お弁当
皆でお弁当を出した。と言っても、私は家にあるものを出すだけだ。調理自体は大したこと無いけど、弁当向けの献立を考えたり、何よりコンパクトに隙間無く詰めるという作業が難しい。
冷蔵庫から常備菜を取り出すと、紬ちゃんが目を輝かせる。
「昌クン、電子レンジ使ってもいいですか?」
「いーよ。
『レンジ』押してから、出力と時間ね。
あ、そうだ。卵巻きとか、がんもどきとか、いる?」
「欲しいです!」
昨日のうちに段取りしておいた飛龍頭の鍋を温める。
平行して、丼で卵液を作る。味付けは砂糖とミツカン昆布つゆ、ふんわり仕上がるように牛乳も少し入れる。
卵巻き用の角鍋に油を拡げ。暖まったところで火力は三、半個分の卵液を入れる。底の方に火が通ったら、固まった部分を隅に寄せ、固まりきらない卵液を均等に拡げる。
卵液が再び固まり始めたら巻いていく。半熟のうちに巻いて内側はしっとりさせる。
火力を二に落とし、改めて卵液を薄く入れる。既に巻いた卵の下にも卵液を巡らせ、同様に巻いていく。これを繰り返せば完成。
オムレツとは違って、弱い火力で作る。
「おー。昌クン、箸だけで巻くなんて器用です」
「うちの角鍋は小さいから。
卵三個分ぐらいいけるやつだったら、さすがにフライ返しが要るかな。本当は銅製の角鍋が欲しいんだけど、うちのIHじゃ使えないんだよね」
そうこうしているうちに三つ目の卵巻きも完成。五等分してお皿に並べる。
「じゃぁみんなで」
「「「「「いただきまーす」」」」」
「こっちのサラダとかも、遠慮無く食べてね」
どうしても、お弁当は野菜が不足しがちになるからね。
「卵巻きは、醤油?」
「あ、何もかけなくても、味はついてるよ。でも、これが結構合うんだ」
私は、取り皿とともに、大根おろしドレッシングを出す。
皆、まずは自分のお弁当に箸――由美香ちゃんだけフォーク――をつける。由美香ちゃんは、スポーツ女子だからか、タンパク質多めで量も多い。あ、ジャガイモにミートソースとチーズを乗せて焼いたの、美味しそう。弁当じゃなく、出来たてだったらなお美味しいに違いない。
今度、周や円のお弁当に入れてやろう。
詩帆ちゃんは無難な、というか、如何にも女子なお弁当。分量は少なめ、タンパク質も少なめ。肉は野菜に巻いたベーコンだけだ。野菜とフルーツ多めで油ものは無し。
恵里奈ちゃんは、お惣菜的なのが多い。レンコンのきんぴらにヒジキの煮付け……常備菜で半分埋めて、ウインナーと冷食のフライを足した感じか。私の作り方に近い。
紬ちゃんは……レンジで温めた匂いからも予想できてたけど、焼きそば弁当だ。どんだけ焼きそば好きなんだよ。焼きそばは中華風の塩焼きそばだけど、表面のテカり具合から言って、結構クドそうだ。
しかもおにぎりと焼きそばなんて、炭水化物ばっかり。これであの体型は……、他の女子からズルいって思われていそうだ。
由美香ちゃんが卵巻きを一口。笑顔がこぼれる。出来たてだからね。皆も冷めちゃう前に食べてね。
恵里奈ちゃんはポテトサラダを小さな鉢に取った。
「あ、このポテトサラダ、手作り?」
「うん。電子レンジ頼りのお手軽無水調理」
普通のレシピだと、信じられない分量のマヨネーズを使うから、ジャガイモの半量はサイの目に切ったままで、後から混ぜるのだ。
代わりではないけど、みじん切りのタマネギをレンジで加熱して水分を少しとばし、常温で冷ましたのを練り込んである。
他の野菜も、キュウリ以外は全てレンジで蒸し焼きだ。
昼食の後片付けを終え、少し休んだ後は、勉強会午後の部。午後は英語と社会だ。
英語は、中学校の定期試験レベルなら、教科書を丸暗記しておけば九割は堅い。丸暗記という言葉に恵里奈ちゃんはちょっと引き気味。でも、由美香ちゃんはこの効果を実感しているから、既に暗記作業は終わっている。
「恵里奈ちゃんも、丸暗記はお勧めだよ。私もこれをしだしたら、英語だけはいつも九十点以上取れるようになったし」
由美香ちゃんも勧める。実際は、丸暗記と言っても意味を考えながら関連付けをするから、それ自体が勉強になるのだ。
最後に公民分野を軽くおさらいしていると、着信音。見ると沙耶香さんだ。
とりあえず持って廊下まで出る。
「沙耶香さん、こんな時間に珍しいですね」
「今、大丈夫?」
「大丈夫だから出たんですよ。戸を挟んで向こうには、学校の友達が四人、試験勉強してますけど」
「じゃぁ、手短に。
来月、通過儀礼を神戸近くですることになったわ。詳しいことは後でメールするから、宿と足は自分で手配して。
貴女は前日午後三時までに現地入りよ。行き帰りと宿は私とは別口になるから、そのつもりで。
あと、聡子ちゃんの送別会は連休明けね。近江牛を食べたいんですって。あの辺で行くとこある?」
「定番は彦根城だけど、竜王にアウトレットもあるし……。車で足を伸ばすなら、ミホミュージアムもいいですよ。仏立像がいい顔してるんです」
「へぇ。ミホミュージアムは行ったことが無いけど。いいの?」
「好みは分かれますけど、主に古今の宗教芸術と、あとは建物がすごくいいです。一度しか行ったこと無いですけど、免許取ったら、また行きたいと思ってました」
「ふーん。こっちでも調べとくわ。聡子ちゃんも興味があればいいんだけど」
「主賓は聡子さんですもんね。沙耶香さんから訊いてもらっていいですか? 私は直接かけられないので。
でも、光紀さんのときもそうでしたけど、私は試験前ですよ」
「中学校レベルだったら、試験勉強なんて要らないでしょ?」
「まぁ、そうですけど。
あと、次からは、メールを送ってから「メールしました」で十分ですよ。分からなかったらコールバックするかメールしますので」
「じゃ、今度からはそうするわ」
ふぅ、試験前は送別会、試験後は通過儀礼か。日曜が潰れるなぁ。
ダイニングに戻ると、紬ちゃんがニヤニヤしている。
「昌クン、もしかして彼氏ですか? デートの約束ですか?」
「違うよ。柔術の先生から電話。集まりがあるんだけど、試験前と開けの土日だよ。二連続で週末が潰れちゃうよ」
「やっぱり、デートですね」
「だから違うって」
私は着信履歴を見せる。『竹内さやかさん 看護師,柔術』の登録名。
「そうですか。昌クンは百合の住人なのですね」
「いや、だから、違うって」