回転する。確かに、女性としては大柄でも、成人男性よりは一回り以上小さい。




 エンジンをかけて発進。ロールバーのおかげか、段差を踏んだときや旋回時も、車体がよじれる感じが無い。うん。いい感じだ。これがあるなら新車の必要は……、と思ったけど、これじゃチャイルドシートを着けられない。




「沙耶香さん、何、食べます?」


 国道に出てすぐに訊いてみる。


「この時間だと、チェーン店か喫茶店ぐらいしか開いてないから、見つけたらそこに入りましょ。

 っと、百メーターちょっと先に珈琲屋さんがあるわ。あの看板」


 駐車場に停め、降りようとしてロールバーに足がぶつかる。これは慣れるまでは危険だ。と言うより、他人を乗せる車じゃないな。

 沙耶香さんを真似て、足を揃えて九十度回転。お淑やかに降りる。




 沙耶香さんはスペシャルブレンド、それとは別にオニオングラタンスープ。私は例によってほうじ茶を選ぶ。カフェイン無しのコーヒーもあるけど、あれはイマイチだ。

 更にホットサンド、フレンチトースト、サラダをシェアする。


 妊娠すると味覚が変わって、酸っぱいものが欲しくなると言うけど、私の場合は濃い甘みや、逆にスパイシーな刺激を欲する。でもこれらは、特に刺激物は、妊娠中は避けた方がいいんだよね。


 喫茶店では今後の予定を話す。ちょっと困るのが神前式での髪。この髪色では日本髪どころか、アップでさえ違和感がある。チャペルでドレスだったら大抵の髪型が大丈夫なのに……。

 沙耶香さんは、降ろすか一本に結って、比売神子の正装を推すけど……、確かに和装ではあれが一番しっくりくるのは確かだ。でも、神前式でそれは無いだろう。




 気がつくと、世間話でもう夕方だ。

 慌てて沙耶香さんを車で送る。

 でも、いつの間にか二時間以上も雑談を出来るようになってる。気がつかないうちに、私も成長している。




 私は慶一さんに、無事免許を取得できたことを連絡し、帰路についた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