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ひめみこ  作者: 転々
第十六章 夏の騒動
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人の恋路

 七月に入ると、定期試験と模試だ。

 定期試験は順調に勉強を進めている。恵里奈ちゃんの入れ込みがかなりのモノだ。


 県立の一番手には、北部中からは例年二十人前後が合格している。十八位というのは当落線上で、しかも大会前の一回限りの結果だ。

 今までが良くて三十位ぐらいだったことと、部活を引退した生徒が伸ばしてくる時期であることを考えると、期末では二十位、できれば十五位以内を目指したいところ。

 ただ、十五位ぐらいは、得点率で八割から八割五分。苦手科目が一つでもあると厳しい。




 由美香ちゃんは、とりあえず県立二番手か市立を狙っている。ここなら、得点率で七割五分まで行けば安泰だ。苦手科目の一つぐらいは許容できる。

 由美香ちゃんも英語は堅いので、国語と数学が七割を切らなければ、他で失敗しない限り何の問題もない。

 ただし、二十五位ぐらいからは順位の入れ替わりが激しい。部活にかけていた時間を勉強に向けて苦手範囲を潰してくると、五十位ぐらいが一気に三十位ということも珍しくない。

 大崩れしないためには、比較的易しい英語を取りこぼさないことと、積み重ねが必要な数学で、出来るところは落とさないことだ。由美香ちゃんもその辺は判っているのか、特に数学は試験勉強半分、基礎固め半分という進め方だ。




「恵里奈ちゃん、頑張ってるね」


「うん。目標があるから」


 志望校か、良い傾向だ。……と思っていたけど。紬ちゃんの的確な尋問によって、友達とディズニーランドへ行くことが判明。

 お母さん(由貴ちゃん)が講習を受講する日程に合わせて行くらしいけど、その友達というのが、大学生。どこまで知らせているのだろうか?


 ディズニーってことは、まず間違いなく宿泊を伴う旅行だ。大学生が女子大生ならいいけど、男子だったらちょっと問題だ。二十歳ぐらいの男子にとって、宿泊を伴う旅行というのはそういう意味だ。


 紬ちゃんはその辺の機微を察して、それ以上の追求を避ける。由美香ちゃんが更に訊こうとするところを、私も目配せとゼスチャーで止める。




 恵里奈ちゃんがトイレに立ったところで、詩帆ちゃんが小声で、「男だったらまずいよね」と言う。全く同感だ。


「あの様子だと、十中八、九、男ですよ。

 カップルで宿泊だったら、まぁ男の方は、間違いなく交尾OKって解釈するですね」


 紬ちゃんの露骨な言い方に、由美香ちゃんは苦い顔。

 でも、あえて『交尾』という言葉を選ぶあたり、状況を深刻に、あるいは正確に捉えている。


「止めるんだったら、慎重に行かないと。下手に突っ込むと意固地になるかもだし。

 昌ちゃんはどう思う?」


「止めるべきだと思う」


「やっぱ、そうだよね。でも、難しいよ」


 詩帆ちゃんも紬ちゃんと同じ認識だ。

 でも、どうやって止めよう。お母さんに言っても逆効果になる。


「どんな言い方がいいかな?

 出会い系で知り合った人と、初めて会った日にヤられちゃって妊娠した人の話とか?」


「出会い系って、何時の時代ですか。

 昌クン、道具は良いのをそろえてるわりに、情報が古いですよ」


 出会い系は古いのか。じゃぁ、どうする?

 考えているうちに恵里奈ちゃんが戻ってきてしまった。




 どうしよう?

