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ひめみこ  作者: 転々
第二章 退院に向けて
16/202

外出 その三 お買い物

 ここは男性が近寄ることを許さないサンクチュアリ。侵入を物理的に妨げるものは何一つ無いが、その禁を破ることは出来ない。


 私はその禁を破ることとなった。


 ドアをくぐると、華やかだ。男性用のそれには絶対にあり得ない空気が存在する。マネキンだトルソだと言い聞かせても正視するのが難しい。


 若い店員さんが「いらっしゃいませ。何をお探しですか?」とか言ってくるけど、どう返すのが良いか分からない。自分が明らかに挙動不審だということは認識しているが、どう振る舞うべきか、どうするのが自然なのだろうか? 顔はきっと赤く染まっているに違いない。


「あ、こんにちは。えっと……、あの……」


「ごめんなさいね。この子、こういう店は初めてなのよ」


「あら、きれいな子ね。妹さん? それとも従姉妹かしら? 将来が楽しみだわ」


 あ、さっき地雷を踏んだ様に感じたのはこれか。姉妹の様に見えるってのが正解の一つだったんだ。

 女性は幾つになっても女の子でいたいと思うもの、か……。


 思考を巡らしている私を余所に、沙耶香さんは店員さんとおしゃべりを始めた。




「……というわけで、今日はこの子に下着を見立てて欲しいの」


 五分ほどの雑談の後、ようやく本題に入った。


「採寸お願いしまーす」


 店員さんに手を引かれるままに試着室に行く。

 広い! 一坪どころじゃない。私が知っている試着室といえば、せいぜい半畳だぞ。

 三十ぐらいの店員さんが一緒に試着室に入ってカーテンを閉めた。なるほど、採寸するにはこれぐらいの広さが必要なわけだ。


「あら、スポーツブラを着けてるのね。はずしてもらっていいですか?」


 一応「脱ぐんですか?」と訊くと、満面の笑みで頷いた。

 私は渋々ワンピースとスポーツブラを脱ぐ。要するにパン一だ。靴下は履いているが、カウントには入れない。……ワンピースは失敗だった。


 脱いでいる最中から店員さんは私をじっと見ていた。恥ずかしい。


「うわっ! 脚、長っ!」


 店員さんが驚く。女性でこの股下は珍しいようだ。一ヶ月前までは今より十センチぐらい長かったんだけどね。あ、身長も二十センチ以上か。


 脱いだ後も、上から下までじろじろ見る。

 女の人って、こういうの平気なのだろうか? 私は顔を背けてうつむいた。羞恥で顔どころか胸まで赤くなる。


「ねぇ。あなた、モデルやってみない?」


「モ、モデルですか? それはちょっと……」


「やってほしいわぁ。顔も良いけど、こんなきれいな骨格した子、なかなかいないのよね。細身だけど、筋肉(にく)の付き方もいいし。もう少し大きくなったらお願い。ねっ」


「こ、骨格ですか? でも……」


「惜しいなぁ~、やってほしいなぁ~」


「はーい、そこまで。採寸はまだですかぁ?」


 沙耶香さんが上手く切ってくれた。


「はい、計りますね~。手をこの向きに伸ばして下さ~い」


 ぎくしゃくと言われた姿勢をとると、店員さんは胸囲だけじゃなく胸の下とかあちこち計る。計った挙げ句に、こんなに大きくなる前に、ブラを選びに来なかったことを注意された。


