その後
前話とこのエピソードとの間に、一話入る予定でした。
実際の行為に及ぶ前の話で、昌自身の心の変化や、二人の関係を表現しようと思ったのですが……、ポルノまがいと判断される可能性があったので、入れないことにしました。
昌がいろいろと覚悟を決めて過去と決別したこと、やはりその分野では残念な慶一を、昌が上手く導いたという内容です。
昌は自覚していませんが、神子の特典として、この分野においては、会社員に喩えるなら新卒未経験なのに即戦力に匹敵する能力を持っています。
まだ日は高いが、とりあえずシャワーを浴びる。さすがにこのままで子ども達と一緒にお風呂は気が引ける。
臍の下を見下ろす。当たり前だが、外見は朝と何も変わっていない。その内側には、痛みというより違和感がある。しかもかなり深いところにまで。未だに何かが挟まっているような感じだ。
「目測ではこんぐらいだったから、入ってたのはこの辺までか」
かなり深い。しかし、違和感はもっと深いところにもある。ほんの数時間前を思い出し、羞恥にしゃがみ込んでしまう。
完全に、エロゲな展開だよ……。なんで、あんなことしちゃったんだろう……。
あのとき、私は変に盛り上がっていた。女の子は普通、あんな風に振る舞わないよ、多分。何が普通か分からないけど、自分は普通じゃない、気がする。
しかも、事後のアレ。まどろんでいる彼の顔を覗き込んだり、髪の毛を指でクルクルしたり、でも髪が短いから指に一周しか回らなくて、二周目でクルッと戻るのがいとおしくて……。
思い出しては身悶えしてしまう……。叫び出したくなる。
いつも通り子ども達を風呂に入れ、夕食。なんだかお母さんの顔をまっすぐ見られない。
「今日のデート、どうだった?」
「うん。まぁ……」
「うまくいったの?」
「……多分」
どうにも、目を合わせられない。
「ふぅん。
ところで、ちゃんと避妊した?」
「んぶっ!」
味噌汁を吹きそうになる。汗が出る。
「んな、何を急に」
私は努めて平静を装って返す。
お母さんはじっと私を見ていた。心臓はバクバク。顔を熱いものが駆け上がる。
「避妊した?」
私をじっと見たまま、お母さんは笑顔で繰り返す。その重圧に負けて私の方が目をそらした。同時にお母さんはため息をつく。ばれちゃった……。いや、一度目の問いで応えられなかった時点でバレバレか。
「ごめんなさい」
「何を謝るの?」
自分でも何について謝っているのか分からない。というより、何が何だか分からない。気づいたら、涙がぼろぼろ出ていた。
「……ごめんなさい」
「怒ってないわ。ただ、確認しただけ……。
予想より随分早かったけど、いずれこういう日が来るのは分かってたから。それに、貴女がそれを望んで受け容れられたなら、私も嬉しいし」
その後は互いに言葉を交わすことなく箸を進めるが、味どころか何を食べてたかもよく分からない。きっと、お母さんもそうに違いない。
と、思っていたけど、翌日からは、お母さんはいつも通りだった。私は未だに真っ直ぐ見られないのに。
週も開けて普段通りの学校生活が始まる。教室に入っても、初めてウィッグを取ったときのような視線を集めることも無くなった。いつも通りの月曜日。
同級生を見渡す。友達と談笑する女子、友達の予習ノートを慌てて写している男子、きれいなカバーをかけた文庫本を読む女子、少しエッチな番組の話に小声で盛り上がる男子……。
このうち何人がそういう経験をしたんだろう。進学校だから少ないのだろうか? 案外、女子の幾人かは経験済みかも知れない。
逆に、私はどう思われているのだろうか?