 相手が本当に将来を考えている人なら良いけど……、普通の大学生がそこまで考えているとは思えない。

 結婚を意識するようになるのはもう少し歳が上だろうし、そういう人が結婚も出来ない年齢の人と付き合うことは希だろう。


 ということは、身体目当てか。

 いや、それだけってことは無いけど、男性が女性とつき合ったらしたいことの一つがそれだ。欲望とかじゃなくて、BIOSレベルで刻み込まれたオスとしての欲求だ。

 実際のところ、二十代の男性で、性的な接触が全く期待できなくても恋愛関係が成立するという人は、ほとんど存在しない。と言うより、セックスレスは女性側からですら、婚姻を継続しがたい理由になるのだ。


 あ、それを言いだしたら、私も人のこと言えない。客観的には、慶一さんと付き合っていると思われても……。でも、慶一さんは私のこと、どう思っているのだろう?




 その日の午後、私はほとんど勉強会にならなかった。

 それでも、由美香ちゃんや恵里奈ちゃんの数学はきっちり見る。解の公式を平方完成で導いたり、一次の項が偶数の場合の例を説明したり……。


 勉強会を終え、それぞれ帰宅する。

 恵里奈ちゃんのこと、どうしよう? まさか由貴ちゃん――恵里奈ちゃんのお母さん――に相談するわけにも行かないし。

 気になって、夕食の下ごしらえもままならない。




 週が明けて登校。恵里奈ちゃんも紬ちゃんもいつも通りだ。でも、私は気になって、授業も上の空になる瞬間がある。紬ちゃん、心配にならないのかな?


 下校中、後ろから呼ばれる。恵里奈ちゃんだ。


「ちょっと教えて欲しいところがあるけど、今、いい?」


「いいよ。学校に戻る?」


「面倒くさいから、昌ちゃん()でもいい?」


「いいよ」


 よし。少し突っ込んだ話をしよう。

 紅茶をいれると、恵里奈ちゃんは数学の教科書を出した。紅茶を飲みながら解説をする。


「大体分かった。後は家でも出来そう」


 恵里奈ちゃんは道具をしまう。この機を逃すわけにいかない。




「ディズニーランドかぁ。私、行ったことないんだよね」


 何気なさを装い、独り言のように言う


「私も、小一のときに一回行ったきりかな」


「いつ行くの?」


「七月の二十二、二十三、二十四。でも、ディズニーは二十三だけだけど。

 二十二の夕方に舞浜について、お土産見てから泊まり。二十四はお土産買う時間無いし」


「泊まりは、ディズニーのホテル?」


「さすがにそれはムリ。駅の反対側の――だよ」


 よし、日程と宿泊先は押さえた。ここからが本番だ。


「ところで、誰と行くの? まさか、彼氏?」


 恵里奈ちゃんは黙った。でも、ちょっと頬を染めている。

 これは確定だ。


「もちろん、別の部屋だよね?」


 また黙る


「もしかして、同じ部屋?」


 やはり、黙ったまま。


「えっと、……も、もう、そういう、関係?」


「さすがにそこまでは行ってないよ。それにまだ、そんなつもりもないし」


「でも、お泊まりってことは……、相手はそう思ってないよ」


「そんな人じゃないよ」


 別に、男性は身体目当てだとまでは言わないけど、身体『も』目当てだ。そして、同室で宿泊という時点で、ほぼ間違いなくそれを期待している。


「でもさ、同室で一夜を過ごすって、客観的にはそういう関係だと受け取るよね。

 恵里奈ちゃんが同室を承諾した時点で、相手がそこから先も、って解釈しても、文句……ぐらいは言えても、反論できないよ」


「そんなの、周囲りが勝手にそう受け取ってるだけじゃない。

 私たちはそんなんじゃないから」


 いや、『そんなん』を期待されているに違いない。そして、そういう状況になったら、恵里奈ちゃんは逃げることも拒否することも出来ないだろう。


「まず間違いなくそうなるよ。そうなったら、傷つくのも、後悔するのも、女の方だよ。まして、妊娠でもしたら……」


「だから、そんなことにならないって!」


 恵里奈ちゃんは、半ば怒って帰ってしまった。

 あぁもう、何で分かってくれないんだろう。




 翌朝も恵里奈ちゃんは怒っているのか、挨拶をしても儀礼的に返してくるだけだ。余計に(こじ)れた気がする。

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