小学校入学式
今日は周の入学式に一緒に行く。お母さんの両親にとっても初孫なので、一個小隊が学校に向かう。ただし、教室に入れるのは二名、つまり両親だけだ。
お母さんは訪問着。留め袖と迷ったみたいだけど、周囲りに合わせたらしい。髪はアップにまとめられている。三十代も半ばを過ぎているけど、こういう姿は決まっている。今朝、プロが一時間以上かけてセットと着付けをしただけある。
「惚れ直した?」
悪戯っぽい表情で私に訊く。
「うなじと後れ毛に大人の色気があるね。他のお父さんが誘惑されたら、いろいろ問題だよ」
「貴女こそね」
私は高校の制服だ。やっぱり白髪には似合わない。『私』が通っていた頃から、デザインが変わっていない。私立高校や、公立でも市立高校のブレザーあたりなら似合ったのだろうか?
髪も伸びてきたし、高校からは通学時もウィッグは無しにしようかな? 高校は常に留学生がいるし、仮入学時に見た限り、同学年に少なくとも二人は黒髪じゃない生徒がいる。学区トップの高校で、校則も中学校と大して違わないのだから、あれは自前の色だろう。
入学式の日、新入生だけはいつもより遅い登校。集団登校ではなく、保護者と一緒にだ。円を早めに保育園に送った後、一個小隊が徒歩で学校に向かう。
校門前で写真を撮る。ほぼ全ての新入生が、両親と写真を撮る。周だって本当はお父さんお母さんと、並んで撮りたかったに違いない。それを想うと、撮られる笑顔にもウルっときてしまう。
受付を終えると周は教室へ、私たちは式場の体育館へ向かう。
保護者席に座ると、やはり未成年の私は場違いだ。そして真っ白い髪は注目を集める。私の席に一番近いのは六年生の女子の列だけど、私の方を見ては何やらヒソヒソと話をしている。
新入生の入場。拍手とともに一年生が担任の先生に導かれて入ってくる。『私』の時代とは異なり小学校に制服は無い。
卒園式と入学式でしか着ないような礼服が愛らしい。
女子児童はウィッグでボリュームを増したりコサージュをつけたりと、なかなかのおめかしだ。男子児童は判で押したように昭和のお坊ちゃまスタイル。でも、髪をワックスで固めた児童もチラホラ。
保護者席に私とお母さんの姿を認めた周に小さく手を振ると、周も小さく手を振り返した。
新入生が席について式が始まる。
順に名前が呼ばれると、元気よく返事をして立つ。その愛らしくも凜々しい姿にもウルっとくる。
式も終わり、教室に戻る。
教室に入れるのは保護者だけということだが、私も知らん顔で入る。今日ぐらいは『昌幸』の心を思い出して、この姿を心に刻むのだ。涙腺の緩さは昌のままだけど。
教室の中には、周と同じ園の児童や、私が職場体験で会った児童もいる。私を憶えているのか「天使のおねーちゃん」とか、ニチアサ枠のヒロインの名前を呼ぶが、何も知らない保護者は訝しげに私を見る。そして保護者同士で、ヒソヒソと情報を共有している。
多分『私』の通夜の日に話されていたような内容だろう。どうせなら、中学校では成績優秀とか、そんな話題ならいいのに。
私はそんな品評に構わず周の机の横へ行くと、机の中に入っている品目が揃っているか確認を始めた。
一通り確認を終えたところで、担任の先生が入ってくる。自己紹介とクラス開きだ。
少し心配していたが、周は教室では行儀良く座っていた。まぁ、初めは緊張しているからこんなものだろう。
その日はそのまま下校。家に荷物を置き、着替えをする。円を園に迎えに行って、一個小隊がお昼ご飯、すこしお高い目のお寿司屋さんだ。
お祖父ちゃん二人組は、魚の骨や皮を唐揚げにしたものを肴に、昼間っからグイグイ行く。
周と円はその見た目に引いていたが、興味が勝ったのだろう。周が恐る恐る皮をボリボリ。それ以後はなかなかの勢いで食べる。コイツは将来酒飲みだな。円は最後まで手をつけなかったが、周の食べっぷりにもう一皿追加だ。
ビールが冷酒に換わり、私もコッソリと呑もうとしたところで、お祖父ちゃんの指導が入る。いつの頃からか、完全に孫娘の扱いだ。
そう言えば、このお正月も私が飲むことにいい顔をしなかったな。二年ちょっと前は平気だったのに。
お祖父ちゃんの「まぁ、高校生になったんだから」という取りなしで、一合だけ飲ませてもらった。
店を出るとき、お祖父ちゃん二人はすっかり出来上がっていた。カウンターの大将に挨拶をして出るのだけど、私も明らかに顔色が違うので、ちょっと気まずい。
家に帰ると、周は普段と違う空間に疲れたのだろう、円と並んで午睡の時間だ。
それを微笑ましく見ながら、配布されたものに早速記名を始める。筆跡が違うのも具合が悪いので、記名はお母さんの達筆でお願いだ。でも、色鉛筆や絵の具セットは印刷したラベルシールを貼る。
その後、教科書に落丁が無いか全ページを確認する。時間割を見ると、理科や社会が生活という科目に統合されている。また、音楽の教科書で扱われている曲も、私が小学生のときとは大きく違っている。
国語や算数、図工の内容は大きく変化していないが、漢字ドリルや計算ドリルにはキャラクターが配われている。
『私』の時代は、ゲームのキャラクター、というよりゲーム自体が学習の敵として扱われていたのに、現在は学習を促すための題材に置き換わっている。正に隔世の感だ。
それとともに、会食を思い出す。
両祖父母の会話や私に対する扱いは既に『昌幸』ではなく、完全にもう一人の孫娘になっている。
そうでなくてはいけないとは言え、お婆ちゃんの「彼氏は?」とか「曾孫はいつ見せてくれるのかしら?」は、応えに困る。
この辺り、お母さんからいろいろ聞いているのだろうか。
でも、そうだよね。明日は久々に慶一さんと『デート』だし。明日の服を選ぼう。
翌日は平日なので、夕食だけを一緒に。懐石だ。
私を送る都合上、代行というわけにもいかないので、アルコールは無し。別に、タクシーで帰ったっていいのだけど。
食事の後で入学祝いとして薄い箱を渡された。多分、商品券か図書カードか。いろいろ迷ったけど、一番汎用性があるものということだろう。
「十六歳という、女性にとっては節目の歳だね」
戸籍上は十九だけどね。
「ほ、本当は、給料三ヶ月分のリングを上げたいところだけど」
慶一さんは冗談めかして言う。それは気が早いだろう。
「いきなりそんなの渡されても困りますよ。クーリングオフは効くんですか?」
「そうだね。さすがに、まだ、それは早いかな」