もうすぐ予鈴だ。私は手洗いに向かった。何時の頃からか、常に持ち歩くようになっているポーチの重さを確かめる。それほど心配はしていなかったけど、それでも今朝、予定通り今月のお客様が来ていたことに安堵したのも事実。
処置を済ませて教室に戻ると、例によって紬ちゃんはギリギリの登校。「お早う、紬ちゃん」と挨拶をすると、紬ちゃんも返してくる。
「昌クン、いつにもまして、アンニュイな感じです」
「まぁ、ちょっとね」
「恋煩いですか?」
「と言うより、いずれは自分も子どもを産むんだろうなぁ、って」
「なるほどです」
紬ちゃんもそれ以上は追求してこなかった。彼女自身も軽い方だし私も――というより神子全般が――軽い方だけど、こういう機微は察する。でも、今日は体育、休もうかなぁ……。
三限目の体育。整列するクラスメイト達の後ろ姿、というより腰つきを眺めてしまう。この何人ぐらいが既に受け容れたことあるんだろう。それとも、私だけだろうか? でも、この少なくとも半数ぐらいはあと何年かで……。丸椅子に腰掛けたまま、あらぬ妄想に耽ってしまう。そして先週末のことを思い出す。
「昌クン、何を一人で百面相してるですか? やっぱり恋煩いですかね?」
紬ちゃんの声が私を現実に引き戻した。
うーん。でも、これは恋煩いに入るのかなぁ? 私は首をかしげた。
列に戻る紬ちゃんの後ろ姿を見送ると、再び妄想に耽ってしまう。
小説や漫画、ドラマに登場する女性のような、トキメキ的なものとは違う。かといって、エロを全面に出したそれらとも違う。なんだろう。触れたいと言うか、接したいと言うか……。なるべく広い面積で触れあいたい。
多分、あの手のつなぎ方もそういうことなんだろう。指を一本一本絡め、互いが互いを包み合う。そして彼の二十一本目の指も……、そこまで想像したところで、恥ずかしくなって俯いてしまう。
人間の身体にはいろんな管があって、それぞれつながっているけど、よく考えたらここは行き止まりだ。位相幾何学の観点で言えば、身体の外側と同じ位相だ。
とすれば、あの行為は手をつなぐことと同じことかも。いや、身体の内と外をどう定義するかにもよるけど……。
「小畑さん。ぼーっとして顔も赤いし、熱でもあるんじゃない?
調子が悪いなら、保健室で休みなさい」
先生に言われて我に返り、体育館を後にした。
保健室では養護教諭が独り、所在無げに文庫本を読んでいた。
三〇前ぐらいだろうか、噂に違わぬ美人さん。この春から、用も無いのに保健室に行く男子生徒が増えたのもよく解る。
とりあえず、初日であることと頭がぼんやりすることを告げると、体温計を渡された。当然のように平熱だが、私の平熱はやや高め。ベッドで休むよう指示される。
服を緩め横になると、養護教諭はカーテンを閉めて席に戻った。
目を閉じると先日の経験が妄想混じりに浮かんでくる。その妄想の心地よさに身を任せていると、このままで居たいような、居ちゃいけないような、変な感覚に満たされる。身体の表面を小人より小さな馬が群れを為して走り回るような……。その群れが通過した範囲は感覚が過敏になるような……。
自分で自分の肩をきつく抱き寄せる。意思表示として、慶一さんに押しつけた部分が形を変える。その感覚が切なさを助長して行く。
手が自然と……、いけない、いけない。こんなところでこれ以上はいけない。一体自分はどうしちゃったのだろう。
なんだか今日は授業を受ける気にもなれない。私は養護教諭に早退する旨を伝え、届を持って職員室に向かった。
担任と教務主任の確認印を受けたところで、三限終了のチャイムが響く。教室に戻り荷物をまとめていると、男子が戻ってきた。が、声をかけづらいのか、遠巻きに見るだけだ。
「小畑さん、早退?」
松田君が代表して訊いてきた。「うん、ちょっと調子が悪くて」と応えると「気をつけて」と返してきたが、ここは『お大事に』とかじゃないのかな?
そうこうしていると女子も帰ってくる。
「昌クン、いつもより重いですか?」
紬ちゃんが小声でそっと囁く。そっちは関係ないんだけど、なんとなくね。
「ん。ちょっと、調子が悪くて……」
言葉を濁したつもりだったが、紬ちゃんは顎に手を当て「ふむ」と考える仕草をする。この場面では、下手にいろいろ答えない方が良さそうだ。
「松本先生には言ってあるけど、他の先生に訊かれたら早退したって言っといてよ。それじゃ、今日はこれで」
紬ちゃんは「了解です」と敬礼の仕草をすると、それ以上は訊いてこなかった。
バス停まで行くが、この時間帯は本数が少ない。しまった。もう十分早く動いていれば良かったのに。歩いて行けない距離じゃぁないが、それぐらいならバスを待った方が早い。私はベンチに座った。
暇つぶしと言えばスマホだが、何故、電話帳を見てるんだろう。
「慶一さん……」
『発信』をタップしそうになって慌てて止める。仕事中なのに何考えてるんだ? 私は。
余計なことをする前に、タクシーを呼ぶことにした。
帰宅後も気持ちが煮え切らない。さすがに電話はマズいと理性が理解しているけど……。結局、次に会えるのは何時かと、メールを送ってしまう。
それ以後、週末度に逢瀬を重ねることになるとは、そのときの私は思ってもいなかった。




