外出 その四 お食事
テンプレイベントをこなしたら、もうお昼近かった。
「さて、何を食べましょうか」
沙耶香さんが訊きながらこちらを見る。
「まだ入院中ですし、軽いものの方が良いかなと思います。
食事が普通になって三日目ですから、油モノや刺激物は避けた方が良さそうですね」
「それを言いだしたら、食べられるものが無いわよ」
「うどんとか蕎麦とか、でも新蕎麦の季節はまだ先だし、豆腐メインの懐石とか、精進料理を食べられる宿坊とか……、でもこの辺に参拝するようなお寺とかって無いから、宿坊は無理か」
「色気がない食べ物ばかりね。お年寄りみたい」
「中身はオッサンですから」
「まぁ良いわ、ちょっと良い店に心当たりがあるから」
着いたのは小料理屋といった風情の店だった。
「予約してないですけど、二人、大丈夫かしら?」
カウンター席ならということで、二人並んで座った。
「良さそうな店ですね」
私が言うと、沙耶香さんもにこっと笑って「まぁね」と応じた。
コースを見ると、弁当、点心、ミニ懐石……。そこより上は多分食べきれないだろう。昨日の様子だと、ミニ懐石でも無理かも。
でも弁当や点心だと品数的にちょっと物足りない。こういう店では椀ものが無いとね。
というわけで、二人ともミニ懐石とした。
「お飲み物は?」
訊かれて思わず「生、中」と言いそうになったが、午後から検診がある。呑むわけにいかない。
沙耶香さんは冷酒の一覧をチラチラ横目で見ている。
「気にせず飲んじゃって下さい。帰りは私が運転しますから」
しかし、私の悪魔――せいぜい、小悪魔か――の囁きを強い意志でねじ伏せ、アルコールなしで食べることにしたようだ。
先付けは、野菜のゼリーか煮こごりみたいなもの。透明な中に緑やオレンジ色が涼しげで美しい。季節は秋だけど、こういう初夏の色合いもいい。
一口食べると美味しい! 車エビだ。すり身と野菜をきれいに寒天で固めてある。出汁も程よく、控えめに効かせたショウガと、上に乗ったミョウガが絶妙! 一口食べたら胃袋が目を覚ます。
「沙耶香さん! 美味しいです」
その気になれば二口で食べられそうな大きさだけど、もったいなくて少しずつ食べる。あまりの美味しさに脚をぶらぶらさせてしまい、沙耶香さんの注意が入る。
椀はモズクを練り込んだしんじょう。
まずお汁を一口。昆布の出汁と鰹の香りが口の中に広がる。そしてしんじょうを一口。美味しい!
「沙耶香さん! しんじょう、ふわふわです!」
「いちいち、報告しなくて良いから。
でも、おいしいものを食べてるときの表情は年相応ね」
「年相応って、そんなに子どもっぽい反応してましたか?」
「基本的な所作が身についているのに、思わず『美味しい』が表情や仕草に出るのが可愛いのよ」
「『可愛い』ですか……。
それは誉め言葉なんですよね。分かってはいるんですけど、なかなか受け容れ難くて。でも、それにも慣れて行かなくちゃいけないことも分かっているけど……」
「そうよ。
今日も本当はフードコートなりレストランなりを考えていたけど。あまり人目があるところはまだ早そうだったから、この店にしたの。
出来れば部屋が良かったけど、予約で埋まってたみたいだから」
「いろいろ、気を遣ってくれてるんですね」
「女としては人生の先輩ですから。
ほらほら、せっかくおいしいものを食べるんだから、そんな顔しないで」
しんじょうを黙々と食べる。美味しい。もう、滋味が五臓六腑に染み渡るようだ。それだけで顔がほころぶ。やっぱり美味しい料理は正義だ!
続けて造り。鰯と鯛、そして多分鮃の昆布締め。まずは鰯にショウガを乗せて一口。全然生臭くないってことは良いものを使ってる。
次は鯛にワサビをちょこんとのせて醤油に触れさせると、水面に脂が広がる。口に入れるとほのかに甘みのある旨み。
昆布締めは魚と昆布の折り重なった旨みが口の中でほつれるように広がる。うーん幸せ。
ラストは焼き物、揚げ物、煮物などの盛り合わせ。そろそろお腹も膨れてきたし、油ものはどうかなぁ?
でも、このエビの天ぷら美味しそう。ぱっと見ミニサイズのエビフライだけど、衣はパン粉じゃない。キビか砕いた米だ。これを抹茶塩で食べるのだろう。
食べたい。絶対美味しいに決まってる。でも油ものだし……。
「迷うなら、食べたら?」
「でも、油ものですよ。病院食はまだ柔らかめのものが出てましたよ」
「脂ののったお造りを食べといて今更心配するの? 胃袋には内緒にしといてあげるから、食べちゃいなさい。
食べないんだったら、私がもらっちゃうわよ」
「食べます!」
結局、その後の食事、水菓子と完食してしまった……。はぁ。でも美味しかった。食べ過ぎてお腹が痛い。まともに懐石を頼んだら、絶対に食べきれなかった。
「会計しておくから、車のエアコン効かせておいて」
沙耶香さんは五分ほど遅れて車に来た。
「お待たせー。ちょっと女将と話し込んじゃった」
どうやら、女将が私のことを訊いてきたらしい。単純に見た目がこれで、和食を食べ慣れた挙措とのミスマッチが気になったという。
「やんごとない御方の御学友ということにしておいたわ。こうしておけば、余計な詮索はされないでしょ」
「それだと、私が今度行くときに困りますよ。名前を名乗れないんじゃ、予約もできません」
「だったら、私の名前で予約してもいいわよ。それに、今度行くときには髪も伸びているでしょうし、本来の髪の色なら分かりませんよ。
大丈夫。貴女の性別と中身に疑いを持つ人はいませんから」
それはそうだろう。そういうことを考える方がおかしい。
帰路は、食べ過ぎに苦しむ私に気を遣ったのか、おとなしめの運転だった。でも、こんな状態で検診なんて大丈夫かな?




