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ひめみこ  作者: 転々
第十五章 二重生活
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ゴルフ

 今日は慶一さんと、約束の『打ちっぱなし』へ行く。

 ゴルフ人口は減ったとは言え、今でも企業の意思決定に責任を持つ立場の人にとって、ゴルフ場は社交の場としての意味がある。

 そういう立場の人にとっては、仕事のうちだ。


 一応、私も運動できる服装で出かける。

 女性用のパンツはぴっちりして線が出るけれども、素材は柔らかく伸縮性もあるので、男性用のそれに比べても動きやすい。ジムに行くようなガチな服じゃないけど、スポーティな服。


 男性的な目線だと、私の躯はいろいろと物足りないだろうけど、女子の大半が羨ましがるシルエット。鏡に映った姿は、我ながら決まっている。

 最近学んだのだが、直立したときに左右の太ももの間には隙間があるけど、膝から下――左右のふくらはぎ――がほぼ接しているというスタイルが、女子目線で格好いいようだ。


 伸びてきた地毛をネットで抑え、ウィッグで隠す。だんだん時間がかかるようになってきた。かといって、切りたくないし。


 私は待ち合わせ場所に急いだ。




「お早うございます」


「お早う、昌ちゃん」


「さて、今日は約束通り、ゴルフの練習です! 取締役はゴルフも仕事のうちですから。

 セットは持ってきました?」


「いや、実はまだセットを買ってなくて。今日はそれを買うところから始めようかなと」


 呆れた。あれだけ言っておいたのに。

 選択の余地もなく、スポーツ店に行くことに。

 行く道すがら、プレゼントで私のご機嫌を取るためか、誕生日を訊いてきた。残念。私の誕生日は四月の頭に終わっています。どうしてもご機嫌を取りたいなら、高校の合格祝いを豪華にしましょう。




 私のご機嫌を取り損なったまま、車は店に着いた。


「どんなセットを選べばいいと思う?」


「それ、中学生に訊きます?」


「それもそうか……」


「とりあえず、初めてなんだから……、素直な道具がいいと思います。自分に合ったのとかは、ある程度練習して向き不向きやクセが分かってからで」


「なるほどね」




 セットの説明書きには謳い文句がいろいろある。でも、慶一さんは初心者だし、体つきから言ってもパワーで飛ばすタイプだろう。だったら、始めは飛距離よりも打ったなりに正直に飛ぶ、硬いシャフトを選ぶべきだ。

 でも、それをどう伝えればいいだろうか。


 あ、店員さんが何か勧めている。

 いろいろ説明してるけど、そんな高級品要らないって……。


「どうせ初心者の練習用なんだから、打ったら打ったとおりに、下手は下手なりにしか飛ばない道具の方が良いと思うよ。

 お兄ちゃん、パワーはあるんだから、力負けしない道具が良いんじゃ無い?」


 私の営業妨害のおかげで、初心者向けの硬くてやや重いアイアンのセットと、頭のでかいドライバー、そして三番、ユーティリティを買う。おっと、パターを忘れるとこだった。

 加えて、ゴルフシューズと帽子。更にゴルフの入門書。アイアンのセットはお安めだけど、それでもなかなかの高額お買い上げだ。それをカードで一括払い。二十代ではなかなかできない買い物だ。




 定食チェーンの店で早めの昼食を済ませ、打ちっぱなしへ。

 フロントで会員証を作り、両側にネットがある所を選ぶ。初心者はそうそう玉に当たらないし、変なところに飛ばしたら大変だ。本当は、レッスンを受けた方が良いんだけど、飛び込みでは難しい。


「最初は短いアイアンからね。

 あ、その前に腕時計は外して」


「お、忘れるとこだった。でも、詳しいね」


「父も機械式のを持ってましたから」


 機械式は、インパクトの衝撃で簡単に壊れる。

 慶一さんは時計を外すとバッグの中に入れた。




 私は入門書を片手に、慶一さんの指導を……と思ったら、一応、打ったことはあるらしい。以前、私以外からも「ゴルフは仕事のうち」と言われて練習したことがあるそうだ。

 軽く素振りをする姿はなかなか様になっている。特にフォロースルーがいい。ポロシャツの背中に寄ったシワが、玄人っぽい。


 カードを機械に入れてボールを出す。ゆっくりと構えて振り抜くと、玉は高く上がる。弾道から言って九番か。おお、一三〇ヤードの旗を超えた。やっぱりパワーだ。


 いくつかずつ飛ばして、順に長いものに持ち替える。五番ぐらいになると微妙に右に曲がる。そういうクセなんだろう。でも、いくらパワーがあるからって、五番で一八〇ヤード越えって、どこかフォームがおかしいに違いない。ちゃんとインストラクターに習うべきだ。


