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ひめみこ  作者: 転々
第十七章 中学校最後の半年
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卒業

 最後の三者面談で受験校を決める。

 と言っても、模試でほぼ一桁順位の私たちは変更無しだ。由美香ちゃんも、余裕を持って県立二番手に臨む。

 厳しい選択を迫られたのは恵里奈ちゃんだ。


 恵里奈ちゃんは定期試験でこそ、最高で十六位を取ったことはあるけど、模試は最高で二十二位。これまでの成績の伸びを考慮するまでも無く、あと一月弱の期間でここから五位分、得点率を上げることは難しい。客観的に言って、合格にあと一歩届かない可能性が大だ。

 入試は、『何かの間違いで落ちる』はあってもその逆はない。誰かが落ちれば、次点の人が合格するだけなのだ。そして、今年の北部中三年は、十位前後から上は安定してるけど、十五位あたりからの入れ替わりが激しく、模試でも得点率が一段落ちる。本校からの合格者は例年よりも厳しい数字になりそうだという。

 そのあたりを、樫藤先生は懇々と説明、というより諦めるよう説得していたようだ。

 結局、恵里奈ちゃんは、持ち帰って後日に結論ということになったらしい。


 私たちは、お母さん(由貴ちゃん)と帰る恵里奈ちゃんの後ろ姿を窓から見送る。




「どうかなぁ」


「まぁ、ランク下げるしかないのですよ」


 客観的にはそうだ。ただ、お母さんの手前というのもある。お母さんはもっと厳しい時代にも上位だっただけに、娘に求めるものも大きいだろう。

 お父さんが存命なら、もしかしたら別の視点でということもあったかも知れないけど、母子家庭だからその辺の圧力は余計に大きいかも知れない。

 それに、恵里奈ちゃんなら、二番手の学校であれば、私たちとの勉強会をしなくても入れたに違いない。

 かなり努力を重ねたのに、結局は同じ結果ということを受け容れることは難しい。受験生で一番苦しいのは、この当落線に微妙に届かない層だ。


 翌日、恵里奈ちゃんは学校を休んだ。




 恵里奈ちゃんが「受験校、変えることにした」と、私たちに告げたのは翌週の月曜日だった。

 それに対して、私たちは何も言えなかった。

 クラスの放課後学習も惰性でこなしているだけで、モチベーションが低下しているのは明らかだった。恵里奈ちゃんの実力なら、今から寝てたって、落ちることはまず考えられないけど……。


 この日から、恵里奈ちゃんとは微妙に距離ができたように思う。




 公立高校の入試は本学のみ。結構倍率が高い。

 私たちの実力から言って、落ちることは考えられないけど、それでも体調だけは崩さないようにしないと……。

 と言いながらも、比売神子の合宿は普段通り続いた。


 千鶴さんは国立に無事合格したそうだが、京都の私立に未練があるようだ。どっちも女子大なんだから、世間の評価が高い国立を選んどけばいいのに。

 通過儀礼は、ほぼ諦めているようだ。確かに『格』のレベルは聡子さんと大きく違わないし、本人も「前倒しして、受験に専念してもよかった」と言う。

 でも、彼女もまた、神子になったばかりに親元を離れざるを得ず、別人として里親と暮らすことになった。そのときに、これまでの人間関係も失っている。

 神子としての知己を失いたくない、それを少しでも先送りしたい、というのが本音かも知れない。


 この辺、海外ではどう扱っているのだろう?

 でも、若返りや性別も含めた変容のニュースを見たことが無い。あるいは、日本固有のものなのだろうか? それとも、第三世界、特に女性の社会的立場が弱い国では、十分な医療を受けられないのだろうか?

 もし『血の発現』が、日本人以外にも普遍的に起こることなら、私たちが積極的に動くべきなのだろうか?

 つい、思考がこちらに行ってしまう。今は自分の高校入試だ。




 入試自体はすんなり終了。基本的に学区内で共通の問題が出るので、とにかく取りこぼさない答案が求められる。と言うより、上位になるほど取りこぼしが許されなくなる。

 私の場合は、特に英数では圧倒的に時間が余るので、何度も見返すことが出来る。ほぼ満点に近いだろう。もっとも、間違っていたとしても、自分は正解だと思って書いているのだけど……。




