対策
翌日、終礼が終わると、恵里奈ちゃんは先に帰ってしまった。
やっぱり怒ってる。
「朝からおかしかったですけど、昌クン、恵里奈ちゃんと何かあったですか?」
「ここでは話しづらいから、帰りに寄っていい?」
「昌クンなら、いつでもいいですよ」
紬ちゃんの家まで、自転車を引いてついていく。いつもなら雑談だけど、私が黙っているからか、紬ちゃんもあえて話しかけてこない。家まで来ても「お帰りなさいませご主人様」はナシだ。
「それで、どうしたですか?」
私は昨日の顛末を話した。
「昌クンらしからぬ下手を打ったですね」
「うん。でも、紬ちゃんはどう思う?」
「基本的には、昌クンに賛成ですけど、今からだと遅いですね」
「どうすれば良かったんだろう」
「昌クンは、恵里奈ちゃんに『止めて欲しい』『こうして欲しい』を全面に出し過ぎたですよ。
こういうのは、相手に自分で選んだって思わせないと、他人がどうこう言っても無駄なのですよ」
「私の言い方が良くなかった?」
「良いか悪いかでなくて、恵里奈ちゃんがどう受け取るかです。そういう意味では失敗でした」
「どうしよう。このままだと、恵里奈ちゃん……」
「そうなると決まったわけでないですよ。本当に、宿泊だけで終わるかも知れないのです」
「でも、もしかしたら私のせいで……」
「昌クンのせいじゃないですよ。昌クンが言わなくても、恵里奈ちゃんは行ったのです。同じ結果だったですよ。
昌クンは危険を予想して、友達として必要な忠告をした。
けど、恵里奈ちゃんが容れなかった。
そういうことですよ」
紬ちゃんはかなり割り切った考え方だ。でも、私はここまで割り切れない。
「変な例えですけど、紬は小二でファーストキスしてるですけど、これはカウントに入るかどうか怪しいのです。
でも、今キスすれば、それが初めてなら、二十年後の紬にとっても確実にファーストキスです。多分、恵里奈ちゃんでも同じですよ。
小二のときと今が違うことが判るなら、もう子どもじゃないのです。あとは、行動のリスクをどう評価するかの問題なのですよ」
「紬ちゃんって、大人だね」
「本当の意味での大人ではないですけど、中三ならそれぐらいの判断できて当たり前なのです。来年には結婚できる歳なのですよ。
だから昌クン、詩帆ちゃんにまで、恋愛に夢見過ぎって言われるのですよ」
多分、紬ちゃんや詩帆ちゃんが特別だと思う。
それとも、生粋の女の子なら、中学生でもそこまで考えられるのが普通なのかな? あるいは、私が中学生を、無意識のうちに子どもだと思っているのか……。
家に帰ってからも考える。今からでも私に出来ること。
そうだ! せっかく宿泊情報を押さえたんだ。
ホテルに問い合わせし、二部屋押さえる。物理的に別の部屋を準備する。
高い。特に残ってたうちの一部屋は、単なる宿泊としては考えられない値段だ。でも、迷う場面じゃない。軍資金はある。こんなときに使わないでいつ使う。
「もしもし、こんばんは、光紀さん。遅くに済みません」
「まだまだ宵の口よ。でも、昌ちゃんからなんて珍しいわね?
