後輩
八月後半は、新たな神子が現れたこと、これまでと違う対応をしたことで慌ただしく過ぎた。予定されていた神子の合宿も、一回が中止となった。
九月に入ると、新学期早々実力試験、そして十月の文化祭準備が始まる。
文化祭といえば模擬店が定番のイメージだが、北部中にはそれが無い。基本はクラス発表とステージ企画になる。
昨年はクラスのお調子者がステージでコントを――夏休み中から練習して――やっていたけど……、終始上滑りしてグダグダになっていた。今年はどうなるだろうか?
結局、クラス発表の方は、修学旅行の事前学習とまとめでお茶を濁すことになった。原稿さえ作れば、それを模造紙に書いて掲示するだけなので楽だ。本当は、プレゼン資料をエンドレスで再生するのが一番楽なんだけど。
ステージ企画は、男子三人が歌とダンスのパフォーマンスをすることになった。
本当はクラス全員がステージで、というのが望ましいが、それだと研究発表か、劇や合唱などになる。夏休み前に企画を固めないと現実的に間に合わない。
その週末は、神子の合宿。滝澤 舞ちゃんの初顔合わせだ。
舞ちゃんの新生活が始まったばかりであることから、合宿は彼女の『地元』横浜だ。私としては鎌倉あたりの方が良かったのだけど。
新幹線で現地に着く。気がつかなかったけど、直子さんも号車は違うけど同じ列車だった。
「あ、昌ちゃん、偶然! 今日は、新顔さんが来るんだって?」
「そう。滝澤 舞ちゃんっていうんだけど、この夏に血が出て、高三から中一に逆戻り」
「私と似てるわね。
私の場合は、大学入試も終わって、さぁ羽根を伸ばすぞってタイミングで、入学式が大学じゃなくて中学になっちゃったのよね」
「それは……、何と言っていいか」
「来年度はまた受験生だけど、今度はもっと上、光紀ちゃんよりハイレベルなところ目指すわよ」
「あ、そうだ。一応、前世の話は御法度ですから、気をつけて下さいね」
「そうね。貴女の場合は、特に」
「そういうことです」
それもあるけど、今回、舞ちゃんはこれまでと対応が違うからね。
タクシー待ちの列に近づいたので、当たり障りのない会話に切り替える。ここでは私たちも露骨に視線を集めることは無い。多分、私は外国人観光客と思われているんだろうな。
タクシーで現地に着くと、既に他の神子たちは全員集合だ。集合時間には一時間近く早いのに。
四人の神子を本館のロビーに残し、沙耶香さんと舞ちゃんが待つ新館の部屋へ向かう。
二人は既に部屋で待っていた。時間前に動いたのに、私が一番遅かった。
「こんにちは、沙耶香さん、舞ちゃん」
「こんにちは、昌ちゃん」
「こ、こん、にちは、次席比売神子様」
「さっきから、この調子なのよ」
沙耶香さんは苦笑いだ。
でも、原因は沙耶香さんだな。『異能者集団』なんて言うから。
「舞ちゃん、そんなに堅くならないで。学年も大して違わないし、名前で呼んでくれればいいよ。他の神子達もそうだし。
まぁ、神子なんて言っても、そんな大層なものじゃないから」
「じゃ、とりあえず舞ちゃんの指導は、昌ちゃんがメインになって進めて。神子として初めての後輩だし、貴女の比売神子としての研修も兼ねてね」
「分かりました、沙耶香さん」
その後、神子や比売神子が、過去にはどんな立場だったか、現在がどうかを説明する。そして、比売神子になれるかどうかにかかわらず、今後の行動や職業選択に制限が加わることなども、改めて確認した。
最も重要なこととして、『血の発現』前のことを口外しないこと、他の神子たちのそれも詮索しないことを注意する。
特に、舞ちゃんが神子となった現在も両親とともに暮らせるのは特例であり、今後の神子のあり方に関わってくることや、その試金石としての意味もあることを念押しした。
「じゃ、他の神子たちに紹介するわね。ついてきて」
時計を確認して、沙耶香さんが立ち上がる。
会議室に入ると、四人の神子たちは既にロビーから移動していた。挨拶の後、沙耶香さんが紹介する。
「こちらが、新たに神子となった、滝澤 舞さんです」
「た、滝澤、舞、です。よろしく、お願い、します」
うーん。彼女は引っ込み思案というか、自分に自信を持てないタイプだ。もともと、容姿――体型――にコンプレックスがあっただけに、美少女揃いの神子たちに圧倒されている。
でも、今は舞ちゃんも負けず劣らずの美貌だし、人によっては保護欲をそそらせられるかも知れない。
「じゃ、歳の順で紹介するね。
こっちが神崎 千鶴さん。高三ね。
次が、牧野 直子さん。高二。
同じく、小堀 留美子さん。高二。
で、こっちが芝浦 優奈さん。高一。
最後に改めて、私が小畑 昌。中三
それじゃみんな、自己紹介!」
自己紹介の後は、移動して武術訓練。
今回は初心者がいるので、沙耶香さんが基本の足捌きを教える。そして、具体的に投げ技の説明では、私が投げられ役だ。
舞ちゃんはそれを反復する。
ものすごく楽しそうだ。
神子の身体を得て理解力と身体能力が上がっているから、自分のイメージ通りに身体を動かせることに驚き、それが楽しくなっているのだろう。私がパントマイムやダンスが上手くなったときのことを思い出す。
その後、私と留美子さんの組み手に驚く。
ほとんど宙返りしながらの蹴りを放つ留美子さんと、ブロックごと弾き飛ばす蹴りを出す私、こんなのアニメかゲームでしか見たこと無いだろう。
そして、二人揃って沙耶香さんにはいいように転がされる様子にドン引きする。
その後、沐浴を兼ねた入浴で裸のお付き合い。
舞ちゃんは他の神子達の身体を羨望の目で見る。変容しても、身についた劣等感はそうそう克服できない。
少し見やると、既に負けそうな部分が……。二学年違うのに。
いや、私だってもうすぐCだ。あと三年後にはDになっている予定なんだから。
下着を着け、髪を乾かしている私を、舞ちゃんがじっと見ている。
「なに?」
「みんな、きれいだなぁ……って」
「舞ちゃんも、美人だよ。今はちょっと幼く見えるけど、二年も経てば、きっと見違えると思うよ」
「そうなのかなぁ? だって、以前の私は……」
「『前』の話はナシ。生まれ変わって、強くてニューゲームだと思えばいいよ。今日だって、身体を動かすの、楽しかったでしょ?」
「そう! こんなに動いたの、小学生以来かも。それに、こんなに楽しかったのも初めて! だって私、中一から……」
「だから『前』の話はナシ。いまの貴女は、誰が見ても美少女なんだから。街を歩いたらスカウトされるかもね。
でも、応じちゃダメだよ。神子は『元』も含めてショービジネス厳禁です」
舞ちゃんの表情は少し明るくなる。特に高校では、体型で『そういう扱い』を受けていたらしい。おそらく中学校でも同様だったのだろう。その痛みはそうそう忘れられるものじゃない。
でも、それを知っていることは、舞ちゃんを優しい人にしてくれれるだろう。
「十月一日付けで中学校編入ってことだけど、きっとモテるよー。何たって、容姿端麗、成績優秀だし、運動だってきっとできる。
でも、深い関係になるのは、通過儀礼まではナシですからね」
「昌さんはもう比売神子ですけど、そういう方、いらっしゃるんですか?」
「残念ながら……。
学校では告白どころか、ラブレターを貰ったことも無いよ。生まれてこの方、男性経験はゼロです」