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ひめみこ  作者: 転々
第十六章 夏の騒動
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再会

 修学旅行も終わり、今日は光紀さんにお土産を渡しに行く。電車と地下鉄を乗り継いで大学近くまで。まずは光紀さんのアパートに凍らせた飛龍頭(がんもどき)と、がま口や手ぬぐいを持って行く。


「こんにちは」


「昌ちゃん、お久しぶり。

 これが例の? もちろん昌ちゃんが料理してくれるのよね」


「そう言うと思って、出汁用の昆布とかも持ってきました。調味料はありますか?」


 光紀さんに促されて入ると、砂糖や醤油はあるものの、ミリンや料理酒は無い。この辺は学祭を見た帰りに買えばいいか。

 鍋に水を張って昆布を戻すと、スポーツウェアを持って光紀さんとともに大学に向かう。




 大学に向かう道すがらも、光紀さんと私のペアは視線を集めるが、もうこれにも慣れたものだ。学内の通りには、縁日の屋台的なものもあるが、道場に向かう。

 道場には護身術体験ということで合気道部員がいる。が、男子部員の大半は手持ち無沙汰にしている。体験希望は、今のところ女子学生一人で、女子部員が相手をしている。横にいる男子部員は、他の女子部員を相手に悪漢役だ。


「遅くなって済みません。ちょっと友達を連れてきましたー」


 部員の視線は光紀さんに集中する。特に女子部員は憧れにも似た視線を向ける。この美貌と男子部員も寄せ付けない強さだ。もしかしたら「お姉さま」とか呼ばれていたりするかも。

 私も帽子を取って一礼すると、やはりこの髪は注目される。


「留学生? まだ、高校生? 中学生?」


 男子部員は遠巻きに見ているだけだが、女子部員が集まる。


「こんにちは。小畑昌です。日本人で中三です。一緒に合気柔術を習っていたときは、光紀さんにはよくしていただきました」


 その挨拶に、光紀さんは少し照れたような苦笑い。


「昌ちゃんは言ったとおり日本人よ。こう見えてかなり強いのよ。この間偶然会ったときに、久々に練習してみたくて誘ったの。更衣室、使うわね。

 昌ちゃん、こっちよ」




 一旦、道場の建物から出て、更衣室へ。

 着替えると、光紀さんの道着姿は格好いい。すらりとした長身に加え、(はかま)だとウエストがより高く見える。

 対して私は普通のスポーツウェア。肘や膝が隠れる長さのアンダーウェアとゆったり目のパンツとトップ。……さすがに、道場に他の格闘技の道着を着ていくのは失礼だろう。


 道場のマット――畳表のような表面処理の――の上で、軽く準備体操をする。合気道って、床の上ってイメージなんだけどな。


「相変わらず、身体が柔らかいわね」


 光紀さんが感心する。バネと柔軟性は私の大きな武器だ。




「初め」


 一年以上ぶりに光紀さんと対峙する。構えは以前と変わらず。柔術本来とは少し異なり、顔、右手、左手、そして右足の膝と爪先が地面と垂直に並ぶ、独特の隙の無い構え。


 私は胸を借りるつもりで踏み込んだ。




 結局、光紀さんには(かな)わなかった。

 自分ではそれなりに強くなったつもりだったけど、光紀さんの足捌きや技の一つ一つが、去年より一段と鋭くなっている。「サークルとかの勧誘がうるさいからとりあえず在籍しただけ」と言っていたわりには……、以前とは(はや)さが段違いだ。


「昌ちゃん、随分腕を上げたわね。一年前とは段違いよ」


「光紀さんこそ、在籍してるだけって、すごく強くなってるし」


「あら、私はあまり進歩してないわよ」


「去年とは技のキレも違うし、まずスピードが全然違いますよ」


「あ、それね。

 昌ちゃんが予想外に強くなってたから、ピッチを上げただけよ。一年前だったらここまで上げなくてもよかったけどね」


 一年前は、あれでもかなり手加減されてたのか……。


「なんか、自信無くなります……」


「それはこっちよ。昌ちゃんは格闘技始めて二年足らずでしょ? こっちは足かけ八年やってるんだから。

 体重だって私より五キロは軽いし。沙耶香さん以外でここまでやらないと一本取れない相手って、昌ちゃんぐらいよ

 実際、他の人たちの反応見てごらんなさいよ」


 確かに、男子部員まで感心した表情で見ている。一部の女子部員の視線には、単に感心とは別の成分が混ざっている気がする。


 視線を余所に、光紀さんは何やらバッグを出した。中から出てきたのは防具とグラブ。沙耶香さんとスパーをしたときと似ている。


「さて、今度は昌ちゃん本来のスタイルで相手して貰おうかしら」


「こんなの、わざわざ準備したんですか?」


「競技として合気道をやる人も居るけど、護身術として練習する人も居るから。こういう練習もごくたまにやるのよ」


 グラブを受け取ったが、新品に近い。こういう所にある道具なんて、いろいろ『青春の香り』が染みこんでいて、胸に熱いモノがこみ上げてきたり、感動の涙が出たりするのが定番だけど……。




 防具を着けて再び向かい合う。


「行くわよ」


 光紀さんは滑る様な踏み込みで中段突きを放つ。『当て』じゃなくて、正しく『突き』だ。私はそれを右腕で逸らして踏み込んだ。




 展開としては、高桑さんと組み手をしたときに似ていた。

 体格は光紀さんの方が大きいけど、あの独特の踏み込みも無いし、技のレベルもそれなりだ。遠い間合いなら、スピードで圧倒できる私が優勢になる。射程距離ギリギリでは、速度の差を技術で埋めるのは難しい。

 しかし、近い間合いになると光紀さんは強い。こちらも肘や膝、体当たりを禁じ手にしているとは言え、私の体重移動を的確に潰しにくる技術は、高桑さんより巧妙だ。

 結局、高桑さんのときと同様、ブロックさせるための技で逃げるという展開になる。それでも高桑さんより、リーチもスピードも上なので、こちらの攻撃に合わせて踏み込まれれば、簡単に懐を取られる。




 結局、いいとこ無しで終わった。それでも、他の部員は賞賛してくれ、なんだかすごく照れる。客観的に見れば、公称で中一の秋に始めて二年足らずでここまで出来れば上等だ。沙耶香さんや光紀さんが飛び抜けて強いだけなのだ。


「たまに遊びに来てよ。私も昌ちゃんと練習すると、いろいろ発見があるし」


「そうですね。月に一回ぐらいはお願いしようかな」


 私の言葉に、なぜか他の女子部員も嬉しそうだ。でも、電車と地下鉄を乗り継いでは結構大変だ。私用でガードを足代わりにするわけにはいかないし……。一日をそれだけに使うつもりで来ることになるかな。




「じゃぁ、私は昌ちゃんを案内するから。今日はごめんなさいね。明日はフルに詰めるから」


「今日はありがとうございました」


 私たちが皆に挨拶し、着替えに出ようとしたときだった。


「たのもー」


 聡子さんだ。なんでここに?

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