 入試も終わり、卒業式までの数日は惰性に近い登校。授業にもならないからか、バス遠足的な行事と、三年生だけの修了式もある。

 バス遠足は、受験が終わった開放感と周囲りへの手前からだろう、皆、一応は笑顔だ。でも、幾人かは公立の結果に不安を感じているに違いない。


 卒業式も無事終わり、合格発表。一応、自分が落ちていないことを確認し、学校に報告に行く。

 樫藤先生によると、現時点では不合格の連絡は無いそうだ。私だちには連絡は無かったけど、恵里奈ちゃんも順当に合格したそうだ。


 お昼も過ぎてから、恵里奈ちゃんから『合格した』というメールが入る。一応、祝福のメッセージを返し、今晩のお泊まり会を連絡する。詩帆ちゃんは家族との食事で来られないけど、紬ちゃんと由美香ちゃんが来ることになっている。


 恵里奈ちゃんからは「都合が悪い」と返事が来た。お母さんとお祝いとのことだけど、多分それは口実だ。かと言って、無理に引っ張るのも酷だ。




 家ではお寿司の盛り合わせと中華オードブル。そして紬ちゃん用に焼きソバと春巻きだ。周と円もお客さんと食事というだけで楽しそうだ。そして、今日はお酒も準備している。


 実はこの件、それぞれの親に連絡してある。


 お母さんが「高校生になったら、禁じられているとは言え、飲酒の機会があるかも知れません。特に、女の子がお酒で取り返しのつかない失敗をしないよう、『酔う』ということを、大人の目がある場所で経験させようと思いますが、如何でしょうか?」と、お祝いのお酒を、一つの予防接種的な意味合いに言い換えた。


 実のところ、二人とも飲酒経験はある。合宿でもそうだしそれぞれの親ともそうだ。

 この辺は、保護者の責任――と言うより言い訳――としてそれを伝えただけだ。




「合格、おめでとー」

「かんぱーい」


 私とお母さんは例によって、それぞれ冷酒と梅酒だ。由美香ちゃんと紬ちゃんは甘い缶チューハイやカクテル。周と円は果汁百パーセントのジュースを少し薄めたものだ。


「昌と紬ちゃんは昌幸さんの後輩で、由美香ちゃんは私の後輩になるのね」


 そこから、紬ちゃんは夫婦のなれ初めを訊こうとするけど、お見合いと聞いてがっかり。その後は恋バナというわけではないけど、お母さんの恋愛遍歴について訊こうとする。


「私たちの時代は、今みたいな恋愛関係になれる生徒は一握りだったわ。クラスで憧れを集めるような男子と、その男子に選ばれた女子だけって感じで。この辺は地域や学校にも寄るんだろうけど」


 うん。そういう時代だった。


「じゃぁ、お父さんはどうだったのですか?」


「昌幸さんは……、そういう話は聞いたことがなかったわね」


 お母さんは、私を一瞥して話し出した。


「見た目は十人並みだったし、モテてたらお見合いなんかしてないんじゃないかしら」


「むしろ、男子から告白されてたかもですよ。女装が似合いそうなのです」


「確かに、女装させたい人材って言ってたよね」


「それは、どうかしら。ちょっとイメージが沸かないわね。私が初めて会ったのは筋肉自慢になった後だったから。

 それに、現在(いま)ほどそういうことに寛容じゃなかったから」


 三人のやり取りを聞きながら、自分が『昌幸』のことを客観的な視点で『娘』として見ていることに気づく。いつの間にか、別の人間になってきている。

 周と円にオードブルを取り分けて、円の口の周りを拭いた。




 夕食、お風呂と終わり、パジャマで女子会第二部。


「昌クン、いつになく無口ですね」


「うん、中学校も終わりだと思うとね。いろいろあったなぁって」


 松下さんとやり合って、その後、紬ちゃん達と知り合って……。結局、あのメンバーとは疎遠なままだ。学校での自主勉強でも、接点があったのは安川さんだけで、同じ高校へ行くのもそうだ。大半が市立高校へ進学したらしい。


「あのときね、泣きそうな顔の昌ちゃんに、ドキッとなったよー。

 え? 私にこんな趣味があったの? って」


 由美香ちゃんは、酔ってるせいか饒舌だ。


「じゃぁ、私が、

『お姉さま、今夜、私の気持ちを受けとめて』

 って言ったら、どうする?」


「ないない。そういう趣味はありませーん」


「おー。紬はちょっと期待したのですよ!」


 みんなで大笑いだ。私は友達に恵まれた。

 でもみんな、これぐらいの酔いだったら今の会話はきっちり憶えてるだろうけど、醒めてから思い出して、あーってならないかな?

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