「いいね、このアイアン。親父のと違って飛ばないけど、あまり曲がらない」


 多分、お父さんはしなりのあるシャフトを使ってるんだろう。技術があれば距離を稼げるけど、初心者には難しい。……って、この道具でプロなみに高く飛ばしてるように見えるけど。

 前はどんだけ飛ばしてたんだろう。




 ベンチにかけたまま見ていると、今度はドライバーを振る。凄いな。二二〇ヤード先のネットに直接当たってる。ネットがなければ二五〇ヤードぐらいは飛んでいるかもしれない。今の私じゃ、とても無理だ。


「昌さんも、打ってみる?」


「いいんですか? じゃ、手袋買ってきますね」


 フロントで一番お安いグラブを買い、左手にはめる。九番を借りて素振りをする。


「きれいなフォームだね」


 あ、しまった。私はやったことがないはずだった。


「ずっと、お手本を見てましたから」


 でも、どうしよう。いきなり打てたら不自然だよね。


 まずは一打目。全力でチョロ。


「あ、もったいない!」


 転がるボールをクラブで止めて引き戻す。


「地面を叩くことを怖がらなくてもいいよ。クラブはそうそう折れないから。

 あと、軽く当てればクラブがボールを運んでくれるから、そんなに力まなくても大丈夫」


 うん、分かってるって。

 私は何度か素振りをし、改めてボールの前に立つ。

 ゆっくりとテイクバックし……、振り抜く。


()ったぁ!」


 エッジでもろに叩いた。手首への衝撃も予想外に大きい。




 三味線を弾くのはこれぐらいでいいだろう。再びゆっくりとテイクバックして振り抜く。弓道の残心ではないけれど、視線はヘッドが通過したところ。

 一呼吸挟んで玉の軌跡を見る。うん。まずまずだ。でも、飛距離は一一〇ヤードを切るところか。この身体に硬いシャフトは合わない。

 何度か打ってみると、ほぼ狙い通りに飛ぶ。四番でも曲がらない。やっぱり、硬いシャフトは正確だ。でも、飛ばない。打った感触よりも二割ほど手前に落ちる。




 ドライバーに持ち替えると、こちらは予想より飛ぶ。二〇〇ヤード近いだろう。しかも、結構しなるシャフトなのに真っ直ぐ飛ぶ。

 でも、弾道から見て、バックスピンがやや強くかかっている。アイアンのときも思ったけど、昌の身体はバックスピンが強くかかるクセになるようだ。

 道具さえクセに合わせて選べば、おそらく二二〇ヤードは堅い。いずれコースに出てもいいな。

 とりあえず、今度はショートコースへ行ってもいいかも。確か最長でも一三〇ヤードぐらいが九ホールのショートコースがあったはず。私もセット、買っちゃおうかなぁ。




 二人で合わせて八十球ぐらい打ったところで、ランチタイムが終わったのか、いつのまにか周囲りの人が増えてくる。おっさんばかりの練習場に少女が一人というのは目立つようで、いろいろ視線を感じる。


「慶一さん。なんか見られてますね」


「そりゃ、こんな所に女の子ってだけで珍しいし、その体格でパチンパチン飛ばしてたら目立つさ」


 そうか。女子の平均がどれぐらいか知らないけど、運動不足のおじさん連中に比べれば飛距離はある。この辺は、比売神子の身体能力だからだろう。ショービジネスだけでなく、スポーツ選手なども制限されている理由が分かる。




 そろそろ人の目も増えてきたので、私たちは練習場を後にした。今度は沙耶香さんを誘ってみよう。


 その日はそれでお終い。慶一さんには最低でも週一で練習するよう指導を入れて別れた。ゴルフも仕事のうちなんだから。




 夜、沙耶香さんと連絡を取る。ゴルフをしないか誘ってみたが、答えは(かんば)しくなかった。以前に経験はあったけど、もうやめて久しい。やめた理由はなかなか教えてくれなかったけど、言いにくそうに一言「胸が邪魔だったの」に納得。


 大変失礼しました。




 翌朝、普段使わない筋肉を使ったせいか、背中と腕の内側が痛かった。運動不足ではないつもりだったのに……。

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