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ひめみこ  作者: 転々
第十五章 二重生活
126/202

久しぶりの

 周と円はそれぞれ年長と年少。保育園の遠足は連休中の土曜にある。今回はお母さんが一緒に行くから、私はお弁当の準備だけだ。

 周と円、そしてお母さんの三人だから、お惣菜的なものも沢山持って行くことになる。

 五時起きで調理開始。先日の由美香ちゃんのお弁当を参考にした一品も作る。でも、弁当箱に詰めるのはお母さんに一任。これが案外難しい。私はこの辺のセンスが今ひとつ。世の中にはキャラ弁を作るお母さんもいるけど、私にあれは真似できない。


 お母さん達が遠足に行ってしまうとヒマだ。予定が入っていない週末は珍しい。たまには一人で街に出るのも悪くないかな。

 通販で済ませてもいいけど、書店で現物を見てってのもいい。ネット通販では、意外な本との出会いが少ない。




 比売神子としてはともかく、個人的な外出でウィッグを着けないのは久しぶりだ。鏡に映る姿はパンツルックでちょっとボーイッシュな服装。それでも、伸びてきた髪を一つに束ねた姿は、むしろ女性であることが強調されている。


 電車から降りると、週末とあってかなりの人出だ。

 街をブラブラと歩く。大型のショッピングモールも悪くないけど、こういう商店街もいい。


 複数のフロアを持つ大型の書店に入る。一階は一般的な雑誌や新書、所謂(いわゆる)ベストセラーが並んでいる。上の階に行くと、専門書や学習参考書、更にはコミックなどになる。


 専門書のフロアは、他のフロアよりも少ないけど、やはり幾人かの姿がある。歴史などの人文科学ならともかく、自然科学系は雑学以上のレベルになると、私の外見では明らかに不自然だ。

 二冊ほど選ぶ。コレ、レジに持って行ったら変な顔されるかな? なんてのは、自意識過剰か。沙耶香さんとは言わないけど、光紀さん並の外見だったらおかしくないのだけど。


 題名だけ手帳にひかえておく。今度、沙耶香さんか光紀さんと来たときに買おう。あるいは、通販か。でも、本当は地元の書店の売り上げにしたいところ。




 コミックスと中高生向け小説のフロアへ上った。この書店では一般的なコミックだけでなく、一部薄い本も扱っている。こういう本って、成人男性が主な購買層だと思っていたけど……、むしろ女性客が多い。

 タイトルを眺めていると、病院で沙耶香さんに勧められたものと同じものも。表紙には青みがかった銀髪の少女が描かれている。私がコレを持ったら、コスプレでもしているように見えるかも知れない。それに、この主人公とは、おそらく世界一共通点が多い。


 改めて、一般の商業誌の方へ。こういった本も読まなくなって久しい。そう言えば、紬ちゃんたちと少女マンガの話はしたことは無い。私の『設定』上、読んでいなさそうだから、そういう話題を避けていたのかな? 一度、お勧めを訊いておいた方が良いかも。

 十代向けの小説の棚を見ると、あ、コレって……。

 パラパラと見ると、これもやはり沙耶香さんのブックマークにあったものだ。

 この主人公は、やむなくかも知れないけど、受け容れている。私はここまで簡単に受け容れられるのだろうか? それとも、一度受け容れたら、心の在りようも大きく変わるのだろうか? 自分に置き換えることには、未だ少し抵抗感がある。




 なんだか、また、視線を感じる。最近はそれも仕方ないものとして受け容れているけど、こういうサブカル系の店では、私の外見自体がそれに合致するのか、視線が増える気がする。

 面倒くさいことになっても嫌なので、早めに出るとしよう。


 エレベーターで一階に降り、そのまま店を出ると……、男子高校生だろうか、どちらも背丈は百七十に届くかどうか、だらしない格好の二人組が私の前を塞ぐ。


「ねぇ、ヒマだったら俺たちとカラオケでも行かない?」


 そういう着崩し方は人を選ぶ。君らの外見だったら、清潔感を前面に出して、普通の服をきっちりと着るべきだと思う。

 ナンパはそれからだ。


「ヒマじゃないので行きません」


 しまった。

 いろいろ考えていたら、英語で返すというがセオリーを忘れていた。(ほぞ)を噛んだが、今更遅い。私は早々に回れ右をして歩き出す。


「そんなこと言わないでさ」


 一人が私の右手首を掴んで言う。

 口調は柔らかいが、右手首に込められた力は、普通の女性に対してなら脅しとして通用する。こういうオラついた輩には痛い目を見て貰った方が、と一瞬考えてしまう。


 深呼吸して苛立った気持ちを静めた。

 私は振り向くと、間合い詰めつつ手首を返す。

 そこで出来た遊びを使って男の手首を極め、掴んだ左腕を放させる。指を掴んだまま、手首と肘を極めて後ろに回り込んだ。

 本来は回り込んだりせず、そのまま腕を極めて後ろに転がすのだが、舗装された道路で素人相手にそんなことをするわけにいかない。


 男の腕を極めたまま膝裏に私の膝を軽く当てる。ここで膝カックンされればどうなるか、想像ぐらいできるだろう。一秒ほど腕を極めた後、解放した。


「用がありますので、これで」


 私はにっこり笑いながら『格』を乗せて言い、改めて歩き出した。




「鮮やかなもんだねぇ」


「随分、腕を上げたわね」


 声の主は光紀さんと、たしか――大隈さん。

 どうやら、デート中のようだ。


「お久しぶりです。大隈さん、でしたっけ?」


「そうだよ。危なくなったら助けようと思っていたけど、出番が無くて残念」


「昌ちゃんが危なくなるような相手だったら、隆さんが行っても役に立たないわよ」


「今のを見たら確かにその通りだ。光紀ちゃんとどっちが強いかな?」


「私じゃ全然かないっこないですよ、

 って、光紀さんが強いの、何で知ってるんです?」


 訊くと、二人とも合気道のサークルに入っているとのこと。光紀さんはあの外見だからか、サークルの勧誘が激しく、それが面倒くさくなって在籍したらしい。

 大隈さんもボランティアで小中学生を指導するレベルだけど、光紀さんからは一本も取れないそうだ。実際のところ、たまに指導に来る師範代でも、光紀さんの相手にはならない。


「あ、そうだ。六月に学祭があるから遊びに来ない?

 ついでに、久しぶりに昌ちゃんとも練習したいし。どれぐらい腕を上げたか試させてよ」


「そうですね。

 でも、最近は沙耶香さんとはほとんどしてなくて、突いたり蹴ったりの方です。あまり上達してないと思いますけど」


「他のことをやるのも、回り回って何かの足しになるものよ。

 さっきの足捌きが出来るだけでも、相当よ」


「ありがとうございます」


 ここで、光紀さんは声のトーンを落とした。


「ところで、聡子ちゃん……、どうだった?」


「今年から彼女の地元の国立で医学部生ですけど……、もう一方は、連休明けに送別会の予定です」


「そう。まぁ、分かってたけど」


 数瞬、表情を曇らせ、すぐに戻る。


「今からお昼だけど、昌ちゃんも一緒にどう?」


「いえ。私も行くところがありますし、それにせっかくのデートを邪魔しちゃ悪いですから」


「そう。それじゃ、また今度ね」




 路地を曲がる光紀さんを見送った。例のイタリアンかな? さて、私はどこへ行こうかなぁ。

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