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ひめみこ  作者: 転々
第十八章 二度目の高校生活 一 つながり
153/202

秘密 二

 国道を行くカブリオレクーペには二人。運転席には栗色の髪にサングラスのやや大柄な女性、助手席には細身のスーツを着けた青年。青年の表情には戸惑いがある。


「改めて、はじめまして。竹内沙耶香と申します。今日は私の大切な知り合いのために来ました」


「高橋慶一といいます。

 ……昌さんとは、どういう関係でしょうか?」


 運転席の沙耶香を一瞥し、再び前方に視線を戻した。


「公的には合気柔術の師、ですが、家族に近い間柄と考えていただいて構いません。

 話というのは、六日のことです」


 慶一は一時瞑目し、その日のやりとりを思い出す。既に何度思い出しただろうか?

 運転席からは新たな言葉は無いが、不可視の重圧のようなものを感じる。そしてそれは徐々に強くなってゆき、……突然それが掻き消えた。


「見かけによらず、意外と(はら)は座っているのね。でなきゃ、昌ちゃんには釣り合わないけど。


 六日のこと、聞かせていただけますか? 一応、昌ちゃんからもおおよそのところは聞いていますけど、両方から聞いておかないとね」




「その日、私は、その、正式に、おつきあいを申し込みました」


「おつきあい?」


「……結婚を前提としたというか、結婚してほしいと、申し込みました」


「それで、昌ちゃんは何て?」


「それには答えてくれず、代わりに『元男性でも愛せるか?』と。

 ……彼女の言ったことは本当なのですか?」


「他に、何か言ってたかしら?」


「何か、言ったかもしれませんが、『元、男性』があまりにも大きくて……。それがどういう意味なのかは教えてくれませんでした。口外しないよう指示されているとかで……」


「彼女は、昌ちゃんは女よ」


「私もそう思っています。では、なぜ『元は男性』と?」


「詳しいことは私も口外できませんが、確かに彼女には、社会的に『男性として』生活していた期間がありました」


 慶一は二秒ほど目を閉じた。

 半陰陽? あるいは事故などで男性機能を失って、女性として生きるしかなくなったとか?


「どういうことでしょうか。男性だったけど、何らかの理由で女性として生きなくてはならなくなったのでしょうか?」


「昌ちゃんは女性よ。社会的にも、生物学的にも。それを否定する材料は無いわ。

 信用できないなら、遺伝子検査なりMRIとかで画像診断なり、方法はあるけど、昌ちゃん、傷つくわよ。

 男性として生きた期間があるということ自体が負い目だもの」


「では、やはり、……女性なのですね」


「信用できませんか?」


 慶一は再び瞑目する。

 おそらく車の助手席には、彼女の銀色の髪が落ちているだろう。そのDNAを調べれば……、そこまで考えたところで、それを打ち消す。


「正直、『元、男性』ということも含めて、信じられません」


「初対面でこんな話、信用しろという方が無茶かもしれませんね。

 ただ、これからも昌ちゃんと付き合うつもりなら、そこには触れないでいてあげて。女性としての幼少期を持たない彼女を傷つけることになるわ。

 彼女を泣かせるなら、二度と会わせない。貴方一人を社会的につぶすぐらい、私達には簡単なことよ。


 繰り返すけど、彼女は正真正銘の女性。遺伝子もそうだし、子どもだって産める。現代の医学でも、男性に妊娠出産させることが不可能なことぐらい知ってるでしょう?」


 運転席から再び強い重圧が発せられた。

 慶一の脳裏には、州知事の俳優が『妊夫』を演じたシーンが浮かぶ。それが重圧を受け流す方に作用した。


「昌ちゃんとつきあいたいなら、それなりの覚悟を見せなさい。

 世が世なら、彼女は姫のような存在よ。そして今でも、次の世代に血を残す義務を負っているわ」


「皇族とか、ですか?」


「そうではありませんが、それに近い立場だと思って下さって結構。

 ……昌ちゃんのためなら、私達は国家権力だって使うわよ」


「昌さんは、そして貴女も、一体何者ですか?」


「それを口にすることは許されていません。

 結婚して子どもができたなら、私達の立場についてお話しできることもあるでしょう。


 あと一つだけ。昌ちゃんは貴方と同じ時間(とき)を生きられません」


「どういうことですか?

 昌さんが大きな病気をしたとは聞いてますが、もしかして長くは生きられない身体なのですか?」


「逆よ。昌ちゃんも私も、長生きなの。若いうちはまるで齢をとらないように見えるかも知れないわ」


「失礼ですが、もしかして、貴女は見かけより年上なんですか? どう見ても二十歳そこそこで、二十代半ばより上とは……」


 沙耶香は頬の端を少し上げると「女性に年齢を訊くのはヤボというものよ」と言い、車を停めた。


「昌ちゃんも同じよ。過去は訊かないで」




 神子の寿命自体は、一般人を基準にすれば割り増し程度だ。もっとも、数が少ないのであくまで傾向としてでしかない。加えて、神子はその立場上、同じ時代の女性に比べて衛生状態や栄養状態がよかったため、残っている記録の範囲では長命が極めて多い。

 妊娠出産に適した期間が圧倒的に長く、肉体的には若いままで年齢だけを重ねるが、閉経後は一般人と同様に齢を重ねる。そして、外見的には老齢と呼ばれる前に寿命が尽きる傾向がある。




「まぁ、いいです。昌さんは、知性と美しさは並外れているけど、それ以外はただの女性、そういうことですね」


「そう。どこにでもいる、ただの女よ」


「彼女ほどの女性には、一生かけても、そうそう逢えるとは思えませんが」


「そう思うなら、胆を据えて、男を見せなさい」




 車を見送った青年は、携帯電話を取りだした。

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