「あの、急に大きくなりだしたものですから。えっと、まだ入院していて、入院する前は、胸は無かったんです」


 一応、ウソは言ってない。いや、何でこんなこと気にしなきゃいけないんだろう。こっちは客のはずなのに。


「ごめんなさいね。この子入院していて、ちょっと前まで本当に生死を彷徨(さまよ)ってたのよ」


「さっ、沙耶香さん。入るなら一言声をかけて下さいよっ!」


「あら、ごめんなさい。


 で、やっと退院出来そうになったから、快気祝いにランジェリーショップ・デビューというわけ。初ブラはどんなの選ぶのかしら?」


 沙耶香さんがフォローとも煽りともとれる発言をする。


「貴女の連れてくる娘っていっつも綺麗だけど、この子はピカイチね。顔も良いけど身体がすごく良い。将来が楽しみね」


「でしょ? だから下着も選び甲斐があるってものよ。昌ちゃん、こぉんなの、どうかしら?」


 沙耶香さん、いきなりデンジャラスなデザイン。色が濃い赤。小豆色に近い。しかも、あちこちにひらひらが付いている。そのデザインはあなたの趣味ですか?


「ここここんなの着けませんよ。もっと地味なのでお願いします」


 中学生サイズなのになんでこんなデザインのがあるんだろう。それとも、中学生でもこれぐらいはアリなのか?


「まずはオーソドックスにこの辺から行きましょう。他のデザインはこれでサイズを合わせてからにしましょうか」


 店員さんは薄いベージュ色のを持って来ると、カップを胸に当てた。


「トップがちょっと高いから、持ち上げると不自然になるわね。

 幅も若干広いけど、これは脇の肉を寄せれば……、はい、かるくお辞儀して」


 肩紐やらを調整して再び着ける。今度は悪くない。


「あら? あなたかなり筋肉質ね。寄せるほど肉が無いわ。Bぐらい行くと思ったのに」


 店員さんは残念そうに別のを持ってくる。今度のはさっきよりもしっくり来る。


「あ、これ良いですね」


 思わず感想が口をついて出た。あれ?

 それに、慣れないうちは締め付け感があるとか、聞いたことがあるけど、そういうことも特に感じない。サイズがきちんと合っているということだろうか。




 結局そのサイズを中心にいろんなデザインのを買うことになった。こんなの必要ないと言っても、沙耶香さんは「勝負下着」とか言って構わず積み上げる。勝負する気も、まして一戦交える気もないですから。

 下は上とそろえる形で選び、いざ支払いの段で価格にびっくり。女性用のって高い!

 沙耶香さんは銀行の封筒から諭吉さんを何枚も出した。人のお金だと思って……。


「ではお包みしますから、その間に会員登録票に記入して下さいね」


 店員さんに複写式の登録票を渡され、テーブルで記入する。


 名前『小畑 昌』、フリガナ『オバタ アキラ』。性別欄は、数瞬躊躇して『女』の方に○をする。ところでこの店って男性の利用者いないと思うけど、なんで性別欄があるんだろう。その割に年齢の欄は無いし……。

 続けて住所を書いたところで沙耶香さんが慌てて止めた。変なことは書いてないはずだけど……。


「すいませーん。書き損じたのでもう一枚頂けますかー?」


 沙耶香さんは私から登録票を取り上げると、店員さんを呼んだ。


「どうしたんですか? 何か変なこと書きましたか?」


「変なのは貴女の字よ。どう見ても女の子の字じゃないわよ」


 沙耶香さんは耳元で(ささや)いた。


 確かに。私の字は、達筆ではないがかなり書き込んだ字だ。例えば『東』などが典型的だが、中国語の簡体字風になっているものもある。少なくとも十代が書く字じゃない。


「今度は楷書で書きなさい」


 油断すると、気付かないうちに昌幸として身についたものが出てしまう。これは注意が必要だ。客観的にそれを指摘してくれる人として、沙耶香さんは得難い人だ。あの悪のりとスパルタさえ無ければだけど。


 私はなんとかテンプレイベントをこなした。あれ? この下着を着けることに抵抗がなかった。おかしいな。もしかして、順調に調教されてる?

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― 新着の感想 ―
[一言] よく他のTS小説をフィクションだとネタで弄る割りには 採寸は態々服を脱がせるウケ狙いのフィクション仕様なんですね てっきり服の上から採寸する現実仕様でやると思ってたので意外でした
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