もしかして恋愛相談かしら?」
「それとは少し違いますけど、光紀さん、ディズニーランド行きませんか?」
「何? 藪から棒に」
私は経緯を話した。
「申し訳ないですけど、こんなこと頼めるの、光紀さんしかいなくて。私が行くのはあからさまですし。
一応、同じ宿で部屋を二つと新幹線も二席押さえました。新幹線は一本早いかも、ですけど」
「さすが、次席比売神子様。手回しがいい!」
「結果的にダメでも、純粋に大隈さんと楽しんで貰って構いません。多分、半分以上自分に対する言い訳ですから」
「そこまで言われちゃ、頑張らないわけに行かないわね。
ここで退いたら女が廃るってもんよ!」
「ありがとうございます」
きっと、光紀さんは最善を尽くしてくれる。
「あ、恋愛相談ではないですけど、女の人の恋愛観って……」
紬ちゃんとのやり取りをかいつまんで話した。
「女の人って、中学生でもここまで割り切った考え方をするものでしょうか? 光紀さんはどうでした?」
「それは、人によるとしか……。
私の場合は、神子という立場上禁じられていたから、考える必要が無かったというのが実際かしらね。
その子とは話したこともないけど、聞く限りは頭が良くて精神年齢も高そうね。だから、自分を客観的に『子どもじゃない』って見られるんじゃないかしら」
「ですよね。皆が皆、そうじゃないですよね」
「こればかりは、人それぞれよ。
ところで、昌ちゃん、その恵里奈ちゃんって子に随分入れ込んでるけど、どうしてかしら?」
「それは、友達だし。友達が間違えそうなときは、それを止めるのも大事だと思うし。
失敗から学ぶにしても、今回はそれを授業料って思える範囲を超えかねないから」
「そうね、ゴメン。変なこと訊いちゃった」
電話の後、修学旅行の写真をメールで送信した。
大丈夫。光紀さんなら上手くやってくれる。
私はもう一つ出来ることをするべく、恵里奈ちゃんに渡すものをバッグに忍ばせた。
定期試験と模試は無事に終了。
私と詩帆ちゃんはあまり変化せず。紬ちゃんは定期試験こそ十一位と振るわなかったけど、模試は詩帆ちゃんと同得点で四位。過去最高だ。
由美香ちゃんは逆に、定期試験の二十六位に対して、模試は四十八位。この辺は部活を引退したばかりだから仕方がない。
未だに気まずいままの恵里奈ちゃんの成績は、紬ちゃんを通じてだけど、定期試験は二十二位。模試は不明だ。
でも、それなりに手応えは感じている様子。
あれ以来ギクシャクしているけど、気持ちが上向いている様子だから、今日こそ声を掛けないと。
「恵里奈ちゃん、今日、午後、空いてる?」
「ゴメン。午後は、ちょっと用がある」
「じゃぁ、帰りに恵里奈ちゃんの家、寄らせて。五分で済むから。
渡したいものがあるの。私は家に寄ってから行くから、先に帰って待ってて」
「だったら、私が昌ちゃん家に寄るよ」
「恵里奈ちゃん。これ、余計なお世話だってことは判ってるし、もしかしたら余計怒らせるかも知れないけど……」
「だから、何?」
私はおずおずと小箱を取り出した。
「どうしてもって状況になったら、コレ、使って」
未開封の〇・〇一ミリ。
丸二年は経つけど、使用期限はまだのはず。
「恵里奈ちゃんが望んで受け容れるなら、私はそれについては何も言えないけど、子どもが出来ちゃったら、大変なのは恵里奈ちゃんの方だから。
本当は、男の方が用意、すべきだと、思う、けど……」
恵里奈ちゃんはその箱に顔を赤くする。私も感覚的に耳や首まで赤いに違いない。
「コレ、昌ちゃんが買ってきたの? 恥ずかしくなかった?」
「亡くなった父の部屋にあって。
でも、使用期限も来てないし、未開封だから」
「使うような予定は無いって」
「でも、もしもってこともあるし、そうなったら拒否できないし。
お願いだから、持って行って。本当は、そういう状況にならないのが一番だけど」
恵里奈ちゃんはため息をついた。
「昌ちゃん、考えすぎ」
そう言いながらも、恵里奈ちゃんは小箱をバッグにしまった。私の顔を立てたというところか。
でも、その箱を恥ずかしそうに持つ恵里奈ちゃんを見たら、こっちも変な気持ちになってしまう。