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ひめみこ  作者: 転々
第十九章 急転
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修了式と墓参り

 一学期の終業式を終え、教室に戻る。

 今から教室でもう一つの終業式、いや、私にとっては修了式か。


 ホームルームは駆け足で終わる。ほとんどの生徒の気持ちは夏休みに向いているだろう。




「あー。今から小畑さんからみんなに一言だ」


 先生に呼ばれて前に出る。


「えーっと、今からみなさんに報告なのですけど、驚かせちゃうかも知れないので、ちょっと心の準備をお願いします。

 隣のクラスに迷惑になるような声も出さないで下さい」


 一言断り、深呼吸。

 先ずは大したことがない方。私の設定だ。


 戸籍上の年齢が十九であることと、その事情。この辺は驚きの声が出るものの、許容範囲だ。

 次が本番だ。


「今学期をもちまして、私、小畑昌は本校を退学します」


 今度は悲鳴とも怒号とも付かない声。間違いなく隣のクラスでは「何事か?」と思われてるに違いない。


 一呼吸おく。


「いずれ分かることなので、今この場で言ってしまいますが、驚いても声を出さないようにして下さい」


 私は、退学の理由について、秋口には結婚すること、既に妊娠していることを説明した。今回は心の準備が出来ていたのか、さっきのような悲鳴にはならない。


「みなさん。短い間でしたけど、楽しかったです。ありがとうございます」


 私は一礼した。




 と、松田君が手を上げた。


「先生、ホームルームは、あと、特に何も無いっすよね。

 そしたら、小畑さんを少し先に出してやって下さい。でないと、小畑さん、出られないかも知れないっすから。

 多分、今も机の中でスマホをコネコネして、今の話を誰かに連絡してるヤツがいるかも知れないんで」


 何人かの生徒が、ばつが悪そうに居住まいを正した。女子の方が多い。


「先生、まだ、十五分ほど早いけど、先に帰らしてやって下さい。村田さん、小畑さんについてやって」


「OKなのです!」


 涙が出そうになる。松田君、今までで一番格好良かった。


「あと、小畑さん。俺、中二の時から小畑さんのこと好きでした!

 もっと早く言えば良かったって、今、すげー後悔してます!」


「ありがとう。もう、ごめんなさいしか言えないけど、嬉しい。

 松田君も、今みたいにしてればもっとモテるから。これからきっといい出会いがあるよ」


 私は、松田君の前まで行って応えた。


「お、俺、女の子の前だと、好きな人の前だと、緊張して……」


「じゃぁ、緊張しないおまじない」


 私は、松田君の頬に軽く唇を触れさせた。


 周囲りは、特に女子が歓声を上げる。

 松田君は固まったまま。


「予防接種完了!

 これで、少しは免疫が出来ると思うよ。松田君、ありがとう」


「では、昌クン、一緒に行くのです。

 ということで先生、少し外します」




 私は紬ちゃんと廊下を歩く。

 教室ではこらえていた涙が、後から後から流れる。

 玄関で、靴を履いた。


「紬ちゃん、ありがとう。それじゃ、行くね。さようなら」


「別にお別れじゃないですよ。昌クンと紬は友達なのです。

 あと、今度、夏休みの宿題、教えてもらいに行くので、そのときはよろしくなのです」


「うん。待ってる」


 私は生徒玄関を後にした。

 校門で校舎に向き直り、一礼する。


 門を出ると、沙耶香さんが車を停めて待っていた。

 私の、昌としての高校生活は、四ヶ月足らずで終わった。




 翌土曜日。新盆には遅いけど、慶一さんと墓参り。『父』に挨拶だ。

 一昨年の今頃、「恋をしたら報告に行くこと」と言われていたのに、先週の墓掃除の後、いきなり妊娠と結婚の連絡だ。『父』が存命だったら、どんな顔をしただろう。


 二人で並んで手を合わせる。

 私はこの人と共に在ることを選びました。この墓に入ることは本当に無くなりましたけど、どうか見守り下さい。


 右を見ると、慶一さんはまだ手を合わせたままだ。どんなことを考えているのか、ちょっと妄想してしまう。




 今日はこのまま式場押さえだ。

 式自体は神前でこぢんまりと、という予定だけど、慶一さんは立場上、披露宴もしなくてはならない。

 お腹が目立つのはまだまだ先だ。それでも、そういったことは九月中には済ませたいところ。


 それまでに、しなきゃいけないことが山積みだ。

 前撮りの手配や衣装合わせも急ぐ。それに、リビング・ダイニングキッチン、そして水回りのリフォームも慌てる。


 妊娠が判ってから慌ただしい。私としては、もう少しゆっくりお付き合いという期間も欲しかったけど……。

 あ、光紀さんのレポートもまだだ。でも、光紀さんも驚いてたなぁ。「お婿さんにするつもりだったのにぃ!」って大騒ぎだった。大隈さんという人がいるのに。




 墓参りを終えた私たちは慶一さんの車で街に向かう。駐車場に車を駐め、私はウィッグを着けずに慶一さんと並んで歩く。

 退学届けも出したし、在籍期間は今月いっぱいだけど、補習に出ないから、生徒としての登校は無い。

 慶一さんが褒めてくれた姿で、街を一緒に歩ける。それだけで心が躍る。少なくとも今年度いっぱいは、御休憩がおあずけになるのが残念だけど。


 二人で手をつないで歩いていると、見慣れた制服の女子生徒が三人。知らない顔は、おそらく二年生か三年生。

 一人が私の姿を認めると、何やらヒソヒソ話しながら歩いて来るが、近くまで来ると口を閉じる。そして無言のまま、隣の慶一さんを上から下まで見つつ通り過ぎる。


 知っていないはずがない。

 今年度の新入生の中では、私は最も目立つ生徒の一人だった。それがいきなりの退学で、その事情も事情だ。

 昨日、私が帰った後は、その話で持ちきりだっただろう。

 そして、明後日からの補習では、私がこうして出歩いていたことも、どこかで話題になるに違いない。


 せめて、早めに大学の受験資格を得て、形だけでも大学生になってしまった方がいいのかな? 私がこんな形でやめることにならなければ……、でも、高校生でなくなったから、こうして並んで歩ける。

 高認の申し込みはいつだろう? 申し込みと受験で姓が変わっても大丈夫だろうか?


 幸い私には時間もあるし、経済的な心配も無い。少し回り道をしても、あるいはライフステージの順番が変わっても、大勢(たいせい)に影響は無い。




 妊娠発覚から慌ただしかったので、今月は神子の合宿には行けなかった。次は八月早々だ。神子達にはその辺の連絡も私の口からするけど、みんなどんな顔をするだろう。




「もしもし、沙耶香さん。

 今日は神前式の場所を押さえてきましたけど、いろいろ慌ただしいです」


「あら、もう決めちゃったの?

 言ってくれれば、伊勢神宮だって押さえられたのに」


「伊勢神宮なんて、畏れ多いですよ」


「昌ちゃんなら分相応よ。今は次席だけど、当代一の『格』を持つ、本来は筆頭になるべき比売神子よ」


「いやいやいや。比売神子という立場は、世間には秘密ですから。

 慶一さんは会社の跡取りですけど、私は客観的にはサラリーマンの隠し子ですよ。絶対、変に思われますよ。

 それより、披露宴が憂鬱というか、面倒くさいです」


「でも、神前式だとお友達は呼べないでしょ」




 最近、沙耶香さんとのやり取りはこういう話ばっかりだ。慌ただしく時間が過ぎて行く。二ヶ月後には、私は……。

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