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ひめみこ  作者: 転々
第十五章 二重生活
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またも、通過儀礼

 中間試験が終わったら、通過儀礼だ。

 今回は高桑さんが見ていた神子で、私とは面識が無い。


 私としては、金曜現地入りで土曜日に、の方が良いのだけど、私以外の比売神子は社会人。五時まで仕事をしてそれからの移動は、地元ならともかく、特に宗像さんなんかは遠くて大変だ。


 社会人と比売神子の二重生活は大変なはずなのに、皆職業を持っている。金銭的には働く必要なんて無いけど、社会との繋がりを狭くすると、社会性や判断力が損なわれるから働き続けていると言う。




 今回の行き先は兵庫。神子の多くは新幹線が停まる国公立大学に行くことが多いから、近くまでは行くのは簡単だ。しかし、通過儀礼の会場自体は微妙に交通の便が悪い。

 今回も宿泊は神戸市内で、現地まではタクシーだ。そして、神子になって初めて、一人での宿泊だ。これも研修なんだろうな。

 でも、足や宿の手配ぐらい、社会人経験のある私には何の問題も無いのだけど……。それに、沙耶香さんと同室なら部屋呑みができるけど、私の見た目は未成年。ホテルでは健全な滞在になる。




 現地入りすると、比売神子様は既に到着していた。


「お早うございます。早いですね」


「お早う、小畑さん。齢をとると朝早く目が覚めるのよね。もう曾孫もいるから当たり前だけど、齢は取りたくないものね」


 比売神子様は見た目こそ還暦そこそこだけど、戸籍上の年齢は八十を超えている。実年齢は更に十歳ほど上だ。

 近況を話していると、程なく沙耶香さん達もやってきた。

 やっぱりオーラがある。沙耶香さんは言うに及ばず。高桑さんと宗像さんの二人も『銀幕のスタア』的な雰囲気がある。確か、宗像さんは高校の教員だそうだけど、案外、憧れる男子生徒もいるに違いない。


 互いに挨拶を交わした後は、会場設営。宗像さんとともにトランクを開ける。


「お早うございます」


「お早う、昌ちゃん」


 うーん。ちゃん付けなんだ。年齢も違うし、私の見た目はコレだから仕方ないけど、沙耶香さんは『竹内さん』なんだよね。この差はどの辺にあるのだろう。




 会場設営も終わりお茶の時間。

 比売神子様は茶道楽なのか、美味しいお茶を煎れてくれる。


「沙耶香さん。比売神子って、案外忙しいですね」


「春先はこんなもんよ」


 沙耶香さんによると、ほとんどの神子は大学受験が終わって、新生活が一段落してから通過儀礼に臨むとのこと。国公立だと、新居を決めるのは三月。新生活の準備や、運転免許の取得で慌ただしい。

 過去には、指定校推薦で決めて二月に、という例もあったが、ほとんどの神子は四月末から五月が多い。


「昌ちゃんみたいなのは例外よ。前倒しするのは、確実になれそうな場合だけね」


「沙耶香さんは、いつだったんです?」


「高一の冬前。比売神子様に推されてよ」


「沙耶香さんの場合は、さっさと比売神子にしておかないと、先に男つくっちゃいそうだったからでしょ」


「さぁ、どうかしらね。貴女の場合は、それもありましたけど」


「え? そんな人、いませんけど」


「じゃ、そういうことにしておいてあ・げ・る」


 一瞬、慶一さんのことが頭に浮かぶ。そうだ、私にもガードが付いているんだった。


「と、ところで、神子って、国公立しか行かないんですか? 下駄をはかせてもらえるとか?」


「神子だからと言って、試験で有利にはならないわよ。

 皆、里親に負担をなるべくかけない選択をしているだけ。金銭的に補助するにしても、あまり高額だと不自然だし。

 母親が元神子ならともかく、一般人が相手だとどうしてもね」


 それもそうか。光紀さんみたいな場合はともかく、私は例外中の例外だ。




 程なく、七人の神子がやってきた。私を見てあれこれ話している。

 うち三人は新年に顔を合わせているし、高桑さんに組み手のレベルとは言え、本気を出させたのも見ている。


「この春から筆頭になった竹内沙耶香です。よろしく。

 こちらが、新たに次席となった小畑昌さんです」


「初めまして。小畑昌です。

 昨秋、新たに比売神子となり、この春より次席を拝命しております。比売神子としては若輩ですが、次席という立場に恥じぬよう努力して参りますので、今後ともよろしくお願い致します」


