合宿で報告
八月の合宿は平日だ。
他の班はともかく、沙耶香さんが、他の看護師が休みを取るお盆期間中に出る関係で、この時期は平日に合宿をすることが多い。
暑い時期なので避暑地で、と言いたいところだけど、今はどこでも暑い。今回は福井県だ。と言っても市内ではなく山の方。
昼前に福井駅で集合。その日はそのままレンタカーで移動して武術訓練になるけど……。
「さて、今日は昌ちゃんから重大発表がありまーす。
前回の合宿に来られなかった理由でもあるわ」
「さ、沙耶香さん。今、ここでですか? 夕食のときとかじゃなくて?」
「じゃ、私が言う? それとも、武術訓練するの?」
そうだ、この身体で武術訓練は避けた方がいい。
深呼吸を二回してから言う。
「えっと、私、小畑昌は、この度、結婚することになりました」
「えーっ!」
「本当に?」
神子たちは口々に驚きを表現する。
一通り、驚くのを待って説明を続ける。
事情は言えないが、戸籍上は十九歳ということになっていること。
既に、妊娠していること。
高校は退学したこと。
「と言うわけで、しばらくは武術訓練には参加できません。勉強はこれまで通りだけど」
「そういうわけで、昌ちゃん、しばらくは武術訓練の参加は見合わせになるし、冬ぐらいからは産休に入ることになるわ。
でも、武術訓練には心強い外部講師を呼んだから」
え? まさか慶一さんのお祖父ちゃんでも呼んだの? でも、膝を悪くしていて指導なんか出来ないんじゃ……。
「それじゃ、入ってくださーい」
「初めまして。山崎光紀と申します。
大学では合気道をしており、ボランティアで小中学生にも指導しています。
先日、審判員の集まりで知り合った竹内さんの紹介で参りました。
……という体裁です。みんなー、久しぶりっ。
そして昌ちゃん。改めて、おめでとう! ドアの脇で待ちくたびれちゃったよぉ」
入ってきたのは光紀さん。
サプライズゲストに、面識の無い舞ちゃん以外は、皆、呆気に取られている。確かに、柔術の指導で彼女以上に頼りになる人は、そうそういない。沙耶香さんも「すぐに動けて信頼できる指導者は彼女だけ」と言う。
「光紀さん、お待たせして済みません」
「いーの、いーの。私と昌ちゃんの仲じゃない」
そして、私の耳もとで「ファーストキスを捧げるぐらい恋したのよ。報せを聞いたとき、嫉妬の炎で心がウェルダンになりそうだったんだから」と囁く。
どこまで本気なんだろう。
その後、私のなれ初めを根掘り葉掘り尋問される。
慶一さんの第一印象、お腹がすいたの歌、ナンパから助けてもらったこと……。
そして、一昨年の冬頃から、月に一、二度は一緒に遊びに行く関係になって、私が十九になってすぐ告白、と言うよりプロポーズされたこと。
「でもさ、手しか握ったことがない相手に、いきなり結婚を前提としたお付き合いを申し込まれてもね。ある意味『一回ヤらせて』より、困るよね」
「昌ちゃん。それ、普通は困らないと思う。
一年余りもそういう付き合いを続けられて、会社の跡取りで……、大抵の女の子だったら、お付き合いはOKするとこじゃない?」
直子さんは目を細めて「ちょっと自慢してるでしょ」と続けた。
「見た目はどんな感じ?」
留美子さんも興味津々だ。
「うーん。普通。水泳してたから身体はがっしりしてるけど」
「昌ちゃーん。あれで普通って言うなんて、贅沢よ~。
二人がフォトスタジオに入るとこ見たんだからね。今にして思えば、あれは結婚写真の前撮り? 衣装合わせ?」
「光紀さん、なんで?」
「あの辺は、私の行動範囲よ。
うん。かなりイケメン。見た目だけでもそこそこモテそう。
昌ちゃんと並んでも、そこまで不釣り合いじゃないわね」
「確かに、美男子という程ではないけど、好男子ってとこかしら。芸能人みたいな押し出しは無いけど、背広とかのモデルならはまりそうね」
沙耶香さんも褒める。それは……、こういう場面で貶したりはしないだろうけど、なんだか照れる。
結局、半分近くの時間、旧交を温めるだけに終わった。
ようやく練習という段になって、最近物怖じしなくなった舞ちゃんも、光紀さんに話しかける。
「初めまして。滝澤舞です。昌さんにはお世話になっています」
「初めまして、山崎光紀よ。光紀って名前で呼んでね」
光紀さんは舞ちゃんの指導を始める。私は見ているだけだけど、小中学生にも指導しているだけあって丁寧だし、ポイントの押さえ方が的確だ。
神子としてはそれなりの身体能力しか無いのに、沙耶香さん以外はほとんど相手にならない技を持つのは、合理的な動きを理詰めで身につけているからだろう。ものすごく参考になる。正直、ちょっと身体を動かしたくなる。
その後は、留美子さんとの組み手。突きも蹴りもアリだ。
沙耶香さんのような鋭さは無いけど、舞うような体捌きでスッと入っていく動き。あの留美子さんが簡単に懐を取られる。
確かに体格では光紀さんに少し分がある。でも、スピードは明らかに違うし、突きも蹴りも一段落ちる。にもかかわらず、一手ごとに留美子さんが劣勢になり、追い詰められる。
私も何度かやられて分かっているけど、外から見るとこういうことなのか。動き自体は沙耶香さんよりも洗練されているようにさえ見える。
神子は全員が見とれている。特に舞ちゃんはこのレベルの動きを初めて見るのか、憧れの混じりの視線を向ける。
その後、我慢できなくなったのか、沙耶香さんも光紀さんと組み手。さすがに、体格も身体能力も沙耶香さんが上。そしておそらく技術にもかなりの差がある。
沙耶香さんは光紀さんが相手でも危なげなく勝つが、私たちに見せたことのない疾さで動く。つまり、その領域の組み手であり技なのだ。
「ありがとうございます」
「ウデを上げたわね。高級な戦闘法が身についているわ」
その後は沐浴。でも、私と光紀さんは見送りで、直接浴場だ。
光紀さんは湯船の私をじっと見る。
「昌ちゃん、オンナの身体になってきたわね」
「光紀さん、その言い方、ちょっとえっちです」
「そうね。でも、まだお腹は判らないのね」
「まだ、三ヶ月ですから。もう二月ぐらいすると、目立ってくるでしょうけど」
「つわりとかは?」
「今のところありません。炊きたてのご飯も食べられます」
「順調ね」
光紀さんは何か言いたげだ。
そうか、このメンバーの中では唯一私の出自を知っている。でも、沙耶香さんほど連絡を密にしていないから。
「『母方のお祖母ちゃん』は、貴女はこのときのために、昌になったのよって、言ってくれました」
「そう。良かった」
光紀さんは、この一言で大体のところを理解してくれた。
そして、私をそっと抱き寄せる。
でも、不思議なことに以前は感じた緊張感も無い。私もこういうスキンシップに耐性が……、と思ったらお尻に変な感触。光紀さんが私のお尻を揉んでいる!
「何ですかっ、光紀さん」
「うん。随分ほぐれてきてるわね。やっぱり内側からもマッサージされたからかしらぁ?
でも、昌ちゃんの弱いところはここでしょ」
「ちょっと、くすぐったい。光紀さん、やめて下さいよっ!」
湯船でバシャバシャしていると、沙耶香さん以下、神子の面々。
「昌ちゃーん。久々に会ったからって、日も落ちる前から不純同性交友ってのは、如何なものかしら? ここは公共の場所よ」
「違いますっ!」