中間テストに向けて
中間テストに向けて、恒例の勉強会。
どちらかと言うと、詩帆ちゃんと由美香ちゃんの希望だ。いつものメンバーに加えて、今回は恵里奈ちゃんも参加する。
「今回、数学は問題ないんだけど、理科がちょっとね」
詩帆ちゃんは物理分野が苦手のようだ。そう言えば、去年もオームの法則にも何となく納得していないようだった。
「要するに、仕事とエネルギーは同じなのですよ」
紬ちゃんが口を挟む。
「エネルギーが増えたら、仕事をされたということなのです」
うん。その考え方で問題ない。
「じゃぁさ、これ、一問目は分かるんだけど、二問目がさ」
「あ、そこ、私も」
おお、由美香ちゃんと詩帆ちゃんが同じ所で躓いている。珍しい。
「これは引っかけですね。物体の位置エネルギーが増えてないですから、ゼロですよ」
「じゃぁ、押すって仕事はどこに消えたの? 押した力×押した距離が仕事でしょ?」
「それは、昌クンどうぞなのです」
「結論から言うと、熱かな。
ごりゅごりゅごりゅって押すときに力が要るのは、摩擦があるからだよね」
「昌クン、ごりゅごりゅって音は変です」
「まぁ、音は置いといて……
摩擦が無ければ、風が吹いただけで滑るでしょ。だから、押す力は摩擦力に逆らって動かすために使われたとうわけ」
「摩擦熱になって消えちゃうから、仕事はされていないというわけね」
「うん、そういうこと。
エネルギー自体は消えないけど、熱という形で拡散して、物体の位置エネルギーとしては残らない」
中学校の範囲だと、位置エネルギーの変化とエネルギー保存で説明するしか無い。運動方程式は扱わないし、仕事の原理も概念としては学ぶけど、方程式で使うことがほとんど無いから、余計に混乱しそうだ。
練習を続けていくと、もう一つのヤマ、動滑車の問題だ。
「これもさ、よく解らないんだよね」
「そうそう。授業では、何本で引っ張ってるから、何分の一の力とか言ってたですけど、たまに間違えるのです」
「あ、これね」
動滑車も引っかけが多い。まず、一番簡単なパターンで、動滑車が一個の場合。
「これだったら、二本で吊ってるから半分でも正解になるけど、もう少し詳しく言うと……」
荷物が動くためには、ロープが縮まないといけない。一メートル上げるために、ロープを引っ張る量に注目してもらう。
「恵里奈ちゃん、これ、一メートル上げるには、ロープは何メートル引っ張る必要がある?」
「えっ? えっと、二、メートル……、かな?」
「正解! で、ここからが大事なところ。
同じ仕事のために、二倍引っ張るから、力は半分でいいんだよ」
「え、そんなの、習ってない」
「習ってるよ。さっきも、力×距離が仕事って言ってたじゃない」
習ってるけど、こういう形で積極的には使わないんだよね。でも、それと知ってて使えるだけで、問題を解くのが簡単になる。
「あ、そうか。同じ仕事で距離が倍になるから、力は半分なんだ」
「おー、昌クン賢い!」
「いや。授業で一応は習ってるから」
類題を探す。割と分かりやすいところでは、これか。
ロープ――固定端――は一カ所で、定滑車と動滑車が沢山。
「複雑になるだけで、やることは一緒だよ」
理屈が分かってしまえば、このレベルはスイスイだ。
「じゃ、次は一段階アップね。ロープが二本の場合」
ロープの本数――固定端――が増えると、間違えやすくなる。
二十分後、何となく、みんな解けるようになった。物理分野は、ほんのちょっとの理解の差が、モロに出てしまう。
結構、濃い時間だったから、ここで休憩だ。
「これが学年順位一桁の勉強かぁ……」
クッキーをかじりながら、恵里奈ちゃんがポツリと言う。
「昌ちゃんと紬ちゃんは別格だよ。私はここまで理解できてない」
詩帆ちゃんが言うと、由美香ちゃんも続く。
「証明問題とか、授業だけで普通に理解できる方がすごいよ」
「何か、特別な勉強法でもあるの?」
恵里奈ちゃんは興味頻りだけど、勉強に特別も何も無いんだけどな。『学問に王道無し』って言ったのは誰だっけ?
「紬は、真面目に授業を受けてるだけです。あとは、授業が終わったら、その時間にやったことを休み時間に思い出すだけです」
「あ、それは私もやってる。すぐに思い出す三分は、家に帰ってから三十分復習するより価値があるよね」
私が言うと、由美香ちゃんも詩帆ちゃんも「えっ」という顔でこちらを見る。
「そういう秘訣があったんだ」
「一年のとき、担任の先生が言ってたですよ?」
「私は、お父さんから教わった。
それに私、理系科目は中学の範囲は一通りやってるから」
本当は高校どころか、物理と数学は大学レベルだけど
「「「「え?」」」」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
全員固まった。やっちまった感じ?
「昌ちゃん、書斎にあった難しそうな本って、もしかして読んでるのかな?」
詩帆ちゃんが恐る恐るな雰囲気で訊く。実際は半分も理解できてないけど、一通りは大学で勉強してるし。でも……。
「あ、あれはさすがにね。お父さんの、大学のときの教科書とか参考書だから。ほら、捨てるに忍びないっていうか。
飾っておいたら格好いいかなー? なんて」
ウソです。光紀さんのレポート解くために、数学ワンポイント双書からいろいろポチりました。こんなの、数学科の学生ぐらいしか買わないと思うけど……。多分、分野によっては学部生のレベルで理解してると思う。
休憩後は数学。
今回の試験範囲は、式の展開や因数分解。この辺は練習するしか無いから、あまり勉強会という雰囲気じゃ無い。それぞれが宿題を黙々と進める。この辺になると慣れの差か、詩帆ちゃんでも、私とは計算速度に差が出る。
「恵里奈ちゃん、もしかして、足してxの係数になる組み合わせをしらみつぶしにしてない?」
「え、そうだけど……」
「因数分解は、掛けて定数項になる数字に注目だよ」
「そうなの?」
「その方が、試す組み合わせが少なくなるから」
「あ、本当だ」
由美香ちゃんも同じことをしていたみたいだ。授業では「掛けて○、足して△」という言い方はしていたけど、定数項に注目することは明確に言ってなかったかも。
でも、詩帆ちゃんや紬ちゃんは普通に定数項に注目している。この辺の感覚は、勉強慣れしているかどうかなんだろうなぁ。
課題もキリのいいところまで来たみたいだし、ここでお昼だ。
一旦テーブルを片付け軽く拭くと、皆お弁当を出した。