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ひめみこ  作者: 転々
第二十章 新生活に向けて
169/202

福井にて

 入浴後はそのまま食事。

 いつもならアルコールが入るところだけど、私はアップルジュース。おなかの赤ちゃんに(さわ)るからね。


 光紀さんも私への気遣いか、食前酒以外のアルコールは無し。




 福井の山の方といえば、油揚げのイメージがあったのだけど、料理自体は普通の和食。文化的に近いからか、京料理の流れを酌むが、全体的に地味だ。

 それでも、北陸の食事は美味しい。同じレベルのものを都市部で食べようと思ったら大変だ。特に、先付けに出た手まり寿司は美味しかった。椀ものとは別に箸休め的に出た更科蕎麦も美味しい。


 越前蕎麦というと『挽きぐるみ』のイメージがあったけど、私はこの更科の方が好きだ。特に新蕎麦の時期に、実のいいところだけを使った、淡く緑がかったのが最高。

 もう一度、今度は秋の終わり頃というのもいいかな。




 今回は、食後の部屋呑みも無し。直子さんと留美子さんあたりはしてそうだけど、私は早めに寝るという健康的な宿泊だ。

 あのメンバーでは、光紀さんと長いのは直子さんか。優奈さんは歳が離れてたせいか、今までもあまり話している様子は無かった。きっと、今夜は光紀さんの部屋か直子さんの部屋で、旧交を温めているのだろう。

 聡子さんや千鶴さんも来てたら、どんな感じだったんだろ?




『私』のことを知っているのは沙耶香さんと光紀さんだけ。

 舞ちゃん以外もある程度のことは知っているが、妊娠に一番驚いていたのが舞ちゃんで、他の神子たちはそこまでではなかった。

 みんなから見ても、私はそういう風に見えているということか。


 時計は十時を回る。私は慶一さんにメールを送り電気を消した。




 翌朝は八時から朝食。ここでもビュッフェ形式だ。

 でも、今回からは控えめな食事。和食で、おかずは野菜と大豆タンパクを中心に。特に朝食では、香辛料たっぷりの加工肉やカレーなどの刺激物を避ける。本当はすごく食べたいけど。


 午前の勉強では、光紀さんも強力な助っ人だ。初見では難しい整数問題はともかく、微積分野のようなパターンの暗記で対応できるところはさらりと解いてくれる。

 でも、光紀さんも私に大学で使ってるテキストを見せる。ガチの数学。証明の解説には一時間では足りない。




「昌ちゃん。大学の数学って、あんなの? 光紀ちゃんって文系だったよね?」


 直子さんが心配そうに訊く。


「あ、これは特別です。こんなのは、やるとしても数学科か経済でも一部だけで、普通はここまでしませんよ」


「何やってるの?」


「高校で言うと、統計と積分の延長です。

 本当にこの方法で計算できるかどうかを、厳密に扱っているだけで、実際はここまでの必要は無いです。

 ただ、使う上で知識としては必要なので」


「書いてるノートが、既に日本語じゃ無いし」


「大学は、こんな感じですよ。特に自然科学系は英語必須です。教科書や参考書が英語ってこともありますし」


「ぅゎぁ……」


 直子さんと留美子さんはちょっと引き気味。彼女たちにとって、大学は遊びに行くところだったのだろう。


「大丈夫! 普通の学部生で光紀さん並みに勉強してる人は少数派ですから。

 実際、光紀さんが一年のときに手伝ったレポートですけど、同じ学部でちゃんとかけた人はほぼいないと思います」


「そうね。

 提出した後、先生から『誰に手伝ってもらったのかしら』って訊かれたわ」


「どう答えたんです?」


「別の大学で理学部を卒業した人、って。

 実際問題、同じ経済学部でレポートをちゃんと出せた学生は、ほぼゼロだったみたいだし」


 うん。あれは数学科とかでも一年や二年じゃキツいと思う。

 でも、現実にはほぼ全ての学部で数学は必要だ。数理モデルに落とし込まれたものを扱う以上は欠かせないし、特に変化の仕方や結果を知るには、微積は不可欠だ。


「とりあえず、どこ行くにしても英語と数学はやっといた方がいいわね。大学でも要るし、数学が出来れば、文系でも選択肢が拡がるから」


 現役学生の光紀さんが言うと、別の説得力がある。

 沙耶香さんは……、理系科目では苦しんだらしく、ある程度のところで見切りをつけたらしいから、この辺は弱い。

 後任の指導という点では、光紀さんは十分に比売神子としての資質があると思う。あの悪ノリさえ無ければ。




 時刻は昼上がり。勉強道具を片付けて観光だ。と言っても、天気がぱっとしない上、暑い。市街地まで出るのも大変なので、恐竜博物館へ行くことに。


 途中、なぜかファミレスっぽいラーメン屋さんで昼食。

 昼間から餃子とかはアレなので、私は塩ラーメンとチャーハンが各々半分になったものを頼む。皆も似たようなメニュー。なぜか冷やし中華が居ない。女子は冷やし中華のイメージなのに。


 ラーメンには野菜が山盛りだ。

 食べてみると案外美味しい。変なクセも無い万人向けの味だ。この店構えなら、女子お一人様でもギリギリかな?