 神子達はポカーンとしている。変な空気だ。

 沙耶香さんが吹き出す。


「昌ちゃん、何よ。議会かなにかの役員挨拶みたい」


「いきなり自己紹介するなんて、聞いてなかったですよ。振られた瞬間、頭の中が真っ白になったんですから。次からはこういうの、事前に言っといて下さいよ」


 場の空気は一気に弛緩する。


「初めまして、津田佳子(けいこ)です。

 今日はよろしくお願いします」


「よろしく」


「よろしくお願いします」


 ま、私は見てるだけだけど。


 津田さんは、私より五センチぐらい長身だろうか。すらりとしたクール系の美人だ。うりざね顔に切れ長の目、長いまつげ。鼻と口は小ぶりだけど、スッと通った鼻筋とシャープな鼻梁は憧れる女性も多いだろう。

 これでもう少し小柄だったら、艶やかな黒髪と相まって、和服なんかが似合いそうだけど……、外国語大学の学生だ。


 見ていると、津田さんが私の所にやってくる。


「小畑さんは、竹内さんと対等に話すのですね」


「対等って程ではないですけど、比売神子の中では、割とフランクに話せる間柄でしょうか」


「そうですか……」


 なんだろう? 筆頭比売神子様に対して無礼だって言いたいのだろうか? 確かに、意識を回復した日はそうだったかも知れないけど、それなりに敬意を持った付き合いだと思っている、つもりだ。




 例によって、通過儀礼は見学。

 佳子さんの『格』自体は、聡子さんより少し上か。全力がどれぐらいか分からないけど、これで全力だったら比売神子には不足かな。

 と、いきなり膝から崩れ落ちた。沙耶香さんが慌てて抱きとめる。うーん。聡子さんは全力以上出したけど、彼女はそこまでこらえられなかったようだ。その分回復も早く、後片付けをする私と宗像さんの横で、高桑さんが今後について説明をする。




 神子達が帰途につくと、津田さんが私と沙耶香さんの方に来た。


「今日はありがとうございました」


「結果は残念だったけど、学んだことや経験は、これからの人生でもきっと役立つはずよ」


 私は初対面だから、何て言っていいか分からない。


「あの、こちらの小畑さんは、この年齢で次席になったということですけど、どれぐらいの『格』なんでしょう?」


「血の発現から意識を取り戻したその日の時点で、比売神子様と同等以上、と言えば想像できるかしら?」


「一度、それを感じてみたいのですが」


 なんか、光紀さんのときも似た展開だったけど、津田さんは結果に納得いっていないような表情だ。


「沙耶香さん、どうします?」


「いいんじゃない? でも、三割までよ。一年前よりも伸びているはずだから」


「分かりました」


 結局、同じ展開だ。


「少しずつ上げていきますから、耐えられなくなったら言って下さいね」


 津田さんが無言で頷いたので、私は「行きますよ」と声をかけた。


 結局、二割ちょっとで彼女は対抗しきれなくなり降参。彼女は、限界まで力を出し切れず、土俵際も弱いタイプかな。




 私たちもタクシーで神戸に向かう。私は昼下がりで指定席を取ったけど、沙耶香さんは明日帰るそうだ。今日は神戸でショッピングの後、有馬温泉でゆっくりとのこと


「いいなぁ、きっちり休みを満喫するなんて」


「その分、連休中は内規の許す範囲でガッツリ仕事したわよ。手が薄くなったときは、私みたいに守備範囲が広いスタッフがいると、シフトを組みやすいのよ」


「暴れる患者を取り押さえたりですか?」


「そういうのは、滅多に無いわよ」


「あるんですか?」


「守秘義務がありますので、ノーコメント」


「あったんですね?」


「ノーコメント」


 すごくリアリティのある想像をしてしまった。まぁ沙耶香さんに取り押さえられるなら、男性患者なら本望に違いない。




「津田さん、これから大丈夫でしょうか?」


「何が?」


「自分を限界まで追い込んだことが無さそうなタイプだから」


「学生のレベルだったら、大半の人はそうでしょう? まして比売神子になれなかったとは言え、神子は知力も体力も一般人より割り増しよ。そういう心配はするだけムダよ。

 そんなヒマがあるなら、恋の一つでもした方が建設的よ」


 沙耶香さん。それ、盛大にブーメランだと思うのですが……。

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