買い物
翌早朝、タイマー運転で洗濯されたタオルケットを干す。もっとも、今日は日曜日。お母さんが起き出すのは遅い。
昨夜は久々に二階で……。でも、今までとは違う。明らかに自分で妄想の中の自分に感情移入していた。
うん。これは自身の心の、変化と成長の確認だ。
家族で遅めの朝食。
お母さんの笑顔が、昨日の視線を思い出させる。そして、昨日のことを思い出して、カップを持つお母さんの手を目で追ってしまう。
私って、自分で思っているより好色なのだろうか?
「何、じっと見てるの?」
「ん? 何でもない。今日、買い物行く?」
「そうね。秋物には少し遅いけど、買っておくものもあるし。
子ども達を実家に連れてくから、朝ご飯の後片付け、お願いね」
「了解」
お母さんは手早く身支度を調える。女性としては速い方だ。
私も、円に日焼け止めクリームを塗り、着替えを手伝う。
お母さんを見送り、朝ご飯の後片付け。
と言っても、水回りをリフォームして以来、大物以外は食洗機に入れるだけだから早い。
後片付け後は、例によって鍋に水を張り、出汁用の昆布を戻す。そして、ゴボウをささがきにする。一本分はきんぴらだけど、二本分は冷凍だ。冷凍すると煮物などにしか使えないけど、凍る際に細胞が破壊されるため、すぐに火が通る。煮魚の臭み取りや、豚汁やけんちん汁などに使うのに都合がいい。
きんぴらの粗熱が取れた頃になって、お母さんが帰ってきた。出発にはちょっと早いが、ショッピングモールに向かう。
まだ十時前なのに、気温は三十度近い。駐車場で開店時間を十五分ほど待ち、エンジンを止めた。
モールに入ると、まずは順番に店を一通り眺めて回る。これだけでも、結構時間がかかる。途中で買った下着を一旦車に載せ、早めの昼食を済ませる。ここからが本番だ。
お母さんは自分と私の秋物を何着か買った。なぜか私の方が多い。詳しい描写は省くが、精神的にもかなり疲れたと言えば、何があったかは想像できると思う。
その後旅行会社でパンフレットを回収。ディズニーリゾートと、東京観光関連だ。
車に荷物を積んだ後、更なる試練。
「じゃ、もう一回、服を見るわよ」
「まだ買うの?」
「ディズニーランドに行くとき用よ」
私たちは、あまり入ったことのないお店へ。
えーっと、こういう服、どんなときに使うんだろう? ピアノの発表会でもこんなのは着ないよね。
「お母さん。どっかのパーティにでも行くの?」
「昌が着るのよ。こんなのはどう? ディズニープリンセスみたいでしょ?」
これ、幼児が着るなら微笑ましいけど、私の年齢で着る服じゃないと思う。でも、このサイズがあるってことは、需要があるのか?
「ディズニーランドに行くのは、ハロウィンが終わってからの予定だよね?」
「そのつもりよ」
「だったら、こんな服、場違いじゃない?」
「あそこは、年がら年中ハロウィンみたいなもんよ」
そうなのか? だとしても、扮装は嫌だなぁ
「じゃぁさ、お母さんとお揃いに、したいなぁー」
「三十代も半ばを過ぎたら、こんな格好出来ないわよ」
お母さんは私の抗議をものともせず、店員さんを呼ぶ。「きっと、とてもよくお似合いですよ」と、合意を取りつける。そりゃ商売だから、いくらでも褒めるだろう。
でも、現実問題として、こんな服は扮装以外に使えないだろう。
「ほら、これも! ディズニープリンセスに負けないわよ」
確かに、姿見に写った姿に不自然さはない。今は自分の制服姿は見慣れてきたけど、初見だったら制服の方が不自然に違いない。
「お母さん。中三にもなって、これは少しキツいよ。
まだしも、円とお揃いとかだったら、微笑ましい感じになるかも知れないけど……」
正直、中途半端にちゃんとした縫製のドレスを着るぐらいなら、もう少し安っぽい、あからさまにコスプレですって感じの方が、気が楽だろう。
「デザインを指定していただければ、お仕立てすることも出来ますよ。お嬢さんはお顔もスタイルも、大変お宜しいですから、どんな服でも着こなせると思いますよ」
店員さんが恐ろしいことを言う。
「お、お母さん。今度、円も連れて来ようよ。
円がなりたいプリンセスに私も合わせることにしてさ」
「そうしようかしら。
じゃぁ、今日は大まかな採寸だけ、しておきましょう」
「でも、ディズニープリンセスって、金髪か黒髪か赤毛かで、私みたいな白髪はいないよ」
「髪は地毛のままでも良いわよ。どうしてもって言うなら、ウィッグを使ってもいいし」
お母さん、確実に私の心を折りに来ている。
それでも、妹の扮装に巻き込まれた体裁になる分、少しマシか。これも私の迂闊さが招いたことだ。
モールを出る頃には、時刻は四時を回っていた。
「でもさ、ディズニープリンセスって、考え方が古くさいよね」
「どうして?」
「いつか奇跡が起こって、王子様とかが幸せにしてくれるって」
「まぁ、それが女の子の夢だから。
貴女にも、王子様が現れるといいわね」
「でも、ディズニーに出てるような王子様は嫌だなぁ」
「どうして?」
「変な性癖もってそうだし、マッチョ思想の持ち主もいるし。中には一目惚れしたからって寝込みを襲うのもいるし。
アレ、目を覚ましたからいいけど、目覚めなかったら、次は何すると思う?
客観的には、ド変態じゃない?」
「そう言えなくもないわね。でも、所詮はファンタジーよ」
「だとしても、イケメンで金と権力があったら、ド変態でもOKって、深夜アニメや小説の表紙で、女の子の衣装や描き方がどうこうよりも、よっぽど問題な気がする」
「そんなにディズニープリンセスが嫌なら、深夜アニメ風のきわどい衣装にする? あるいは、戦隊ヒロインでもいいわよ。
昌なら、むしろそっちの方が似合いそう」
「それ、円にも着せたい?」
「それはちょっと良くないわね」
私だったらいいのか? 自分で着る気も無いくせに……。こっちにも負い目があるから、強く言えないのがつらい。
「あのさ、円だけって、かわいそうじゃない? 周にもそういうの、選ばせてあげないと」
「男の子は、そういう服があまりないのよ。着ぐるみってわけにもいかないし、耳のついた帽子ぐらいかしらね
でも、今度は全員で行くわよ。周のランドセルも選ばなくちゃいけないし」
「もう?」
「お盆前にはアタリをつけておきたいの。九月の頭には注文しときたいから。それぐらいじゃないと、遅くなったら現物見て選ぶってわけにいかなくなるのよ」
みんな、早いな。
そうだ。入学式はどうしよう。お母さんは着物を作ったのかな? 私は高校の制服でいいだろうけど……。
「入学式に着る服は段取りしてあるの?」
「もう、とっくによ。貴女はどうする? それとも、ディズニープリンセスで行く? きっと、新入生に大人気よ」
「式典ですから、高校の制服です」
ここはクールに応えておく。この領域で会話をふくらませる気はありません。