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ひめみこ  作者: 転々
第十六章 夏の騒動
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クン・ちゃん

「たのもー」


 声に振り向くと聡子さん。なぜここに?

 私は光紀さんを見やる。


「もしかして、連絡とってるんですか?」


「いえ。連絡先は教えてないし、私も知らないわよ」


 私のが小声で訊くと、光紀さんも小声で答えた。


「聡子さん、どうしてここに?」


 元神子同士の交流は、厳格に禁じられているわけでは無いけど、こんなカジュアルに会うのは具合が悪いと思う。


「えーっとね、車を買ったから、昨日から観光とドライブを兼ねて、お世話になった高瀬先生に挨拶をしに来たの。で、偶然、学祭のポスターを見かけたから、暇つぶしに来たというわけ。

 ブラブラしてたら、合気道の護身術体験に銀髪のすごい美少女が向かったって、男子学生が話をしてたのを偶然聞いたの。そしたら、興味が出ちゃって。ホラ、私も一応、合気柔術をしてたから。

 いろいろ偶然が重なったのよ」


 聡子さんはしれっと応える。


 いや、偶然じゃ無いでしょ。

 学祭の日程はインターネットでも確認できるし、代表的な出し物も調べれば分かる。今日会えなかったら明日も来て、合気道とサブカル系をハシゴする気だったに違いない。


「えーっと、ボクたちはもう終わって着替えをするので、聡子さんはどうぞ護身術体験をしていって下さい」


「あー! 昌クン冷たい」


「光紀さん、汗もかきましたから、行きましょうか」


 これって、知らなかったことにした方がいいのかな? 立場上、どうするのが正解なんだろう? いや、せめて順番が違っていれば、あるいは私が知らないところで会ってくれていれば……。




 とりあえず、更衣室でシャワーを浴びて汗を流す。

 会っちゃったものはしかたが無い。私が居ても居なくてもこうなっただろうし、これは不可抗力だ。

 下着を着けて髪を乾かし、服を着る。


 結局、禁じられているのは、神子との接触だ。目的は神子としての活動や秘密を守るため。元神子同士の接触は禁じられていないし、私が聡子さんと連絡先を交換しなければ、偶然だと強弁できる。

 うん。決めごとは、それが出来た経緯や目的に基づいて判断すればいい。光紀さんと聡子さんが友誼を結ぶこと自体は、比売神子のあり方に影響しないし、決めごとにも触れない。