 ちょっと興味を惹いたのは、野菜ラーメンの麺なし、そう。麺なしである。この、ラーメン屋であることを放棄したメニューは何だろう。野菜スープという名前ではダメなのか? 誰も頼んでいる様子は無いけど……。




 恐竜博物館に到着。辺鄙(へんぴ)なところなのに、駐車場はかなり混んでいる。恐竜を扱った博物館としては、国内で最も充実した施設の一つで、世界的にも有名らしい。


 建物に入ってみると『なるほど』だ。

 長いエスカレーター――妊婦にはちょっと怖い――で降り、最深部から順に時代を上って行く。ロボットを使った恐竜の展示に、化石のレプリカと実物……、地味なところでは鉱物の展示なども。


 駅でも電車を降りたところから恐竜推しだったけど、なるほどこれは素晴らしい。小中学校あたりなら、遠足はここで決まりだろう。




 三時間近くかけて見学したら、今夜は市内で宿泊。

 泊まりは夕食無しなので、途中で食べるわけだけど……、みんなで何にするか相談(多数決)だ。


 ガイドブックによるとB級グルメが美味しいらしい。

 蕎麦、鯖、ソースカツ……。あ、焼き鳥もあるのか。でも、行ったら呑みたくなっちゃうだろうなぁ。


 結局、夕食はソースカツになった。うーん。せっかく北陸なのに、福井ならカニか鯖なのに。ちなみに、直子さんは一人だけ焼き鳥を推していた。でも、女子――しかも未成年を含む――の団体が行く店じゃないと思う。




 到着すると、古き良き昭和な店構えだ。都市部以外ではファミレスチェーンに駆逐されつつある洋食屋さん。

 入り口の前からソースカツ推しだ。メニューも同様。普通の洋定食的なメニューもあるけど、とにかくソースカツ推し。

 でも私はあえてミックスカツを選ぶ。優柔不断なので、いろいろな味を楽しめるのがいいのだ。


 味は、うーん。好みが分かれるかな?

 パン粉は粒子が細かめで、ソースがたっぷり。そのソースが甘い。見た目と味に反して、案外ペロリと食べられてしまう。

 多分、食べ慣れるとやみつきになってしまう系統なのだろう。


 B級グルメで高い支持を集めるものは、好みは分かれるけど、はまったらどっぷりという例が多い。




 その夜は、部屋で結構遅くまで光紀さんと話し込んでしまった。

 翌朝、留美子さんから「何を話してたの?」と訊かれたけど……ちょっと答えづらい。

 光紀さんはすました顔で「一昨日言った、下ネタに関すること。十八歳以下には聞かせられません」と。そんな話は全然、いや、少しはあったけど、主に生き方と将来の話だったぞ。

 でも、結局あの下品なシモネタのこと、二人にも言ったんだ。




 その日は少し勉強して、駅で解散となった。

 私はブラッと駅周辺を散策。ちょっと良さそうなので、養浩館の庭園をのぞく。


 回遊式の庭園をブラブラ歩いていると、なぜか光紀さん。


「やっぱり、昌ちゃんも来たのね。いかにも好きそうだけど」


「あはは。もしかして、待ち伏せですか?」


「そういうわけでもないけどね」


 ぐるっと回って館に入る。御座の間に行くと、なぜか直子さんも居て、池を眺めている。

 和風美人なだけに、こういうところではその立ち姿は絵になる。しばし見とれていると「あら、昌ちゃんと光紀ちゃんはデート?」と微笑む。


「偶然、ここで会ったんです」


「昌ちゃんが来そうな所だったので、待ち伏せよ」


 そのやり取りに直子さんがクスクスと笑う。でも、こういう場所だと、黒髪の二人は本当に絵になる。二人にここで柔術の道着を着せてみたくなる。




「ところで、光紀ちゃんも、いつの間にか『昌ちゃん』なのね」


 やはり同じ質問だ。「光紀さんも私の出自を知った上で、でも私の心のあり方を見て、この呼び方なんです」とだけ応える。

 直子さんはそれで十分らしく、光紀さんが知った経緯については全く訊かれなかった。こういうところは、直子さんらしい。




 その後三人そろって電車で米原、そこで直子さんと別れて光紀さんと帰宅の途につく。


 油揚げを食べそびれたことに気づいたのは、家に着いてからだった。残念。また今度だ。

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