 それに、親元から離れて別人として暮らし、先日、思春期を同じ立場で過ごした人たちとも別れた。でも、無理に別れる必要は無いはずだ。




 聡子さんは更衣室の前で待っていた。とりあえずお昼にしよう。

 私たちは三人で学内を歩くが、注目される。

 光紀さんは立場上ミスコンに出られないけど、出れば間違いなく最終選考にまで残る。もしかしたら優勝だってするかも知れない。

 聡子さんだって光紀さんに負けない美貌だし、私も客観的には美少女だ。いろいろ物足りないけど。

 いや、いずれBも卒業できるはず。多分。神子は全員C以上なんだから私だって……。


 遅めのお昼は、大学から少し離れたイタリアン。ここでは当たり障りの無い範囲で近況報告。本番は光紀さんのアパートに行ってからだ。




 光紀さんの部屋で、元神子としての話。そして、沙耶香さんと私がそれぞれ筆頭と次席になったことも話した。

 私が飛龍頭の出汁を作っている間も、二人はいろいろと話をしている。


 二十分ほどかけて取った昆布出汁と、別鍋の八宝出汁――通販したもので、家でも滅多に使わない――を合わせる。

 粉末の出汁も入れ、砂糖、塩、酒、ミリン、醤油で味を整える。光紀さんの味覚に合わせて、家で作るときより少し甘めの出汁。

 味を確認してもらうと、案の定、二人そろって「お嫁さんになって」だ。

 それにレンジで解凍した飛龍頭を入れ、落とし蓋をしたら、弱火でタイマー運転。


「ゆっくり煮含めれば、夕食には食べられますよ。

 でも、冷めるときにも味が染みこむので、本当は明日の朝、要る分だけレンジで温めれば良いと思います」


「ありがとう、昌ちゃん。大事に食べるわね」


「日持ちしないんで、遅くとも明後日中には食べて下さい。あまり温め直しても味が悪くなりますし」


「じゃ、私も協力させて貰うわ!」


 聡子さんは夕食をたかる気満々だ。




 夕刻も近づいてきた。そろそろ帰る時間だ。


「昌クン、駅まで送るわ。

 さすがに家までってのは拙いだろうけど、去年、クラスで集合していたあの駅までなら、送らせてくれるでしょ?」


「ありがとうございます。ところで、どんな車買ったんですか?」


「それは、見てのお楽しみ。カワイイ車よ」


 十五分ほど歩いて行くと、聡子さんの車は黄色のコペン。しかも現行でなく初代だ。


「これね、お店で一目惚れしたの。ワンオーナーでナビ付きだったんだけど、マニュアルだったから売れ残ってたみたい」


「マニュアルで黄色なんて、ガチの人じゃないですか? 修理歴はありませんでした?」


「前のオーナーは丁寧に乗っていたそうよ。修理歴も無し。程度が良いから値段もあまり下げられなくて……。マニュアルじゃなければすぐに売れたんじゃないかって」


「ちょっと、ボクにも運転させてほしいところです」


「無免許運転は、だーめ」


 シートにかけてベルトを締める。軽四という割に、車内は案外広い。エンジン音も軽四とは思えない。


「これ、排気系に手を入れてるんでしょうか?」


「オプションはLSD? だけで、後付けナビとホイール以外は、全部ノーマルって聞いてるわ」


 走り出すと、聡子さんは初心者としては案外運転が上手い。車もいいのだろう。直進も旋回も安定している。

 でも、この車だから無茶をやっても応えてくれるけど、普通の軽四だったら事故りそうな場面もあった。


「聡子さん。この車だからいいけど、他の車で同じ運転したら危ないですよ」


「大丈夫。他の車も運転したことあるし。正直、これに始めて乗ったときは、運転が上手くなったって勘違いしちゃった」


 そうだろうな。そこまで分かってるなら心配なさそうだ。でも、こんな車高の低い車で、雪国は大丈夫なのかな?




「ところでさ、光紀ちゃん、いつの間にか『昌ちゃん』で、昌クンも『僕』じゃなくなったのね」


「光紀さんは、女性として接してくれているんです。

 言ってなかったですけど……実は、光紀さんもボクの血が出る前のこと、知ってるんです。と言うより、とっくに気づかれてて、それを上手いこと確認された、ってのが正解かな」


 私は概要を話した。さすがに具体的な出自の話はできないけど。光紀さんはそれを知った上で、私の心のあり方を見て、呼び方を変えたのだ。


「そっか。じゃ、私も今から『昌ちゃん』って呼ぶね。

 本当はもっと前にそうしなきゃだったけど、タイミングがね」


「いいですよ。光紀さんにも聡子さんにも、ある意味それで救われてた部分がありましたから。

 それに随分前から、女性をそういう視点では見られなくなりましたし、私もいずれは恋だってできる。子どもだって産みますよ」


「本当は、もう気になる人、いるんじゃない?」


「どうでしょうか? 学校では、クラス全員に義理チョコを配りましたけど、そういうアプローチは未だに受けたこと無いです。

 この辺は、もう少し時間がかかりそうです」


「そうかもね。私だって、恋も彼氏もまだだし」


「聡子さんを()っとくなんて、見る目が無いですね」


「でしょ? 昌ク、ちゃんもそう思うでしょ?」


「私が同じ学校の男子だったら、きっと恋をしていますよ。アタックする勇気は、自信がありませんけど。

 あ、そういうことです。聡子さんは高嶺の花過ぎるんですよ。

 ちょっと趣味のこと臭わせたら、ハードルが下がって、グイグイ来る人が出るかも知れないですよ」


「それで来る男はちょっと嫌かも……」


「じゃぁ、地道にサークル活動ですね」


「やっぱり、それが結論かぁ」




 駅まで送って貰ったが、結局、連絡先は交換しなかった。「光紀ちゃんとは交換したのに?」と、不服そうだったが、体裁は守る必要がある。交換するのは、改めて光紀さんを介してだ。


 降ろしてもらった後、光紀さんに急いで連絡。それぞれ私の出自をある程度知っていること。そして『昌幸』が妻子持ちだったことは光紀さんしか知らないけど、それは伏せて欲しいこと。


 光紀さんは「高いわよ」と。

 いずれ、練習に行ったときに、料理の手ほどきをすることで手を打ってもらった。きっと、大隈さんに美味しいものを作りたいに違いない。

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